02
「お姉様、おはようございます。」
美しい紫色の髪を今日もかっちりとまとめている私の姉、オーキッド・ヘイウッドへ挨拶をする。
「すっかりお辞儀が板についたみたいだけど、寝癖も付いているわ、キャトレー。」
私の髪はクルクルで、どれも寝癖みたいなのものなのに。
ああ、そういえば、彼女が口にしたキャトレーとは、私につけられた名前である。
キャトレー・ヘイウッド。
これが私の今の名前だ。
まだジェーン・ドゥだったあの牢の中。
ロゼとバスターと手を組んで過ごしているうちに、運命の日がやってきた。
「...そうだな。まあ、いくつか、探しているのだが。」
鉄格子の向こうで、蝋燭の灯りを背に浴びて立つ大男。
私はノルマをこなすと共に、商人や客がこちらへ来たことを穴を掘るバスターとそれを隠すロゼに知らせなければならなかった。
けれどこの日、この男を前にして、私は知らないふりをした。
「おい、お前、何してる!金髪、お前だ!」
怪しい動きをしていたロゼに目を付け、その流れでこの大男がふたりを引き取るのだ。
突然商人が声を荒らげたことにロゼの背が固まる。
ゆっくり振り返るその顔は、珍しく怯えが浮かんでいた。
男たちがロゼを見ている。
ロゼは私と男たちを交互に見た。
その目は見開かれ、焦りを隠せずぎょろぎょろと動いているのを見て、私は息を詰まらせた。
ごめん、ロゼ、バスター、でも大丈夫だから。
そうこうしている間に、商人は牢の鍵を開けてロゼの目の前まで迫っていた。
乱暴に腕を掴むが、頑なに動こうとしないロゼを力任せに放り投げる。
そして商人の目の前に、彼らの努力がさらされてしまった。
穴の中には、泣きそうな顔で商人を見上げるバスターがいた。
「...フン、お前ら、活きがいいじゃねえか。アァ?!」
商人の怒号にこの場の全員が肩を揺らす。
さっきまで見上げていたバスターの頭は、商人に踏まれて地に擦り付けられていた。
恐怖に歪んだ顔、彼の瞳から溢れたそれが、地面の土を濡らしていく。
商人の足が浮いたかと思えば、次に横たわったロゼの腹を蹴った。
「や、やめろ、ロゼに...うっ!」
次に、バスターがロゼの方へ伸ばした手を踏みつける。
こんなの、見ていられない。
商人に飛びかかってでも止めてやろうと動きそうになる。
いいえ、これでいいの。
今ふたりがどんなに怖い思いをしても...やっと掴んだ希望を踏みにじられ絶望を味わったとしても、この行動が未来に繋がるの。
ごめんなさい。
耐えて、お願い。
「私好みだ。」
低く鋭い声が牢の中に響いた。
さっきまで鉄格子の向こうにいた男が、いつのまにか商人の後ろに立っていた。
「は、はぁ...こいつらをご希望で?」
商人がお客の前での態度を正すため慌てて2人を引っ張り起こす。
「来い。」
男は訳も分からず棒立ちしているだけのふたりにいった。
男はそのまま牢から出ていき、ふたりは商人に追い立てられるようにして後ろに着いて行く。
牢の鍵が締まり、向こうへ歩いていった彼らが見えなくなったところで、私はやっと張りつめていた緊張の糸が音を立てて切れるのを自覚し、密かにため息を落とした。
「あの!あの、ジェ、ジェーン・ドゥも...!」
鉄格子にしがみついて、青い瞳がこちらを見ていた。
「...え?」
彼らがジェーン・ドゥと呼ぶ人物が、まさか他にいただろうか。
いや、ロゼの瞳はまっすぐ私の方へ向いている。
「お願い、します...!あの子も...!」
BLゲーム『METEOR』の主人公ロゼは、幼なじみのバスターと共に奴隷として売られていた。
当然現れた謎の男によって、養子として引き取られるまでは。
謎の男の正体は、この国アルデバランの脳と呼ばれるヘイウッド家の当主、モノセウス・ヘイウッド。
国家とヘイウッド家の働きにより、違法売買は取り締まられ、施設は崩壊した。
彼らはロゼ=ルネ・ヘイウッド、バスター・ヘイウッドとなり、ヘイウッド一族の名を持つことになったのだ。
そしてモノセウスはあの日、原作にはなかったロゼの願いを聞き入れた。
ジェーン・ドゥだった私も養女としてヘイウッド家に迎え入れられ、キャトレー・ヘイウッドとなった。
「どうしてかしら。」
窓の外を見下ろしているのはヘイウッド家の血を継ぐ長女、オーキッド・ヘイウッド。
お姉様とのお茶の時間が、私のいちばんの癒しの時間だ。
「お父様から聞いたわ。あの子...ロゼが貴女も一緒にと、頭を下げたんでしょう?」
窓の外を見てみると、庭でロゼとバスターが決闘をしているようだ。
あの日から2年が経ち、ロゼは13歳、バスターは12歳になった。
私は...年齢が分からなかったので、15歳ということになっている。
私とロゼたちの関係は、良いとは言えなかった。
私があの日、客の訪問を知らせず無視したことが、バスターは許せないらしい。
亀裂を作ったのは私自身で、謝りはしたが、バスターに何故と問われて応えることが出来なかった。
ロゼは板挟みになったことと、はぐらかそうとする私の態度にどうしていいか分からないようだった。
けどバスターは、私を連れてくるようロゼが願ったこと、私がここにいることを怒るなんてことはなかった。
「思春期というものかしら。」
「んんっげほっ!」
しまった、お茶が器官に入ってむせてしまった。
オーキッドお姉様はすでに24歳なので、子を持ったように感じることがあるのだと。
名門ヘイウッド家の血を継ぐお姉様が未だに未婚でいることは、世間では口々に噂されている。
ヘイウッド家の仕事を完璧にこなしているので、てっきり次期当主なのかとお父様に聞いたことがあるが、お姉様にその気はないから養子の存在はちょうど良かったとおっしゃっていた。
ゲームではバスターがヘイウッド家の12代目当主となり、血を継いでいないことに国民からの反感を受けていた。
でも、それも少しの間の話だ。
なぜなら、ロゼに祝福の流星群が降り注げば、この国は終わるのだから。