ケモノと正義は血溜まりに沈む⑦
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「先輩! 先輩っ!」
降ちてきたナックルにヒーローが駆け寄る。彼が着ていた服は大半が燃えてしまったのか、半分程度しか残っておらず、顔の半分以上……いや、体の半分以上は焼け爛れ、片腕は無くなっており見るも痛々しい形相となっていた。見ていたというのもあるがどれだけ激しい戦闘だったのか、想像は容易かった。
しかし、彼の死を惜しむ時間さえも与えてはくれないのか、地面が揺れたと思えば生暖かい風が全身を覆う。咄嗟に、本能だろうか六感だろうかはどうでもいい、脳内に警鐘を鳴らし盾を構えさせる。
「いっつぅ!」
だが奴の爪が予想以上に鉤爪であり、その先端が肩に食い込み肉を切り裂いた。まるで鎧を歯牙にも掛けないその爪の鋭さにもし狙われたのが頭だったらと考えたら血の気がひく。
そして、そんなことを考えられるのは一瞬であって、奴の巨体から放たれる威力を体ひとつで受け止められるはずもなくそのまま体を吹き飛ばされる。
背中と後頭部をマンションの外壁に叩きつけられ、口から空気が漏れ出す。
なんだか遠くから見ているような、そんな不思議な視界の中で繋ぎ止める意識は気を抜けばすぐに暗闇に落ちるであろう。だがここで気を失っても待っているのは死だけである。死にたくないという思いだけで必死に抗うも、無情にも意識は暗闇へと落ちていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
閉じていた目をゆっくりと開ければ知らない場所に立っていた。
意識だけははっきりとしているのだがそれ以外の感覚が薄い。自分が立っているのか、そもそも自分はこの場所にいるのか、生きているのか。それすらもわからないほどに感覚が薄い。
風で吹き上がる土にぶつかっても何も感じない、乾燥してひび割れた地面からは、ゴツゴツとした感触がするはずなのにそれすら感じない。
本当に不思議な感じだ。見渡す限り草木、山一つとない乾燥した大地。空に浮かぶ暗雲は青色の光を放ちながら渦を作り、暗雲の外縁は青色の輝きを放ち、中央は見ているだけで不安になる暗闇で満たされている。
こんな土地は行ったことがないし、見たこともない。もし行っていたのなら忘れるはずもないほどに幻想的な世界である。
だが覚えている。
行ったことがないのに、見たことがないのに記憶にある。体の奥底から懐かしいという感覚が溢れてくる。それと同時に、悔しさ、悲しみ、そして他の感情を掻き消すほどの怒りが込み上げてくる。
自分でもよくわかっていない感覚に混乱しながら立っていると、正面に座り込んだ人影が見えた。
先ほどまでなかったその人影は成人男性だろうか、大きな背中を曲げながら大声を上げて泣いている。
なぜ泣いているのか分からない、しかし彼を見ているとなぜだか悲しい気持ちになる、悔しい気持ちになる。彼の下に駆け寄りたいのに動かないのがもどかしい。そんな感情が溢れる自分が分からない。
内心でもやもやを募らせていると視界が闇に包まれていく。以前のような痛みはない、だけども胸に大きな穴が空いた感じがする。
この暗闇に溶けていくように薄かった感覚がさらに薄まっていく。
以前のような痛みはない。
でも、なんでだろうか……とても苦しい。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いってぇ……」
目が覚めたと同時に感じたのは、後頭部と背中の激しい痛みと、正面から襲う地面の振動と風である。
視線を向けた先には、傷だらけのビル群を足場にして縦横無尽に跳ね回る巨狼。そして防戦一方となっている魔法少女とヒーローの姿であった。
ヒーローは胸を大きく裂かれたのか、美しかった銀色の鎧を赤く染め上げ、和服の魔法少女は腕を持っていかれたのか、応急処置も出来ておらずにダラダラと血を流している。どちらも満身創痍でありながらその足で力強く立っていた。他の魔法少女は、と辺りを見渡してみると、ほとんどは地に伏しピクリとも動いていない。
まさしく絶体絶命の状況だろう。
自分も参戦するべく壁から背中を離す。少し動くと痛みが身体中を駆け巡るが我慢できるほどである。
動く分には、立ち上がることも、意識にも支障はない。唯一あるのは左腕が動かしづらいことだけだ。何か異物が入り込んでいるような、動きが阻害されているような感じでいつも通りのように滑らかに動いてくれない。
左腕を見ても気を失っている間に治ったのか穴は塞がっている。まあ違和感は拭えないが、多少動かす分には問題がないのでひとまず無視をしよう。
そして左腕を見たときに気がついたのだが、鎧の籠手がハズレているのだ。
「変人!」
慌てて変人と唱えると、次の瞬間には生身だった左手が鈍色の籠手に包まれる。
しかし数秒と経つとガチャガチャと音を立てながら地面に鎧が落下していく。
「なんで……なんでなんでっ!」
何度も、何度も何度も変人と繰り返しても次の瞬間には鎧が外れていく。
これじゃあ戦えない、逃げることもできない。そんな絶望に膝が折れてしまう。
「逃げろぉ!」
そして大声を出したからか、それとも目が覚めた時から狙われていたのか、その声が意識を現実に向けさせる。
「あ」
横に開かれた大きな赤色の顎。
喉の奥からはチロチロと炎が噴き出しているのか、時折赤く輝き熱が肌を焼く。
「────」
死の間際だからか、世界から音がなくなりゆっくりと動いていく。
墓石の前で泣き崩れる父の背中。
笑って駆け寄ってくる小さかった頃の楓。
最愛の彼女だった人と見た綺麗な夜景。
泣いていたからか、赤くなった目元を擦りながら歩み寄ってくる咲夢ちゃんの姿。
今までの記憶が、風景が、感情が、脳内を駆け回る。
「ごめん、楓、咲夢ちゃん。父さん……約束を守れなくてごめん」
不思議と恐怖はなくなり、脳内は静かに透き通っていく。
瞳を閉じて全身の力を抜いていく。
『お兄さん! また一緒に──!』
「…………やっぱ、死にたくないよ」
最後に思い出してしまった声に覚悟が歪んでしまう。
だけどもう遅い。自分は諦めてしまった、抗おうとしなかった。
「……もし叶うのならば、まだ生きたい」
空気が2回震えた気がした。
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