分岐点11-γ⑤
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「はあ゛ぁぁぁ……」
腹の底から出したのか、その外見とは似ても似つかないほどの大きなため息を吐きながら両手で顔を押さえるのは永守咲夢である。
「嘘でしょ……お兄さんが……そんな、あ゛あ゛ぁぁぁ」
「な、なんかごめんな?」
「終わっだぁ、私のはづごい終わっだあぁ……」
「…………」
なんと声を掛ければいいのか分からなくなり、苦笑いを浮かべるだけになってしまったオレを許して欲しい。
何故にこうなったのかと言えば、オレが肩に手をかけられた時に咲夢ちゃんと声を漏らしたことが原因である。だが彼女もオレのことを大声で「鎧の!?」なんて叫ぶものだから一瞬フードコートの喧騒が嘘のように消え去り、数秒とした後に断続的に喧しくなっていった。
例えるならば、学校で悪ノリした陰キャが空気を凍らせたのを陽キャが言葉を詰まらせながらもなんとかその場を盛り上げようとしている。そんな感じだろうか。
そして彼女もそんな空気を感じとったのか、顔を真っ赤にしてオレの手を引っ張りテーブルを椅子にどかっと座ったと思ったら、顔を伏せてうめき声を漏らし続けていたのだ。
暫くして復活したかと思えば「そういえばなんで私の名前知っているのですか?」と真っ赤な真顔で聞いてくるので、思わず吹き出したら本気の涙目になったので慌てて謝り、オレが一ノ瀬成海であることを告げたらこの様である。
「なんでよりにもよって鎧がお兄さんなのよぉ……。 待って、じゃああのロールプレイも? ……あ゛あぁぁ、死にたい……」
壁に埋め込まれている時計を見ると時刻は14時30分を示しており、かれこれ10分はこの調子なのだ。彼女がオニキスだと言われても、今の姿と昨日の姿を比べても信じられるわけがなかった。だが、彼女は確かに「鎧の」と発言したことは事実である。そして魔法省内にてオレがなんと呼ばれているかは知らないが、オレのことをそんな呼び方するのは彼女だけしか知らない。
「まさかお兄さんがそんな姿になっているなんて。そんなの分かるわけないじゃないですか……ムゥ、どこのラノベですか」
「ラノベいうなし」
「でも、現実世界で性転換しちゃってる人なんてお兄さんぐらいしかいませんよ……。全く、本当に驚きましたよ」
「オレも驚いたよ。……まさか咲夢ちゃんが魔法少女になっていたなんて」
今日、服を買った店で店長さんと話すことができなかったのに、オニキスには普通に喋れたのは彼女が咲夢ちゃんであったのを本能、もしくは第六感で感じ取っていたのだろう。
そして項垂れる彼女を見ているとパッと目が合い、彼女は気まずそうに目を逸らした。
髪は伸ばしたのか、昔は髪が邪魔とか言ってショートにしていたのに、今では背中まで届いているロングだ。艶のある黒い髪の毛は痛むことを知らないのか、天使の輪を作り出し、美しく風に靡いていた。
「……んぅ、なんですか。こっちをそんなに見てきて」
「いや、髪伸ばしたんだなって。似合ってるよ」
「そっちこそ……可愛いですよ?」
それは褒め言葉じゃないぞと笑いながら言うと、ふふっと彼女も笑った。
片手でお淑やかに口を隠しているあたり、本当に昔とは変わったんだなと思ってしまう。
そんな彼女の変化を眺めていると、その視線に気がついた彼女は「んっん!」と態とらしく咳払いをしながらこちらに顔を向けた。
「それよりも……大丈夫ですか? さっきは酷かったですし……」
「あー……、もう大丈夫だよ」
チラリと元いた場所を見ると、そこには透明な水が広がっており、清掃員さんがモップで片付けているのが見えた。先程のあれはなんだったのだろうか。そんなことを考えていると、どこからか『お前のせいで』と聞こえたような気がした。
「お兄さん!?」
「大丈夫……大丈夫だからっ」
震える体を抱くように抑えながら、言葉で咲夢ちゃんを制す。
言われているはずがないのに聞こえてくる声、激しく痛む頭痛に耐え切ることができず、恥を忍んで咲夢ちゃんに助けを求めようと彼女を見ると、彼女はオレの前から消え失せていた。
代わりに見えたのは変わり果てたフードコートであった。だが先程までとは違い、視界に砂塵が映ることはなくただ崩壊したフードコートがあった。軍服をきたものもいなければ、広がりゆく血の池もない。だが激しく痛む頭痛に耐えきれずに膝から崩れ落ちると、そこには卵型の何かが落ちていた。
『信じていたのに……』
「……え?」
そこに落ちていたのは先ほどまで正面にいた咲夢ちゃんの頭であり、首からは大量の黒い液体を流している。
『信じていたのに……』
グリンと周り、こちらを見つめてくる咲夢ちゃんの首は、光のなくなった虚ろ目をこちらに向けて話しかけてくる。
『ひどいよ……魔物め』
彼女の瞼の裏から流れてくるのは大量の赤黒い液体だ。その液体は結膜を赤く染め上げ、まるで涙のように目尻からこぼれ落ちていく。
『痛い……死にたくない』
口と鼻からも、目と同じく大量の液体を流す。その液体は、オレの足に触れると上に登ってきて腕を赤く染め上げる。
『何度も……何回私たちを殺すの?』
『痛い、辛いよ……』
『なんでお兄さんは生きているの? 死んでよ……』
『死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよ死んでよしんでよしんでよしんでよしんでよしんでよシンデヨ……ネェ、オニイサン?』
呼吸が上手くできなくなり、赤く染まった腕を首に伸ばす。空気を確保するために伸ばした腕は、己の意に反して気道を潰そうと力を入れる。
『くふっ! ふふふ、あはははハハっ! 死んじゃえ! お兄さんなんか死んじまえ!』
空気が確保できず、朦朧とした意識の中でふと考えてしまう。
このまま死んでしまった方が楽になれるのではないかと。
「うあっ……ひぁ」
視界が端から赤く染まり、頭が暑くなっていく。そんなオレを見ながら彼女は嗤っていた。
「お兄さんっ! 何をしているのですか!?」
赤く染まった視界が、段々と靄がかかり黒ずんでいくと、両腕に強い力が加わり血液が頭の中を回り始めた。
未だモヤがかかる視界の中、胴体のある彼女はいつの間にかドレスを着ており、顔を蒼白にしながらオレの白色の腕を掴んでいる。
片手でオレの細腕を抑えるように持つと、彼女は開いた方の片手を高く振り上げる。
その振り上げた腕がオレにぶつかる……と思った次の瞬間、フードコート内を衝撃波が襲ったのだった。
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