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分岐点11-γ⑦

※この小説は不定期更新です。


ブックマーク・評価・誤字報告ありがとうございます。


『———————!!!!』


 砂塵の中で響き渡る捉えることが出来ない高音。その高音と轟音によって耳を両手で塞いだのはオレだけではなく、軍人も同様に塞いでいた。

 しかし、魔物に近かった軍人は気を失っているのか、その場に倒れたままに動かないでいた。


 先ほど切った長い物体はおおよそ尻尾であろう。昨日に遭遇した蟻の魔物よりも硬かった尻尾は、この異様な切れ味を誇る剣にしても感触が残るほどであった。

 切断した尻尾は、地面に接触した後に斜め上の方向へと飛んでいったために被害は出ていないはずだ。そう願うことしかできない。


 耳鳴りの止まない耳で魔物の鳴き声が止んだのを感知して、耳から腕を離す。つま先を床に2度ぶつけても音は聞こえることから、鼓膜が破れていることはなさそうだ。ひとまずは安心するも、音が遠鳴りに聞こえてくるのは厄介である。


「あの鎧の魔物と正体不明の魔物がやり合っているうちに、負傷者を運びだせ! おら、自分の耳なんか心配してねえでさっさと動けヤァ!!」


 鼓膜も持ち前の回復で、ある程度は治ったのか先ほどまで話していた隊長の怒号が聞こえてきた。魔物ではないとツッコミたくもなったが、今はそんな余裕ではない。なろうの主人公ならばこのぐらい余裕なのだろうがオレにそんな力はないのである。


 幾許かすると、先ほどまで巻き上がっていた砂塵が嘘のように晴れていき、元凶の姿を見ることができた。

 深海のような暗い青色の毛が身体中から伸び、その真紅の大口からは上下2対4本の牙が伸びている。その外見故にネズミを思わせることがないが、体格、そして細長い尻尾を持っていたことからネズミだと予想する。

 魔物はあくまで動物の発展状である。そのため、この魔物はネズミであるために切った尻尾は再生しないはずだ。奴の攻撃手段を早いうちに摘めたのは大きい成果だろう。


 この魔物もゴリラと同様に、ギラギラと輝く青色の瞳に殺気を宿していた。体温が上昇しているのか、深青色の毛は逆立ち口からは白色の息が溢れている。

 その短い手足で、オレの周囲を回るかのように横移動しているその姿はやはりネズミではないような気がする。


 右手で剣を持ち、左手に盾を構えながら魔物の正面に相対する。

 一歩動くごとに床のタイルが割れていることから、その攻撃を片手で防ぐことは不可能だろう。今回も盾の出番はないかもしれない。


 気休め程度の盾は捨てるべきだろうかと、一瞬だけ魔物から目を離し左手を見てしまう。

 その視線の僅かな移動にも気が付いたのか、ネズミは俊敏にオレに近づいてきた。


 慌てて盾を構えると、その盾にネズミの右腕がのしかかり、あまりの重さに膝をついた瞬間、余った左腕でオレを横に吹き飛ばした。

 バウンドすらせずに壁に叩きつけられたオレは、体から空気が抜け、右脇腹が以上に熱いの感じた。一瞬でも視線を外した瞬間にこの様だ。ゴリラと蟻とは次元が違うのに気付かされてしまった。


「——あぁっ!!」


 僅か1撃で心が折れそうになる中、近くから感じられた悲鳴に意識が向く。

 悲鳴の方に顔を向けると、スマホを片手にもった男女が抱き合ってへたり込んでおり、こちらに体を向けてガクガクと震えているのが見えた。


 周囲に他の人は居らず、避難していないのはこの2人だけである。

 そのスマホでこちらのことを録画でもしていたのだろうか。軍人が命を張っている中いい御身分だなと、イラつくのも仕方がないだろう。


 だが、そんなイラつきも正面から響いてきた振動によって消し飛んだ。ネズミが正面から突進を仕掛けてきたのだ。

 素早く立ち上がり時計回りに身を捩り、遠心力を利用して全力で剣を叩きつける。


「……さっきよりも体が動くし、力がある」


 壁に追い込まれた時は見切ることすらできなかったのに、今ではその突撃を見切ることができたのだ。よくアスリートが言っているゾーンにでも入ったのか、はたまた未だ回復の兆しがない脇腹故に火事場の馬鹿力でも発揮したのか。


 だが、どちらにしても助かった事には変わりがない。


「攻めるか……待つか」


 今のオレならば知覚能力を頼りにカウンターを決めることができるだろう。しかしだ、もしネズミがこちらに攻めて来ずに避難している人々の方に向かって行ってしまったら。おそらく追いつくことは不可能。いくらゾーンに入っているとはいえ、あの俊敏な動きについていけるとは思ってもいない。

 それならば、此方から攻めてネズミを引き止めることに集中した方が良いのではなかろうか。だが、あいつは動きが早く、判断能力が優れている。先ほども、盾を構えたオレを片手で押さえて動けなくすると言った芸当を、一瞬にして考えついたレベルだ。あいつもカウンターぐらいできるだろう。


「手詰まり……か」


 正直に言って打つ手がない。大口きった手前、手段が無くなるなど愚かにも程がある。

 とりあえず、ここで止まっていても仕方ないので魔物には近づいておき、その姿を視界に収めておこう。それだけでも周囲に被害が広がることは少なくなるはずだ。


 ネズミを吹き飛ばしたところに近づくと、そこには白い吐息を吐きながら「フシュー」と泣いている姿があった。剣を叩きつけた頭と思った頭には傷が一つとなく、その代わりに右前足が欠損していた。どうやらオレの動きを読んでか、右足を犠牲にすることで回避していたようだ。


 傷口から溢れる血液は青く、止まることを知らないのか床に水溜りを作っていた。その場は奇しくも冷水機の近くであり、魔物の足元にはうめき声をあげている軍人が横たわっていた。

 魔物を吹き飛ばした際にぶつかったのか、うめき声を上げるだけで動く気配がない。


『お前のせいだ』


 その言葉がフラッシュバックし、両膝がガクガクと震えてその場から動けなくなる。

 そんなオレを見てか、ネズミの魔物は首を傾げた後に足元に横たわっている軍人に顔を向けた。


「やめろ」


 ネズミが初めて怒り以外の表情を見せた気がした。それはきっと愉悦だ。

 その場で動けないオレを見ながら後ろ足で立ち、余った左前足を軍人の上に構え、


「やめろおおぉぉぉ!!!」


 その上半身を落とした。

閲覧ありがとうございます。

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