暗雲低迷②
※この小説は不定期更新です。
ブックマーク・感想・評価ありがとうございます。
燦々と輝く太陽の光がカーテンの隙間から入り込み、セミの騒音によって決して気持ちいいとは言い難い起床を強制された早朝、チッチッと奏でる時計を見上げるとまだ6時であった。
確かに昨夜はいつもより早めに寝たが、朝6時に目が覚めるなど予想できるはずもない。そして二度寝しようにもそんな気にもならないのである。
「そういえば、財布どうなったんだろ」
何もすることがなく、ただ虚空を見つめているとふと財布の存在が気になった。正面のテーブルに目をやってもポツンと家の鍵が置かれているだけであり、そこには財布のさの字もなかった。
中に入っているのは数万ほどの紙幣と僅かな小銭、ここまではいい。しかしクレジットカードやキャッシュカード、さらには保険証などの個人情報が書かれているものも入っているのだ。銀行にはまだ4億は残っているため盗まれたとしてもすぐに止めれば問題ない。だが、携帯も事故の時に粉々になっているだろうからカード会社に連絡する手段がない。そして声も姿も変わってしまっているためカード会社に連絡したところで信じてもらえるわけがない、マイナンバーなどを提示すれば可能性はあるかもしれないが、それも手元にないのである。
「交番に届けられている可能性は……低いだろうな」
『崩壊のひ』は多くの死者を出した。当然そのものたちの働いていた会社もCEOや従業員がいなくなれば経営を続けるのが難しくなり、白炎によって会社が薙ぎ倒されただけでなく、後に企業が倒産手続を行ったことによって職を失った人が溢れたのだ。新卒だけでなく元社会人も企業にこぞって応募したことによって就活倍率は低くても3桁後半過去に大企業と呼ばれていた企業に至っては数年前から4桁を常に超えていた。
そして就職できなかったあぶれ者たちは、次の機会のために資格習得を目指すもの、就職を諦めて賊まがいの行為に及ぶものに分かれていったのだ。
現在中央区に住むものは富裕層と言われる層であり、大企業に就職できたもの、白炎の被害を受けずに成功させたもの、以前から資金を蓄えていたもので構成されてされている。そして北区、西区、東区と順に下がっていき、南区は現在ではスラムのような掃き溜めとかし、南区に住んでいるもの以外は誰一人と近づくものはいない。周囲は壁に囲われ数少ない入り口も検問を敷かれているのだ。
そんな現在の日本で大金の入った財布など天の恵みでしかなく、拾って交番に届けるものなど中央区でもごく一部にしかいないだろう。
「失礼しまーす……ってあれ、もう起きてたの?」
そんな今はなき財布のことを考えていると病室のドアが静かに開き、昨晩の看護師さんが入ってきた。
名前は確か、上野さんだったか。彼女は足音を立てずにこちらへと歩いてくるとカーテンを静かに開けた。
「ちょっとおでこ触るね……熱は全然なさそうだけど一応ルールだし体温測っておこっか。耳にピタッとするよ……うん、大丈夫だね! どこか体に不調があったりしない? 頭が痛いとかない?」
「と、特には……」
ないです、その言葉は硬く閉ざされた口から外に出ることがなく、頭の中で一度響くと消えていった。昨日とは違い脳が正常に働いたのか、自慢のコミュ障も正常に働き出したようである。だったら昨日は話せていたか、と振り返ればこれっぽちもまともに話せてはいない。どうやらコミュ障はパッシブのデバフなようである。
オレの検温が終わったのを確認すると、彼女は正面の閉じ切った間仕切りカーテンを少しだけ開け、何かをしているような素振りをすると、静かにカーテンを閉めてこちらに歩めよってきた。
「えっとね、正面のベッドで寝ているのは、福田紗江ちゃんっていう君と同い年ぐらいの女の子で難病を患って去年から入院しているの。進行性骨化性線維異形成症っていう病気で筋肉とかがどんどん骨になっちゃうんだ。だから君からしたらちょっとだけ見た目が変に思っちゃうかもしれない、けど絶対に揶揄ったりしないであげて欲しいの。約束できる?」
オレはその言葉に即座に頷くことができた。聞いたことのない病名だったため、正面にいる女の子がどんな見た目になっているのかも想像がつかない。だがオレがこの青い目というだけでかなりの注目を浴び、遠巻きにされたのは実体験だ。だからこそ外見で注目され、そして気味悪がられる苦痛も体験してきている。だからこそオレは目の前の女の子がたとえどんな見た目になっていようが普通の少女として接しよう、そう心に刻んだ。
「うん、ありがとうね。じゃあお姉さんは他のお部屋にも行かないといけないからもういくね。何かあったらすぐにこのボタンを押すんだよ?」
それだけを言うと彼女は小走りになりながらドアへと歩いていき、部屋から出て行った。残されたオレはと言うもの、目の前の仕切りが気になってしまい、やはり二度寝する気にはなれなかった。
時計を見るとどうやら7時を過ぎていたようで、おそらくあの人はカーテンを開けに来るだけの予定だったのだろう。しかし、オレが起きていたために正面の少女の話をしてきたのであろう。
そして外見のことでふと思い出した。サイドテーブルに置かれている鏡を手に持ち確認すると、やはりと言うものコンタクトは付いておらず、青く輝く目は健在していたのだ。
つまり先生と彼女はこの異常な目を見ても何の反応もせず、普通の人として診察してくれたばかりか、接してくれていたのだ。
「ねぇ、なんで泣いてるの?」
「え?」
突如として右手からかかった声に声を漏らし、声のかけられた方を見ると不思議そうに首を傾げた少女がこちらを見つめていた。
そして、その少女の右腕は異様に膨れ上がっていた。
閲覧ありがとうございます。




