ポーション
放課後の図書室。少し遅れてきたシアは、相変わらず眠い目をしていた。また徹夜をしたらしい。椅子に座る前に、持っていたポーチから赤と青の小さな瓶を取り出して、皆が座っている机の前に置いた。
「これは、この間のベリーで作った物?」
アレスは瓶を見て尋ねた。
「そう、この赤い瓶が目で、青い瓶が耳」
淑女らしからぬ、欠伸をかみ殺した声でシアが返事をした。
アレスは瓶を手に取って眺めながら「実験はしたの?」と続けた。
「ええ、ラウルとコーデリアが手伝ってくれたわ」
シアがこともなげに言ったので、アレスとユリウスは呆れた顔で三人を見た。
「どうしてそんなに驚くの?二人は私の実験の手伝いをしてくれただけよ」
ラウルもコーデリアも姉至上主義者だ。シアから頼まれたら、喜んで引き受けただろう。
「それで?」アレスはラウルに聞いた。
「はい、目は目薬のように目に一滴垂らした後、遠くの方まで見渡せました。また、その時に耳の薬を飲んでいたら、遠くの人物の会話も聞こえました」
「遠くって、どのくらいだ」
「私は二キロ先の人物を確認出来ました」とラウルが揚々と答える。
「コーデリアはどうだったの?」ユリウスがコーデリアに尋ねる。
「私もラウルと同じ位見えました。たぶん距離は魔力の力に比例するのだと思います」
コーデリアも実験の成果を嬉々として話した。
姉の作る物を完全に信頼している彼らには、それがどんな物であっても絶対なんだろう。それを考えると、結果は少し割り引いて考えた方が良い気もする。
「では、これは実用出来るということ?」
アレスは丁寧に瓶を机に戻した。
「実用可能と思われます。可視時間は三十分くらいでした」とラウルが即座に答えた。
シアがアレスも試してみますかと勧めてきた。眠い目が開いているところをみると、アレスにも体験して欲しそうだ。しかし、アレスはシアの申し出をやんわりと断った。
「俺は竜の力を使えば、その程度は見えるから、俺では参考にならないと思う。それより、これをどうするかだ。シア、このポーションの事は誰かに話した?」
少し緊張した顔でアレスが尋ねる。
「ラウルとコーデリアだけよ」
シアの返事を聞いて、アレスは安堵した。
「これをどうするかは国王と相談してからにしたいと思う、しばらく誰にも話さないでいてくれないか」
「いいけど、お爺さまやお婆さまにも話してはいけないの?」
毎晩徹夜で研究をしているのを、心配そうに見守ってくれていたお爺さまとお婆さまに、完成した物を早く見せたかったシアは、納得のいかない顔をした。
「まだ、秘密にしてほしい。使い方によっては軍事に利用出来そうだ。そうなると、シアは早々に魔法省に引き抜かれるかも知れない」
魔法省に引き抜かれると聞いて、その場にいた全員が驚いた。
「魔法省に引き抜かれたらどうなるの?」シアの声に不安の響きが加わった。
「魔法省の管理下に置かれ、色々なポーションの開発に携わることになるだろう。軍事機密に関わるようになったら、こうして学校に来ることはおろか、一緒に話すことも出来なくなる」
アレスの答えに、それはイヤだとシアは思った。たとえ色々な実験が出来ても、シアは自由でいたい。誰かに監視されながら、それも軍事目的の物を作るのはイヤだと思った。
魔法省の話しが出たので、アレスはシュタルト国の軍備について話す良い機会だと思った。
シュタルト軍は内軍と外軍に別れている。内軍は宮殿の近くを守る軍隊で、司令官はミータラント侯爵夫人。外軍は二つに分かれていて、国境近くを守る界域軍と海岸線を守る海軍に別れている。界域軍はフルム公爵、海軍はドラント公爵が司令官となっている。いずれの司令官も先々代の国王の兄妹だ。
魔法省は回復魔法が使える者や、体力が無くても魔力の強い者が集められ、事例毎に各軍に配属される仕組みになっている。この省は国王直轄となっている。
いずれ学校を卒業したら、どれかに属することになる。
軍に入ると魔法も使うけれど、剣も使うので体力が必要になる。その為女子は結婚するか、魔法省に所属するかのどちらかを選ぶ者が多い。
「ミータラント侯爵夫人?」
ユリウスがミータラント侯爵夫人の名前が出たことに驚いた。
ミータラント侯爵夫人は、先々代の国王の妹君で、年齢は六十歳前後、二妃の母の母つまり祖母にあたる人物だ。
二妃の祖母と聞いて皆は緊張した。
「何故そのお方が内軍の司令官なのですか?」
ラウルがもっともな質問をした。
「竜魔法が使えるから」とアレスが簡潔に答えた。
「竜魔法?」
三人の疑問にユリウスが補足してくれた。
「シュタルト国の国王の子女は、国王になる者以外は一代に限り竜魔法が使える。ミータラント侯爵夫人の竜魔法がそれこそ千里眼で、宮殿の周りの至る所に網を張って見ているらしい。夫人は侯爵亡き後は娘夫婦に爵位を譲り、今は孫である二妃と共に宮殿に住んでいる。内軍の指揮はそこから取っているそうだ」
「それじゃあ、私たちの事も見られているの?」コーデリアの声が小さくなった。
「見たいと思っているんじゃないかな。でもそこは安心して良いと思うよ。それぞれの公爵は何かしら竜魔法が使える。誰かが竜魔法で干渉してきたら、誰が使っているか分るみたいだから、公爵の関係者に対して竜魔法を使うことはよほどの事で無い限り使われないよ」
アレスは公爵の関係者は安心だと言うけれど、三人の不安は収らなかった。
「しかし、ミータラント侯爵夫人が出てくるとなると・・・」
ユリウスは難しい顔をして呟いた。
「そうなんだよ。もういい年なんだから、さっさと次に譲っても良いと思うんだけど、最近は魔法省にも色々口を挟んで来るらしい」
「他の公爵達も軍の支配権はなかなか譲ってくれないね」
「あの年寄り兄妹は何を考えているのか、さっぱり分らない。上が退かないから、ソルレイト公爵もブライダム公爵も竜魔法が使えても要職から外されている」
アレスがここぞとばかりに愚痴をこぼした。
「だいたい王家は国王の寿命が短すぎるんだよ」
ユリウスがため息交じりに呟く。
「そうだね。みな三十代で亡くなっているからね。国王は一番強い竜魔法を受け継ぐから、魔力に身体が負けてしまうみたいだよ」
「では、今の国王も?」
シアが心配そうにアレスを見た。
「いや、父上は俺がいるから大丈夫だろう」
心配してくれるシアを、ちょっと嬉しそうな目で見返した。
「アレスがいるから大丈夫?」
シアは不思議な顔をした。
「シュタルト国の宮殿は竜の魔力が一番集まるところに建っているんだ。その魔力を毎日身体に受けているから、国王の寿命が短くなるのだと思う。父上にかかる魔力は俺が代わりに受けているから、長生きするだろう」
「アレスはどうなるの?」
心配の目がアレスに集中する。アレスは皆の様子を見て、少しこそばゆい感じがした。長い間一人でいい思っていたのに、今は心配してくれる仲間がいる。アレスはそれが嬉しいと思う自分に戸惑っていた。
「俺は竜そのものだったから、大丈夫みたいだよ。かえって力が強くなっている感じがする」
『そうや、俺もアレスはまだまだ成長の途中やから、もっともっと魔力をもらわんといけんのや』
アレスはヴルの言葉に無言で頷いた。
よく解らないけれど、アレスが大丈夫と言ったので皆は安心した。
自分を信じてくれる者がいる。それを肌で感じたアレスは、この仲間と共に歩めることを心から喜んだ。そして、その為には次に進める準備をしなければいけないと感じた。
「俺は皆とこの先も一緒に成長していきたいと思う。その為には、それぞれに役割をお願いしたい。軍の話しが出たから言うわけではないけれど、これから先の方針を俺なりに考えてみた。まず俺の側近として、ユリウスは宰相に付いて仕事を覚えてもらいたい」
「宰相の仕事?」
ユリウスが驚く。
「ジークの側近の一人が、最近宰相付きになった。そこで、ユリウスにも宰相に付いて仕事を学んでもらいたい。ジークの側近は宰相の身内らしいから、宰相直々に声を掛けたらしいが、俺の所には何も言ってこなかった。だから、国王から宰相に言って貰うつもりだ」
「強引にということか?」ユリウスは片眉を上げた。
「そうだ。それくらいしないと、宰相は頷かないだろう」
「それもそうだな。いいよ話しを進めてくれ」
ユリウスとアレスは悪巧みをする子どもの様に顔を見合わせた。
「ラウルは界域軍のフルム公爵の部隊に入隊して貰いたい」
「えっ、界域軍ですか?」
「ラウルはまだ学生なので、学校に行きながらになる。ただ学校の寮ではなくて、軍の寮に入って貰う。界域軍にはライト伯爵も属しているから、心配事があれば相談するといいよ」
「お父様も入っているのですか?」
初めは不安そうな顔をしていたラウルだったが、父親も属していると聞いて安心したようだ。
「辺境伯はみな界域軍に入っている。この軍に入ることは、いずれラウルが領地を継いだ時に役に立つと思う」
「分りました」とラウルは真面目な表情で答えた。
「私は?」とコーデリアが不満そうに口を尖らせた。
「コーデリアはユリウスの婚約者だから、卒業するまではシアと行動を共にしてほしい」
「シアお姉様を守るという事ね」とコーデリアは勝手に解釈して喜んだ。
アレスが口を挟もうとしたら、ユリウスが片目をつむって「そういうことにしておこう」と耳元で囁いた。
「ドラント公爵の海軍には誰を送るつもりだ?」
話しを変えるようにユリウスが尋ねた。
「ドラント公爵は子息に海軍を継がせたいみたいだ。ドラント公爵の子息は優秀と聞いている。ブライダム公爵と仲が良く、なんでも学生時代からの付き合いらしい。優秀な人材は国の宝だから、そこはつつかないつもりだ」
「なるほど、後継者がしっかりしている所はそのままと言うことだな」
「そういうこと」
アレスは見ていないようで、しっかり回りを把握している。これから先何が起こるか分らないけれど、アレスの為に働く事が次の時代に繋がることだと皆が思った瞬間だった。
ラウルにシアを送らせて、アレスは国王に会いに宮殿に行った。
国王がアレスと会うときは、いつも私室に招いてくれる。
国王を待ちながら、以前はほとんど訪ねる事もなかった国王に最近はよく会っているなと思った。あれほど嫌っていたのに、今では週に一度は会っている。たいていシアがらみの事なのだが、そうでないときでもよく話すようになった。
そんな事を思いながらぼんやりしていると、国王が部屋に入ってきた。
「アレス、今日も良い天気だな」
開口一番にそう言った。
今日は曇りなんだけど、と思ったが、嬉しそうな国王の顔を見るとそうは言えなかった。
「父上もお元気そうで何よりです」
「そんな堅苦しい話し方は止めろ」と父王は笑う。
従者がお茶を入れて部屋を出て行くと、国王は真面目な顔になった。
「今日は大事な話で来たのだろう」
「良くおわかりになりますね」アレスは驚いた。
「お前の顔を見ていれば分るよ」
「私の顔はそんなに感情が出ていますか?」
国王の言葉に、アレスは顔を引き締めた。
「冗談だよ。感情の起伏が読めないから苦労してる」と国王は苦笑して、実はと続けた話しにアレスは驚いた。
「実は、お前の母親の声が聞こえて『今日はアレスが大切な話しを持ってくるので時間を取ってくださいね』と教えてくれた。空耳かと思っていたら、お前が会いたいと言って来たから驚いたよ」
母の声が聞こえた?アレスは不思議な面持ちで父王の顔を見た。
「最近お前と会う機会が増えたせいか、ルチアの事を思い出すことが多くなったからだろう」
父王は少し顔を赤らめてそう言った。
『ルチア』父王が母のことを愛称で呼んだことに驚いたからだろうか、「ルチア」とアレスもまた呟いていた。
「ルチアはお前の母の愛称だ。私はルーチェルアーナをルチアと呼んでいた」
父王は遠くを懐かしむような目をした。
「ルチアはとても可愛く聡い人だった。幸せにしてやりたかった」
「私のせいですか?」
アレスの言葉に父王は驚いた。
「お前のせいではないよ。お前の事は事故だったんだ」
父王は慌てて否定したが、沈むアレスにどう言ったらいいのか迷っていた。しばらく考えて、丁度良い機会だ。ルチアの事を少し話しておこうとアレスに言った。
いったい何を話すのだろうと、アレスは暗い面持ちのまま父王の顔を見た。
「ルーチェルアーナは、シュタルト国とグランダル国の和平協定による政略結婚で嫁いできたと皆思っているが、それは表面的な事で、実はグランダル王家内部の思惑によって追い出されたと言うのが真相らしい。
ルチアは私と初めて会った時にこう言ったのだ。『アラン様はとても愛していたお方がいらしたと伺っています。その方は二妃様とは違うお方だとも伺っています。私をその方のように愛して下さいとは申しません。私は乳母以外の誰からも愛されたことがないので、愛されないことには慣れております。でも、私がアラン様をお慕いすることは許してくださいますか』と。
ルチアがどうしてそんな事を言うのか分らなかった。私に目を向けて欲しいと思っていっているのだろうと思っていた。でもそれは違っていた。私はこっそりグランダルに密偵を送りルチアの事を調べさせた。そうしたらグランダル王家の陰謀を知ることになった。私がルチアにそのことを聞くと『あの方達は国の為にそうされたのだと思います。私が居ることで国が乱れるのであれば、それは本意ではありません』と言っていた。
ルチアが国を出されてシュタルト国に嫁いできた真相は、グランダル国はルチアの母が正当な王位継承者だったが、両親である前国王と前王妃が事故で早くに亡くなってしまった為に、その後の人生を大きく狂わされてしまったのだ。二人が亡くなったとき、彼女はまだ国を治めるのには若すぎたらしい。王家親族の話し合いで、彼女を女王として立てることを良しとしない親族によって、すでに成人していた従兄を彼女の夫にして王とした。そして、その時すでにいた妻を二妃として、国民の理解を得るために彼女を正妃としたらしい。
彼女は長いこと子どもが出来なかったらしい。もう子どもは無理だと誰もが思った頃にルチアを身籠もった。国王の子では無いという噂もあった。彼女はルチアを生んですぐに病で亡くなったそうだ。
ルチアが生まれたときには、二妃の子どもが五人もいて、中には成人した者もいて、国の要職に就いていたらしい。国王はルチアの母が亡くなった一年後には二妃を正妃の座に据えた。その時点でルチアは邪魔者になったらしい。本来なら正当な継承者であるはずのルチアは、城の片隅で乳母と侍女に守られて、ひっそりと過ごしていたらしい。
ルチアが十四歳を迎える頃、シュタルト国とグランダル国の和平協定が結ばれた。そして協定によって、王女を嫁がせる話しが出た時、ルチアを嫁がせることに乳母以外の誰も反対しなかったそうだ。ルチアが居ては王家親族が正当な継承者を名乗ることが出来ないと思ったからだろう。今の王家を不服と思う誰かがルチアを立てて王位を奪還するかもしれないと、恐れたのかもしれない。正当な継承者を追い出して、王家親族が王家を奪い取ったのだ。
ルチアは権力には感心がないので、それはそれで良かったのだと言っていた。嫁ぐのを決めたのは、城の中にいても何も楽しいことは無かった、それだったら新しいところに行ってみたいと思ったからだと話してくれた。
ルチアはシュタルトに来る事ができて嬉しいといつも言っていた」
アレスには父王の話は意外だった。
「なあ、アレス。お前はシュタルト国の王子でもあるが、グランダル国の正当な継承者でもあるんだ。そのことは忘れるなよ」
アレスはシュタルト国とグランダル国の正式な継承権を持っていると聞かされて戸惑った。そんなアレスの様子を見ていた国王は、唐突に話題を変えた。
「さて、今日私に会いに来た理由を教えてくれ」
アレスは一瞬驚いた顔をしたが、表情を元に戻すと、テーブルに赤と青の二つの瓶を置いた。
「これは?」と説明を求められたアレスは、シアの作ったポーションについて説明を始めた。宮殿の図書室で目と耳の魔法書を見たシアが、ポーションで出来るかも知れないと考えたところから、ラウルとコーデリアの実験結果までの経緯を話した。
一通りの説明を聞いた国王は「千里眼と地獄耳だな」と呟いたので、アレスは思わず吹き出した。
「これは使えるな」
「そう言われるだろうと思っていました。ただ、これがシアの作品だと言って欲しくないのです」
「分っている。そんな事をしたら、シアが微妙な立場になってしまう。収穫祭の婚約発表前にこの事を知られてはいけない」
国王もシアの事を心配している。
「私もそう思います」
「最近、ミータラント侯爵夫人の能力が衰えてきているらしい。このポーションの存在を知ったらどうなるかは目に見えている」
「ミータラント公爵夫人の能力が衰えているのですか?」
アレスには初耳だった。
「どうやら、ブリジットの能力と被っているらしい」
ブリジットはジークの妹で今年七歳になる。アレスにとっても妹になる。
「ブリジットの竜魔法が千里眼なのですか」
「そのようだ。それで、ミータラント侯爵夫人がブリジットの取り込みに躍起になっている」
「ブリジットなら、夫人に頼まれたら断らないのでは?」
「そうでもないみたいなのだ。夫人も二妃もジーク、ジークで、ブリジットはいつも次いでのように扱われていたのが気にくわなかったようで、夫人を嫌っているみたいだ」
「そうなのですか。それは大変ですね」
アレスは兄妹でも、母親が違うため、接点がない妹の反応を不思議に思った。
竜魔法は色々種類があるが、同じ能力を持つ新しい継承者が出てくると、前の持ち主は力を失う。内軍を預かるミータラント侯爵夫人にとっては死活問題だろう。能力の衰えた夫人があのポーションの事を知ったら、是が非でも手に入れたいと思うだろう。
「夫人は誘惑の眼差しも使えないのですか?」
「それも無理らしい。同じ能力だからな。掛るわけが無い」
「それもそうですね」
誘惑の眼差しとは、他人を自由に操る能力である。
「まあ、そういうことなので、これはお前がまだ持っていろ」
国王は二本の瓶をアレスに戻した。
「分りました」アレスは瓶を内ポケットにしまうと、改めて国王に向き直った。
「国王にお願いがあります」
真剣な顔のアレスを見て、国王も身を引き締めた。
「何だ、言ってみよ」
「ユリウスに宰相の仕事を覚えて貰いたいと思っています。それで、宰相の側仕えに推挙していただきたいのです」
「そうか、最近ジークの側近が宰相付きになっているようだな。良いだろう、ごり押ししてでも付かせてやろう」
国王は悪戯を仕掛けるみたいな顔をしてアレスに頷いた。
「それだけか?」
「後は、ラウルを界域軍に入れようと思っています」
「それは良い考えだ」
国王はそう答えると、時間が来たと言って部屋を出て行った。アレスも続いて部屋を出た。
執務室に戻りぼんやりしていると、ルーチェが話しかけてきた。
『王様は優しい方ですね』
「そうか」
『ルチアがよく言っていました。アレン様はステキな方だと・・・。ルチアはアレン様に会って恋をしたのです。アレン様はルチアを一人っきりの世界から連れ出してくれたのです』
「そうか、母上はそんなに寂しい生活をしていたのか」
『ルチアの話し相手は乳母のウルルと私だけでした』
「乳母のウルル?」
変な名前だとアレスは思った。
『ウルルは大魔法使いで、ルチアのお母様の時代から乳母をしていました』
「大魔法使い?」
『はい、ウルルは若いとき世界中を回ったそうです。そしてルチアのお母様のお母様に会ったと言っていました』
「へぇー、じゃあオーガスト国の事も知っているのかな?」
『たぶん・・・私は聞いたことがないので分りませんが、ウルルの家はオーガスト国との国境近くにあると聞いています』
「ふーん」
『行ってみられますか?』
「いや、今は良い」
アレスがルーチェとの話を終えて、机の決裁箱に残っていた書類の整理をしていると、宰相が訪ねて来た。
「王子殿下、宜しいですか?」
アレスは立ち上がって宰相を迎え椅子を勧めた。宰相はそれを断って、
「国王陛下からお聞きしたのですが、ユリウス殿を私の側仕えに置きたいとのことですが・・・」
宰相が続きを言うのを妨げて「そうそう、ユリウスも来年卒業なので、そろそろ仕事を覚えて貰いたいと思っているのだけれど、ああ見えてプライド高いから、変なところは勧められなくて、宰相の所だったら彼のプライドも傷つかないと思い、国王陛下にお願いしてみたんだ。宰相の意図には沿わないと思うけれど、よろしくお願いします」
とどめにアレスは宰相に頭を下げた。宰相も王子殿下から頭を下げて頼まれたら断れなかったらしい、渋々引き受けることを約束した。
これでユリウスは宰相付きとなった。
後はユリウスの手腕に任せる事にした。