分岐点11-γ⑧
※この小説は不定期更新です。
評価・ブックマーク・誤字報告ありがとうございます
「……ふぅ、間一髪ですね。お待たせしました、魔法少女オニキス……参戦しますっ」
軍人が殺される現実から逃れようと、見苦しくも瞼を落とした。
『お前のせいだ』
そんな幻聴を聞きたくないが故に足を動かそうとするも、まるで石に変わったかのように動くことはなく、その場で縫い留められている。だが、耳に響いた言葉は覚悟していた物ではなく、何よりも頼りになる声であった。
「オニキスさん、援護をお願いします!」
「はいっ!」
瞑った瞼を開けると、一、二、三! という掛け声とともに、軍人2人が倒れていた人物を運んでいるのが目に映る。
魔物には目もくれず、魔物からのアクションもオニキスの結界で封じている。そして彼らもオニキスの結界を信じているのか、どんなに近くに攻撃が来てもその足を止める事なく入り口へと向かっていた。
「お兄さんっ! 怪我はありませんか!」
「あ、あぁ。……大丈夫」
軍人がフードコートの入り口を潜るを確認した後、直様に結界で入り口を封じたオニキスは此方へと声をかけて来た。
「よかったぁ」
そう言って胸を撫で下ろし、笑みを浮かべるオニキス。最初に会った時のあの敵意はどこへ飛んで行ったのだろうか。まぁ、敵意よりも好意の方が嬉しいのは当然なので良きとするが。
「お兄さん。今回の騒動の元凶はアレであっていますか?」
浮かべた笑みを一転して、憎らしげにネズミを睨む彼女にヒヤッとする。
そうだ、とは言ったものの声が震えていないかは自信がない。生きていたとは言え、彼女に一度はその目を向けられて首を刎ねられているのだ。トラウマにならない方がおかしいだろう。
「避難は完了しています。……しかし、柱の一つが崩れているために私の魔力の大半を崩落を防ぐのに使ってしまっています。魔法省に所属していないお兄さんに頼むことではないのですが、どうか力を貸してください。お願いします」
そう言って深くオレに頭を下げたオニキスに、もちろん。そう言おうとしたが言葉にする事ができなかった。
ゾーンに入って漸く五分。そんなオレにあの魔物の討伐が出来るとは思わなかったからである。
頭を下げ続けるオニキス。気がつけば、拳はギチギチとなるほどに強く握っていた。
逃げるのは簡単だ、だが崩落を防ぐのに魔力を使っている彼女に、討伐まで押し付けることになってしまう。そんなことをしてしまえば、彼女に待っているのは死だ。魔法少女は無敵な存在なんかではない。死ぬときは普通に死ぬ。
「……」
ここで逃げるのは簡単だ。だが彼女を死なせることはしたくない、そして自分が死ぬのも論外だ。
ならば戦うしか無い。やらねばならない。
生き残るために、生かすために戦う。
「任せろ」
もう、恐怖などない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
勝利条件は二つ。
一つは、オレ及びにオニキスの生還。二つはネズミの討伐だ。撃退では被害が広まってしまうので却下だ。
「お兄さん。私も出来うる限りのアシストをします。だから、決してあいつの攻撃を避けないで……ただ真っ直ぐ進んでください」
入り口付近で呼吸を荒げているネズミを目で捉えた時に、彼女が発した言葉を思い出す。
彼女は真っ直ぐ進んでと言った。解釈違いでなければ、ネズミの攻撃は彼女が防ぐ。そういうことだろう。彼女の結界の力は先程の軍人で、そして身をもって確認ができている。
したがってオレがやることはただ一つ、奴への猛攻。それだけだ。
『————あぁっ!!!』
「……っ!」
ネズミはオレの姿に気がつくと、店全体が揺れているのでは無いかと錯覚するほどの雄叫びを発して、此方へと駆けてくる。
あまりの俊敏さに、気がつけば奴はオレの目前まで迫ってきており、左前足でオレのことを押しつぶす寸前であった。ここまで近づいて気がついたのだが、奴の深海のような青色の毛並みは所々が赤く染まっており、血かと思えばそうではなかった。毛自体が赤くなってきているようで、先ほどまで青かった部分も赤くなり始めていたからだ。
「まさか、第2形態か?」
ゲームのラスボスや中ボスでよくあるネタが、目の前で起きようとしていた。
先程の攻撃もオニキスの結界で守られたら助かったものの、オレ1人では今の攻撃で死んでいたかもしれない。最早1人では到底討伐が出来そうにない、そんなレベルの差がそこにはあった。
「お兄さん! ……!」
だが、オレは1人ではない。きっと勝算はあるはずだ。
「はあっ!」
おそらくは奴の体毛が赤く染まった時に勝てる見込みは失われる。だからこそ、手を止めることなく攻め続ける。たとえ此方の攻撃がどんなに躱されようが、諦めることなく攻め続ける。きっと奴の攻撃は全てオニキスが封じてくれる、それを信じて、願って、ただただ獣のように攻め続ける。
『————ッ!!』
「くうっ!」
奴が叫ぶたびに痛む頭で、足を止めないように何度も剣を振るう。
時間の経過とともに奴は赤くなり、大きくなり、遅くなる。
足元からは剣がタイルにぶつかっているのか、ガシャガシャと鳴り響いている。
明らかに遅くなった奴の動きは、オニキスに頼らずとも避けれるほどである。
攻撃を躱され、此方も躱す。一進一退にすらならない攻防の中、奴は再び後ろ足で立つと左前足を持ち上げた。
オレはその攻撃に合わせるようにあえて近づき、ネズミが落ちてきたタイミングで避けて剣を振るう。
——入った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
先ほどまでの騒音が嘘のように無くなり、目の前には小さな山が溶けている。
「お兄さん、お疲れ様です」
溶けゆく小山を眺めていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、なんだか大きくなったように感じるオニキスが立っており、その額に汗を浮かべていた。
彼女には何度も助けられた、躱せ無いと思った攻撃も全て防いでもらった。彼女がいなければ絶対と言っていいほどにオレは死んでいただろう。
「動くな」
そんな彼女に労りの言葉でも送ろうと思った矢先に、男性の声が響いた。大声では無いはずなのによく響き渡る声だった。
「会津さん! 彼女は!」
「すまないオニキスさん。彼女がこの魔物を倒したのは見てわかる。だが、彼女の鎧の姿を見た隊員が複数いてな、そしてカラーコンタクトで隠しているようだが、端っこが青色に輝いているのだ」
その声は、先の隊長と言われた人物であった。ライフルを此方に向け、いつでも発砲出来るように引き金に指をなばしながら対面していた。
「聞いてもいいか? お前は魔物か?」
彼の問いかけが、妙に響いた。それは正直俺でもわかっていないことだ。人の身でありながら魔物に変身する能力を持っている。それは本当に一般人、そして人間と言えるのだろうか。
そして何よりも、その青く輝く自分の瞳がそれを否定させることを許さなかった。
「オレは……オレは、魔物じゃねえ! 魔法少女だ!」
だが、そんな自分でも人間でいたい、そう思ってしまうのは許されないことだろうか。
閲覧ありがとうございます。




