ケモノと正義は血溜まりに沈む⑤
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「これでっ、ラストだ!」
勇者くんの声が静かになった都心に響き渡る。
次の瞬間にはベチャッという音が響き渡り、辺りには激しい呼吸音だけしか聞こえなくなった。
疲労からか膝が折れ、地面に仰向けになるように倒れる。ナックルが「鎧!」と大声を上げたために、片手を上げて振っておく。
上げていた片手の力を抜けば、ベチャッという音が響く。地面はコンクリートの色がわからなくなるほどに黒と赤色の液体に侵され、左右に首を曲げても見えるのは黒色の液体が堆積した小さな丘だけであった。
本来ならば鼻を摘み、すぐさまその場から逃げたくなるような悪臭が広がっているのだが、今はそんな体力もなければ気力もないのである。
「美紀に綾、志穂……くそっ、俺がもっと……強かったら!!」
「全部1人で背負おうとするな。俺も魔物だけに集中せず、周囲に気を配っていればよかったんだ。3人を殺したのは俺みたいなもんだよ」
「違う! 先輩はなんも悪くな……」
気分が落ち込んだら目を塞ぎたくなる、これは昔からの癖であった。左腕で視界を全て暗闇に閉ざしていると。そんなやり取りが聞こえてきた。彼らのやりとりを否定しようとしても、口元からはギリッという音しか出ない。
目の前で魔法少女が3人死んだ。1人はオレのことを助けてくれた少女で、1人は紺色のローブにとんがり帽子を被った魔女のような少女で、1人はチュニックとパンツを着た異世界ものの作品で見そうな少女であった。
みんな死んでいった。喉を食いちぎられ、激痛に叫ぼうにも叫べず喉を抑えることしかできない少女を見た。足を噛まれ、倒れたところを全身を貪り食われた少女の叫び声を聞いた。痛いと泣き叫びながら手を伸ばした少女の腕に届かなかった。
全部見た、全部聞いた。全てはオレのせいだ。この人並外れた体ならどんな魔物でも問題ない、そう慢心せずに鍛えておくべきであった、何ができるか確認しておくべきだった。たかが数日で何ができる、そう逃げるように考えてしまう自分が嫌になる。吐き気がする。いつからオレはこうも腑抜けになったのか、いつから自信を無くしたのか。
やっぱり、オレはオレでないのかもしれない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「痛いところはありませんか?」
何分経ったのか、それとも1分も経っていないのか、視界を暗闇に閉ざして何も考えていなかったオレには分からない。しかし、そんなオレに声をかける人物がいた。
腕を少し上に上げれば、チカチカと点滅する街灯にうっすらと映らせる桃色の髪、映画に出て来そうなほどに整った顔は日本人離れ、いや人間離れしているほどであった。
確か、彼女の名前は奈々だったはずだ。よくテレビで映し出されていたので思い出すことができた。ネットでの通り名は『天使』でテレビでは『医療の魔法少女』とされていたはずだ。そんな通り名持ちの有名人がオレに話しかけてくるなんて驚きでしかなかった。
「? 怪我とかはありませんか?」
「い、いや……特には」
顔を覗き込むように聞いてくる彼女に思わず声が上ずり挙動不審になってしまう。だが、彼女がなぜネット民から天使と呼ばれるかわかった気がした。腕の隙間から見えているはずのオレの目に怖がりも、警戒もせずに怪我をしているかどうかを聞いてくるのだ。暗闇だからこそ彼女の表情を窺うことはできない。もしかしたら怖がっているかもしれない、しかしだ、怖上がる対象の人に顔をずいっと近づけるようにするだろうか。桃色の髪の毛が頬に触れるほど近づき、鼻と鼻がくっつきそうになる距離は少しおかしくないだろうか。
「あの……近く、ないですか」
「……やっぱり女の子だ」
「……」
いやまず離れろよ。この言葉がオレの口から出ることはなかった。
なんだか彼女にドキドキしているのも馬鹿らしくなったので、失礼を承知でいつの間にか地面に落ちていた左腕を再び元に戻す。明確な拒絶の意志に気がついたのか、はたまたオレの体に傷が一つもないからか彼女はパシャパシャと足音を鳴らしながら去っていった。
そういえば、と先ほどの狼に感じていた違和感について考える。特徴的なものは二つある。まず一つ目に四肢が光っていたこと。二つ目に群れで動いていたことだ。四肢が光っていたのはオレが経験していないだけで他に事例があったのかもしれない。こう考えたのはナックルたちに聞いても違和感を抱かなかったというからだ。魔法省に所属しているヒーローの方が魔物に詳しいのは当然であり、彼が答えるのだからきっと前例があったのだろう。
次に、群れで動いていたこと。魔物は元の動物の習性から大きく外れないのは分かっている。だが、狼は50頭という大群で群れるものであっただろうか。オレは動物の専門家でも魔物の専門家でもなんでもないから詳しくは分からない。だからこそ違和感の正体はここではないかと疑っている。そして群れといえば長が……!
「ナックル!」「鎧の」
ばっ、と飛び起きたオレの声とナックルの声が被る。
「見ろ、どうやら俺たちは迎えが来たようだ。お前はどうするんだ? 俺たちと来るか?」
少しばかりの沈黙を破ったのはナックルの声、そして静かに飛ぶヘリコプターのサーチライトの輝きであった。目が眩むような輝きを放つサーチライトに照らされていると、他の魔法少女やヒーローがゆっくりと歩いて来ているのが見えた。
「ありゃ、報道のヘリもいるのか」
確かに、光は一つではなく複数個見えた。しかしそれをどうやって判別しているのかが気になりナックルの方を見ると、彼は眩しそうに目を細めるだけでこちらに気がついていないようだ。でも少し考えれば、彼は先程も指揮をとっていたことから結構上の立場にいて、そういった情報も知っているのだろう。という結論に至った。
「そういえばなんて言おうとしたんだ?」
「む、群れ、だとリーダーが、い、いるんじゃないか……って」
段々としいさくなっていく言葉は彼に届いただろうか。もし届いていなかったらどうしようと、彼の顔を覗くようにチラ見すれば、顎に手を当て考え込んでいるようであった。声は届いているようで一安心である。
「連絡こちらナックル、俺たちの回収は後回しでいい、周辺に魔物の残党が存在していないかを確認してくれ」
そうナックルが言った後、ピピという音が響いたと思えば先頭にいたヘリコプターは照明を俺たちからずらして、旋回するように飛んでいった。だが変わらず後続のヘリコプターは俺たちを証明したまま上空に待機している。手をかざして目を凝らせば、確かにカメラを持った人影のようなものが見えた。
そして次の瞬間、俺たちの前方から爆発音が聞こえたと思えば、視界は赤に覆い尽くされた。
「みんな逃げろぉ!!」
大きく声を上げたであろうナックルの声は、ビー、ビーという機械音と、何かが落下して来た衝撃によってかき消された。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
耳からキーンという音が鳴り止まず、周囲がなぜか熱い。思わず呼吸が荒くなり、その荒くなった呼吸が自分の脳に響き渡るような妙な感覚に襲われる。
「何が起きたんだ」
そうこぼれたオレの声に返答するものは誰もいない。
だが代わりに、ノシノシといった重いものが歩く音がする。
ヘリコプターから出る炎が赤く周囲を照らす。
そうか違和感の正体はこれだったんだ。四肢が光っていることでも、群れで動いていることでもなかった。
「こいつら……目が赤い!」
今回の敵は魔物ではないナニかであったのだ。
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