離宮の精霊
シアとアレスとその側近達は学校の図書館に集まっていた。
彼らは、ユリウスの父に掛けられた、時の魔法を解く手がかりを探していた。
「学校の図書館はあらかた調べたな」とアレスは手元の魔法書を閉じながら言った。
「たいした収穫はなかったわね」とコーデリア。
「他に図書館は無いのかしら?」シアが続ける。
「王宮にあるけれど、入室許可がいる」
アレスが呟くと、全員がアレスを見た。
「王宮の図書館にアレスでも入室の許可がいるの?」とシアが聞いた。
「図書館は自由に入れるけれど、魔法書の部屋は別にあるんだ。不用意に使うと危ない魔法もあるからね、そこに入るには許可が必要なんだ」
アレスが難しい顔をして渋っているのを見て、ユリウスが尋ねた。
「難しい顔をしているけれど、許可を取るのに都合の悪いことでも有るのかい?」
「魔法書の部屋の管理をしているのが、宰相付きの事務官なのが気になっているんだ」
「宰相って、絶対知られたくない筆頭じゃないか」とユリウスが顔を顰めた。
「どうして知られたくないの」
意味がわからないという顔でシアと兄妹がユリウスを見た。
「宰相の奥さんは二妃の妹なんだよ」
渋い顔をしたままユリウスが言った。
「それは不味いわね」
コーデリアが相づちを打つと、ラウルも頷いた。
「今までの様に皆で行くと、不審がられるかも知れない。俺とシアは魔法の勉強のためとかなんとか理由を付けて、入れるようにしてみる。ユリウスは別ルートで努力してみてくれ」
「分った。コーデリアとラウルは、王宮以外の図書館を捜してもらってもいい?」
「仕方ないわね。私たち全員が動いて、怪しまれても困るもの」とコーデリアが残念そうに言った。
「済まないコーデリア」
「ユリウス様が謝ること無いわ。その間他の図書室を捜してみるわ」
「他の図書室って?」
ラウルがコーデリアに尋ねた。
「教会にも図書室があったと思うの」
「そうね、お父様の領地の教会にも図書室があったわ。でもあそこには捜しているような本は無かったわ」
思い出すようにシアが言った。シアは領地の教会の図書室の本は全て読んだみたいだった。
「とにかく手分けして捜そう」
アレスの言葉に、皆が頷いた。
放課後に図書館に集まるのを急に止めると、怪しまれるかも知れないので、今までと変わらず図書室に集合して、集めた情報を共有する場とした。
皆と別れたその足で、アレスは国王に相談に行った。
フィリップの件は国王の裁量で宰相にも秘密にしているので、アレスの話しに全面的に協力すると約束してくれた。反対に「誰にも知られないように」と念を押された。
国王は宰相に、アレスとシアが、勉強のため王宮の魔法書を見たいと言ってきたので許可をした。二人が図書館に行ったら、魔法書の部屋に入れるようにしてほしいと伝えた。
宰相は勉強するのは大いに結構なことだと了承した。
後日、シアを連れて王宮図書館に行った。
魔法書は、王宮図書館の奥の鍵の掛った扉の中にあった。
事務官が扉の鍵を開けて、アレスとシアを中に案内した。
魔法書だけの部屋は、床から天井まで書架がぐるりと部屋を取り囲んでいた。まるで、本の要塞みたいだ。本の持ち出しは禁止なので、取り出した本は中央にあるテーブルで読むようになっていた。
魔法書の扱いは厳しく、メモを取ることも禁止されていた。シアは一度見たものは忘れないので、メモの必要はなかったけれど・・・。
事務官は一通りの注意を伝えると、退室するときは声を掛けるようにと言って部屋を出て行った。
シアは書架をぐるりと見回して背表紙を見ていた。
「ざっと見ただけだけど、魔法の種類がバラバラに置いているわ」
「たとえば?」
「あそこの棚に火の魔法系の本があるけれど、こっちの棚にも火の魔法の本があるわ」
「本当だ、ジャンル別に置いているわけじゃないんだな」
「不思議なのはそれだけじゃ無いわ。より難しい本は上の棚に集めているみたい。梯子が置いてあるけど、あの高いところの本は取れないわ」
「きっと俺たちが読んではいけない本なんだろう。それから、シアここを見てごらん」
アレスが指さした場所を見ると、書架に魔法が掛っていた。
「これって!」シアが驚いてアレスを見た。
「この部屋に入った人が、何の本を手に取ったか分るようになっているみたいだ」
「これも、管理の為なのかしら」
「たぶんね。本を取るときは気を付けたほうが良いみたいだ」
「見た限り、上の方に魔法は掛ってない気がするけど・・・」
「そうだな、きっと取れないと思っているんだろう。あの梯子じゃ無理だからね」
シアも梯子を見て頷いた。
『姫さん、高いところの本は、取ってあげるで』
とヴルが助け船を出した。
「ありがとう。そうしたら、この棚の左から二番目の本を取ってくれる」
ヴルが棚の上から本を取って持ってきた。
『竜の呪い』と表紙にあった。
「シア、これって?」
「ちょっと目についたので、読んで見たいと思ったの」
内容は、竜の呪い全般が書いてあった。呪いを受ける条件のページは、シアが子どもの頃に読んだ本の内容とそれほど変わらなかった。読んでいくと、途中でページが飛んでいる箇所があった。上手く切り取って分らないようになっていたが、目次を見ると“竜の呪いから逃れる方法”というページが綺麗に無くなっていた。
シアはそっとアレスに除かれたページの項目を見せた。
示された箇所を見たアレスは驚いた。
『たぶん、神殿の卵を動かした誰かが、このページを破り取ったんやろな』
アレスとシアもヴルの考えに同意した。
シアは『竜の呪い』の残りの部分をパラパラとめくって目を通すと。
「これ、元の場所に戻してくれる?」とヴルに頼んだ。
『あいよ』
ヴルは本を元あった場所に戻した。
ヴルがシアに本を取っている間、アレスは手の届くところの本を取り出し手に取った。それは、実際に読んでいる本を知られないためだった。
次にシアは、手に届くところにあった『聞こえの魔法』という本を取った。
その本には、遠くの音を聞くことが出来る魔法について書いてあるらしい。シアの感心を引いたのだろう。熱心に読んでいる。
「これは、薬草によってはポーションで強化出来るかも知れない」
シアは危ういポーションを思いついたみたいだ。
耳ときたら次は目だった。
『壁に耳あり、障子に目ありや』
ヴルがふざけ半分で言ったら、次は『千里眼の魔法』を取って読み始めた。
シアはざっと目を通すと「これも出来そうね」と呟いた。
『姫さん、恐いで』とヴルが言ったので、シアがキョトンとした顔をした。
「どうして?能力がアップするっていいことでしょう」
「本当に作るつもり?」
「帰って考えてみるつもりよ。だから、今日はもう終りにしましょう」とシアが言った。
「他は見なくて良いの?」とアレスが驚いた。
「興味を引く本はあるけど、今日は、もういいわ。」
シアはそう言いながら出口に向かっている。
「待って」とアレスもシアに続く。
図書室の扉を開けると、事務官が目の前に立っていた。中の様子を伺っていたようだ。アレスは、事務官にニコッと笑いかけ「ありがとう、またお願いしますね」と言って、その場を去った。
『あれは、探ってんやな』とヴルが訝しげに言ったので、「たぶんね」とアレスは答えた。
『それより姫さん。急いで帰らんでもええんやろ』
珍しくヴルがシアを引き止めた。
「早く帰って薬草を試してみたいと思っているけれど、どうして?」
ヴルが引き止めるのは珍しいので、理由を聞きたいと少し首を傾げた。
シアの気が変わらないうちにと思ったのだろうか、珍しくヴルが慌てている。
『姫さんに頼みがあるんや』
「なに?私にできること?」
『姫さんやないと、出来へんことや』
「ヴル、いったい何を頼むつもりだ?」
アレスもヴルが何を頼みたいのか分らなかった。
『離宮に来て貰えれば分る』
「離宮に?」アレスはますます不可解な顔をした。
「離宮ってどこにあるの?」シアが尋ねた。
「離宮は俺の住まいなんだけど、ここから一キロほど先にある」
アレスは北の庭園の方を指さした。
「そう、一キロ先ね」
シアは北の庭園に向かってスタスタと歩きはじめた。
「馬車は呼ばなくて大丈夫?」とアレスが尋ねると、
「散歩に馬車はいらないわ」と返された。
北の庭園にある川沿いの道を十五分も歩くと高い塀が現れた。
『あれが離宮や』とヴルが言った。
「えっ、塀しか見えないけど・・・」
「俺に呪いが掛けられていると分った時、外から見えないように高い塀で囲まれたこの離宮が建てられた。外部と接触させないために、母と一緒にこの離宮に移された。」
アレスは塀を回って、王宮から見えない位置にある門の扉を開けた。
離宮は輝くような白い壁が美しい建物だった。
アレスの姿が見えたのか、執事とメイド達が出てきた。
「アレス殿下、お帰りなさいませ」
執事が挨拶をする。
「トマス、ただいま。何か変わったことは?」
「特にございません」
トマスはアレスの横にいるシアに目を向けた。
アレスはトマスがシアを見ているのに気が付いて、
「ああ、まだ紹介してなかったね。彼女はフローレンシア・ブライダム。俺の婚約者だ」
トマスとメイド達が驚いたようにシアを見る。アレスの婚約者は変わったお嬢さんという噂は聞いていたけれど、会うのは初めてだった。初めてシアを見た離宮の者達は、噂で聞いて想像していたのと違い、アレスに相応しい美しい少女とわかり、執事やメイド達は安堵して喜んだ。
「フローレンシアです、シアと呼んでください」
シアは丁寧に挨拶をした。
「私はトマスと申します。離宮の執事をしております。こちらはメイド頭のハレとメイドのメアリーとアンです。どうぞお見知りおきください」
執事も丁寧に挨拶を返す。
「トマスさんと、ハレさんとメアリーさんとアンさんですね。こちらこそよろしくお願いします」
「フローレンシア様、私どもに‘さん’は付けなくて大丈夫です。名前でお呼びください」
「そう、では、私もシアと呼んでください」
離宮の者達はシアを快く受け入れた。
一通りの挨拶が終わると、居間に案内された。
扉を開けると正面の壁に可憐で美しい少女の肖像画があった。明るい日差しの中に、淡いホワイトゴールドのフワフワした髪が小さな白い顔を包み、ピンク色の唇に碧色の瞳。まるで妖精がそこに立って微笑んでいるような絵だった。
シアが肖像画に見入っていると、アレスが言った。
「母だ」
「そうなの、アレスはお母様に似ているのね」
シアが呟く。
「そうか?」アレスが目を瞠る。そんな事を言われたのは初めてだった。
「髪の色とか、瞳の色とかは違うけど、顔の配置というか形がとてもよく似てるわ」
シアはそう言ってひとり頷くと、アレスが座っているソファーの向かいに腰掛けた。
メイドがお茶を運んで来た。
出て行くのを待って、シアがヴルに聞いた。
「私を呼んだのはどうして?」
『姫さんに会って貰いたい精霊がいるんや』
アレスが驚いた顔をした。
「会って貰いたい精霊?」
シアが聞き直すと、アレスが説明した。
「母の精霊なんだ。母が亡くなってからもこの離宮に留まってくれていたのだけれど、最近消えかけているんだ」
「消えかけている?」
「本来精霊は一人の者にしかつかないらしい。俺が幼い頃母の側にいたのは覚えている。その精霊は、母が亡くなるときに一緒に消えてしまったと思っていた。でも精霊は残っていた。俺の呪いが解けてここに戻って来たとき、俺の横にヴルがいるのを見て、母の精霊は驚き、それ以来俺に近づこうとしない」
「その精霊が、消えかけているのね」
「俺は母の精霊に消えて欲しくない。けれどヴルは、俺に近づけない以上消えるのはしかたないと言うんだ。いままで消えずにいたのが不思議だとも・・・」
「その精霊は何処にいるの?」
「母の部屋だ」
「では、行ってみましょう」
アレスはシアを母の部屋に案内した。
ドアを開けると、南向きの明るい日差しが部屋の中に溢れていた。部屋の中にも居間にあった同じ人物の肖像画が掛けてあった。この肖像画の少女は少し大人びて、小さな子どもを抱いていた。
「素敵なお部屋ね」シアが部屋を見回して言った。そして、肖像画の後ろに隠れている精霊を見つけた。
二十センチほどの小さな精霊だった。精霊は本当に消えかけていた。ぼんやりとした精霊の髪の色や瞳はアレスの母に似ているように見えた。
シアは、精霊に近づいた。
「こんにちは、アレスのお母様の精霊さん。私はシアよ」
突然話しかけられた精霊は驚いてシアを見た。
『あなた、私が見えるの?』
「見えるわ」
精霊はシアをまじまじと見た。
『時の精霊を連れているのね』
「そうよ。ずっと昔からのお友達なの」
『そう・・・』
「あなたは光の精霊かしら?輝いて見える」
『わかるの?』
「何となくだけど。アレスのお母様は南の国のご出身だと聞いているわ。肖像画に光が見えるから、そうだと思った」
『そう、私は風と光の精霊。ルチアが子どもの時からずっと一緒にいたの』
「ルチア?」
『南のグランタルから嫁いできた王女のルーチェルアーナ』
「アレスのお母様の名前?」
『ルチアは優しい人だった。子どもの頃から精霊が見えて、私たちは会ったときから友達になった。私はルチアについてこの国に来たわ。初めは優しい王様と結婚できて嬉しそうだった。でも、アレスが生まれたときから変わってしまった。ルチアは塞ぎ込むようになった。だんだん心が閉ざされていって、笑わなくなった。私は元気づけようとしたけど駄目だった。ある日、ルチアは私に言ったわ。『アレスをお願いね』とそして川に身を投げたの』
アレスの引きつる呼吸が聞こえた。
『アレスはルチアが亡くなる一月前に、何処かに引き取られて行ったわ。呪いが身体に出始めたから、神殿の近くに住まわせると連れて行ったわ、ルチアは泣いて、泣いて、泣き疲れた頃に亡くなったの。私はルチアからアレスのことを頼まれたからここで待っていた。二年ほどしてアレスの呪いが解けたて帰って来たけれど、アレスには竜の精霊が側にいたわ』
「それで」シアが先を促す。
『私は竜の精霊が恐かった。アレスに話しかけようと思っても、竜の精霊がずっといるので話しかけられなかった。だから、この部屋に引きこもったの』
「どうして、からだが消えそうになるまで引きこもっていたの?」
『きっかけがなかったの。このまま忘れてくれたら、私は消えることができる。それで良いと思っているわ』
「駄目よ、私がここに呼ばれたのは、竜の精霊のヴルがあなたに消えて欲しくないからだよ」
『私に消えて欲しくない?』
「アレスもヴルもあなたの存在は知っていた。でもあなたが近づいてこなかったから、話しかけられなかったと言っているわ」
『そうなの・・・?』
「あなたはアレスのお母様にアレスを頼まれたのでしょう。だから消えてはいけないわ」
『そうやで、アレスのおかんが、アレスの為に残れと言ってくれたんやったら、アレスを見届ける責任があるんとちゃーうか』ヴルがシアの言葉を受けて言った。
『でも、アレスにはあなたがついているわ』
『そやけど、俺一人では、アレスの力を百%は引き出せないんや』
『どういうこと?』
『アレスには、竜の魔法以外に隠れた魔法があるんや』
「隠れた魔法?」ヴルの言葉を受けて、アレスが呟いた。
『そうや、おかんの魔法が隠れとる』
「母上の魔法?」
アレスは驚いてヴルを見た。
『風と光の魔法や』
「風と光の魔法?」
『こないだ受けた風の魔法で、アレスの中の風の魔法が目覚めかけているんや。この魔法は、あんたに教えてもらわんと上手く使えん気がするんや。だから、このまま消えて欲しーないんや』
『風と光の魔法って、ルチアは風の魔法しか使えなかったわ』
『アレスには出来るんや。それだけの魔力を持っとる。おかんも気いついとったんちゃうかな』
『それでルチアが私にアレスを頼んだというの』
『そうや、あんたもまだ仕事が残ってるんや。勝手に消えてしもたら、おかんに怒られるで』
『でも・・・』
『でもやあらへん。俺らは恐くないから、隠れとらんではよ出てき』
「そうよ、ヴルもアレスも恐くないわ。私もいる。これからは一緒に話しましょう」とシアが手を差し述べる。躊躇いながらも、風と光の精霊がシアの手に触れた。その途端消えかけていた、精霊の身体が鮮明になった。その姿を見てシアが言った。
「やはりあなたはアレスのお母様に似てるわ」
『さすが姫さんやで、精霊も回復してしもた』
ヴルは満足したように言った。
「なるほど、ヴルが私を誘ったのは、私の回復魔法が必要だったのね」
『まあ、そういうこっちゃ』
「ところでアレス、どうしてそこでへこんでいるの?」
アレスはソファーに座ってどんよりした顔をしていた。
『姫さん、アレスはおかんが自死したと教えてもらってなかったんや』
「そういえば、お婆さまも王妃様は病気で亡くなったと言われていた」
『心の病気だったのです。病気に間違いございません』
風と光の精霊は強く言った。
『アレス様、ルチアを責めないでください』
「僕は母を責めたりしない。俺のせいで母が亡くなったと思うと・・・」
アレスは顔を両手で覆った。
「アレス、お母様はあなたの呪いを解くために命をかけたのかも知れないわ。だから、精霊に後を頼んだのよ。私が本当のお母様から命を託されたように。アレスのお母様だってきっと、あなたのことを願ってのことかも知れないわ」
シアは慰めるように話しかけた。
『そういえば・・・』
精霊が思い出したように呟いた。
「そういえば?」シアが聞く。
『グランダルには、自分の身と引き換えに何かを願うと叶う。という古い魔法があったと聞いたことがある。でもそれは、単なる言い伝えで願いが叶うものではない、自分の身は大切にしなさいと、何代か前の国王が封印してしまったと聞いたわ。まさかルチアは、それを実行したのかしら?』
「そんな魔法があるのか」
アレスが精霊に詰め寄った。精霊は驚いて飛び退くと、
『ルチアが国から持ってきた本が何冊かあるわ。それに載っていたかも知れない』
と少し怯えたように言った。
「怯えなくても大丈夫よ」シアは精霊に言った。
『でも・・・』
「それで、その本は何処にあるの?」
シアが尋ねると、精霊はクローゼットを指さした。
『あの中の奥の方に隠しているトランクに入っているわ』
「隠している?」
『ルチアが国からコッソリ持ち込んだ物なの。人に見せてはいけないみたい』
アレスはグローゼットを開けると、トランクを外に出した。
「魔法が掛っている」
『グランダルの王家の魔法がかけてあるわ』
『グランダル王家の魔法って、どないしたらいいんや』
『アレス様なら開けられると思う』
「どうして、俺に開けられると思う?」とアレスが尋ねる。
『ルチアの子どもだから』
「そうか、単純に考えたらそうだね。でも、俺はこの魔法は見たことがないよ」
『アレスが赤ちゃんの時にルチアが教えていた』
「俺が赤ちゃんの時に教わった?」
精霊はコクコクと頷いた。
「そうか、俺がその魔法を思い出すまで、このトランクは開けられないんだ。思い出すまで元の所に戻しておこう」
アレスはそう言って、トランクをクローゼットに戻した。そして、クローゼットの扉に魔法を掛けた。
「こうしておけば、俺以外の者はこのクローゼットを開けられないよ」
そして部屋を出るときも魔法を掛けた。
「それは?」とシアが聞いたので、
「これは図書館の魔法と同じだよ。誰がこの部屋に入ったか分るようにした」
『そこまで用心するんかい』とグルが呆れた。
「この離宮の者は疑ってないよ。それ以外の人が入ったときの為だよ」
アレスはそう言って母の部屋を出た。
今度は母の精霊もついてきた。
「精霊さんの名前は?」とシアが聞いた。
『ルーチェ』
「そう、ルーチェ。良い名前ね。私はシアよ。宜しくね」
シアとルーチェはすっかり打ち解けたようだった。
ルーチェがシアと仲良くなっても、アレスに慣れないといけないので、
『俺はいつもアレスの右肩にいてるから、ルーチェは左肩に乗ったらええわ』とヴルが言った。
ルーチェは驚いてヴルを見た。
『アレスに魔法を教えなあかんやろ。それには側におらんとな』
ルーチェは恐る恐るアレスの側に寄った。アレスは苦笑いしながら、
「ヴルも俺も恐くないから、肩でも頭でものっていいよ」
ルーチェはそっとアレスの左肩に座った。
それを見てシアはフッと笑ったようだ。
「これで大丈夫ね」
居間に戻ると、部屋の中が夕焼けで染まっていた。
思ったより時間が経っていたようだ。
「私もう帰らないといけないわ」とシアが言うと、アレスが「送っていくよ」と言った。
こうして、ヴルの頼みを叶えたシアは離宮を後にした。