分岐点11-γ⑥
※この小説は不定期更新です。
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「——皆さん落ち着いて! 入り口から順番に避難してください!」
衝撃波がフードコートを襲ってからの彼女の反応は驚くほどに早く、冷静であった。
掴んでいたオレの腕から手を離し、崩落しそうにないかを視認した後に、衝撃波が起こった方へと目を向けながら周りへの避難を呼びかける。
そんな彼女に比べて俺は一体何をしているのだろうか。一丁前に咲夢ちゃんに大人であると言っておきながら守られ、案じられた。
今でも震えている腕を見れば赤黒い液体を幻視してしまう。見えるはずがないのに見えている。記憶に無いはずなのに知っている。
『何周目だっ!』
エルフがオレに言ったこの言葉がやけに気にかかる。あいつは一体何を知っているのか。そして何故オレをオレよりも識っているのか。
この事をエルフに問いかけたいが、彼は既にいなくなってしまった。あの時に聞いた言葉通りならばいずれまた会えるのだろう。だが、どうしても気になってしまう。そんな想いに悶々としていると、再び衝撃波がオレを襲った。
「——考える時間もくれやしないのか」
衝撃を加えられたことによって落ち着いたのか、震えなくなった両手に力を込めて立ち上がる。
「変人」
高くなった視界で衝撃が発生した場所に目を向けると、そこには黒煙を貫く長い物体が存在していた。
脳の片隅はあれを知っていると言っている。だが、オレはあれを知らない。オレの頭は一体全体どうなってしまったのだろうか。
「お兄さん」
また思考の波に囚われていると、いつの間にか近くに立っていたオニキスに話しかけられていた。
頭をブンブンとふり、今は考え事をしている場合じゃない、そう当然のことを再認識する。
「? 何をしているかは聞きませんが、あの魔物を討伐するのを手伝って貰えませんか? 正直に言うと、私の魔力量では一般人を守りながら戦うのは不可能です。せめて今の3分の2いや、半分ほどまで避難してもらわねば私は戦力にはなれません。ですので……避難が完了するまでの時間稼ぎをお願いします」
そう言いながらも油断なく魔物を睨む彼女は、崩れてきた2階部分へと結界を作り、崩落の規模を少なくしていた。
その作業を複数箇所同時にやるのだから、彼女のスペックには驚愕を禁じ得ない。
「お兄さんが引っ越してからというもの何をして来たのかは分かりません。当然、何があったのかも分かりません。……ですが、お兄さんはお兄さんのままだと私は思いました。私はお兄さんの味方です」
「…………はあぁ。分かったよ。……時間を稼ぐにはいいが。別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」
「ぷっ、このタイミングでふざけないでくださいよ。なら、んっん……ええ、遠慮はいらないわ。お兄さん」
「では、期待に応えるとしよう」
咲夢ちゃんに味方とまで言って貰えたのだ。これ以上やる気が出る言葉はない……いや、これはなんか気持ち悪いな。まぁ、やるか。
「……お兄さん」
「気をつけて」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さて、大口を叩いてしまった手前、あの魔物をなんとかしないとな」
背中に装備されている剣を引き抜き、左手に盾を構えながらゆっくりと近づいていく。依然として黒煙を貫く長い物体は静止しており、その場から魔物が動いていないのが分かった。
何故に動いていないのかは不明だが、敵の位置が割れているならば、やりやすいことこの上ない。
魔物に近づけば近づくほどに濃くなっていく砂塵の中、慎重に近づいていく。
幾許か近づいたことにより、尚更この物体の大きさが窺える。見上げるほどに大きな物体は先端が見えないほどであり、優に5メートルはあるのではなかろうか。
そんな物体に目が奪われながら歩いていると、何かにぶつかった。
「うおっ! ってえ!?」
どうやらぶつかってしまったのは軍人であったようで、慌てて俺から離れると5人ぐらいを衝撃の魔物から離してオレを囲んだ。
何故にこのような対応をされるのだ? と思って自分の姿が限りなく魔物に近いことを思い出して納得する。
「……あ」
何かを発して誤解を解こうとしたが、ここでオレの能力であるコミュ障が発動してしまい、上手く喋れない。誤解の解けぬまま。いや、尚更に警戒心を増幅させてしまった中で相も変わらずに包囲されていた。
やはりこの姿では魔物と勘違いされてしまうのだろうか。そう考えていると軍人たちがおれにライフルを構えているのが分かった。
流石に撃たれるのは不味い。そう判断して、一旦剣を背中に担ぎ直して両手をあげる。
「あ……、お、オレ…………えと。魔法、少女……です。……はい…………」
『嘘つけぇ!!』
そんなに否定をしなくてもいいじゃないか。
5人全員から否定の言葉を投げられたオレは意外とダメージを受けていた。こういう場合はなんと言えばいいのだろうか。働かなくなった頭で必死に考えていると一言だけ見つかった。
「え、えと…………ぴ、ぴえん?」
『?????』
どうやら不発であったようであり、軍人たちは揃って首を傾げていた。流石に数十年前の流行語は過去の遺物であったようだ。
だが、今のJK語など知る訳もなく、ただオレはおろおろしていた。
「えっとー。……で君? ちゃん? いやそこじゃねえか。で一体なんのよう? いやなんでここ……ああぁ!! なんて言えばいんだよ! 何だコイツはっ!?」
「隊長っ! 諦めないで下さい!」
突如として髪をむしりながらヘドバンし始めた軍人に、こいつヤバいやつだと内心で引いていると、隣の軍人によって隊長だということがわかった。こんな情緒不安定が隊長であって大丈夫なのだろうか、それが疑問である。
そんな軍人を眺めていると、長い物体に動きが見えた。
軍人の静止の声を振り切り、剣を引き抜いて物体まで駆ける。記憶にない記憶が、あれだけは危険だと警鐘を鳴らして止まなかったからである。
みるみるうちに小さくなって行く物体の根元まで近づくと、そこには物体をとぐろのように巻いた塊があった。未だ収縮し続けるその物体は、鈍くギチギチと鳴らしながら収縮を続ける。
やがて、黒煙を貫いていた物体は全て収縮され、それでも尚ギチギチと鳴り止まぬ音。質感は金属のようでありながらも、関節がないかのようにとぐろを巻いているあたり流石は魔物と言うべきか。本当に不思議な生き物である。
30秒とかからずに鳴り響いていた音が止まり、無音の空間が出来上がった。
世界が遅く感じられ、色彩は灰色と白色とかす。しかし、それに反して思考はいつも以上に纏まっている。
塊がミシッと言った後に、回転をしながら収集したものを解放する。
狙いは付け根、この剣に切れないものは無い。そう希いながら剣を振り下ろした。
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