分岐点11-γ①
※この小説は不定期更新です。
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「うおああぁぁぁ!!」
叫び声を上げながら上半身を起こすと、カーテンの隙間から入ってくる陽光がちょうど目に入り、視界が狭まる。
ハァ、ハァと短い呼吸を繰り返し、サラリと溢れてきた髪の毛を耳にかけて背中に回す。
「…はああぁぁ、なんで居間で寝てんだ?」
頭に血が回っていくのを感じながら昨日起こった事態を断片的に思い出していく。
千葉県で能力の確認した後にオニキスと言う魔法少女と戦う事になった。そしてオニキスの結界の魔法に囚われたオレは首を切り落とされた。いま振り返っても、あの時感じた寒気で体が震えてくるのは仕方がないだろう。
「…チッ、くっせぇ」
帰宅して大泣きしたオレは吐瀉物と汗に塗れたまま寝ていたようであり、凄まじい体臭を放っていたのだ。
薄い掛け布団を鼻の近くに持っていき匂いを嗅ぐと、オレの体臭と似たようなすっぱい悪臭がした。起きて早々不快である。顔を顰め、大きくため息をついてしまった。
酷い臭いのする掛け布団を横抱きにし、キッチンにあるゴミ袋を一枚取り出して詰め込む。ソファーの匂いも嗅いでみると、掛け布団には及ばないがこちらも少なからず悪臭を放っていた。お気に入りの柄であった為に残念に思いながらも捨てることを決意する。洗濯してもいいのだが、ソファーの洗濯の仕方など知らないのである。ひとまず、ゴミ袋に包んだ掛け布団を玄関まで持っていき空いているスペースに置いておく。父さん曰く、昔は掛け布団も粗大ゴミのシールを貼らなければいけなかったらしいが、今の時代は燃えるゴミも不燃ゴミも全て同じゴミとして処理してもいいのである。そんな小さなことでも時代の発展というのは素晴らしいと思える辺り、オレも歳を取ったのかもしれないなと苦笑いを零す。
玄関から今に戻ったオレは、ファフリースをソファーに満遍なく噴射し、玄関に置く場所がないのでベランダまで押して運びながら外に出す。ファフリースは優秀であり匂いも菌も無くしてくれるが、流石に吐瀉物が付着したかもしれないソファーを再び使う気にはなれないのだ。
「…風呂入ろ」
いつまでも吐瀉物の香りを身に纏っているのも苦痛に感じたので、浴室へと向かう。
衣服などは昨日のダボダボのシャツのままであり、こちらも同じく酷い香りを放っていたので通り際にゴミ箱に放り込んでいく。
浴室に到着して、まず初めに追い焚きのボタンを押しておく。そして湯が温まる前に髪の毛をシャンプーで丁寧に毛先まで洗い、体を泡立てたボディタオルでゴシゴシと擦るように洗う。途中あまりの痛さにタオルを落としてしまうハプニングがあったものの、匂いが気になったので耐える事にした。
いつもならばここで終わりにしているのだが、今日は念のために体は2度洗いしていく。今度は擦るようではなく優しく撫でるようにである。言い訳みたいになってしまうが、痛さにビビった訳ではないと述べておこう。
「…なんか嫌な夢をみたような………忘れたな。昨日のを引き摺っているだけか」
暖かい湯船に浸かると、飛び起きたことを思い出した。夢の内容は…誰か、自分じゃない誰かが死んだものだった気がする。昨日の深夜に殺されたのだからそれを引き摺っているのだろう、そう考えてこれ以上考えるのをやめにした。けど、なんだか嫌な予感がしてたまらない。
その嫌な予感を忘れるように、風呂水を顔にバシャバシャと当てようと、目を閉じて何も考えないように努めても、遂には忘れることがなかった。
「そういえば、髪伸びたよな」
風呂水を顔にかけた事によって落ちてきた髪の毛を掬い上げる。
男の時には感じることができなかった絹のような痛みを感じさせない髪の毛は、白から始まり水色、そして深海のような青色と三段階に染まっていた。割合的には白が多く、次に水色、青といったぐらいだろう。少女になるのは除いても人間離れの色になったなと感慨深く思った。
体も温まり、匂いも取れたのを確認したオレは風呂から上がり、かけてあるバスタオルで体を拭いていく。女子の体になったせいか、敏感な場所が何箇所かあり恐る恐る拭きあげていく。
髪が長くなったからか拭いても水けが取れることがなく、諦めてバスタオルを首にかけてドライヤーを少し遠くから当てる。このサラサラの髪はドライヤーの風でふわふわとするために、少しばかり時間がかかってしまったものの、なんとか乾かせることができた。
右腕を持ち上げて匂いを嗅ぐも、髪を一房とって匂いを嗅ぐも、一切と言っていいほどに異臭がすることがなかった。
「………服ねえじゃん」
起きて寝ぼけたままだったのか、うっかりと服と下着を持って来るのを忘れてしまった。いや、まず持っていないの間違いであった。25歳の高身長独身男性が、小学生ぐらいの少女の下着を持っているなど事案でしかないだろう。ここは持っていなかった事に安堵するべきか、持っていないことを嘆くべきかを迷うだけである。
家の中に誰もいないのをふと思い出したオレは、裸のまま浴室から廊下へと出る。なんともいえぬ背徳感に浸りながら一歩一歩と踏み出していると、なぜだか影が刺した。
「あっ、起きたんだね、安心した「キャアアァァァァ!!」…ヨ。」
忘れてた! コイツの存在忘れてたっ!
慌てて胸と脚の付け根を隠して階段を駆け上がる。自室に飛び込み、鍵をかけてベッドに潜り込んだオレは、自分の顔に血が昇っているのを嫌でも自覚してしまう。
今までなろう小説で複数のTSもの作品を読んだが、僅か1日で女子のようになる作品などは見たことがない。もしかしたらオレってチョロイン枠なのか?オレはハーレム系主人公のヒロイン枠だったのかとふと思い、絶望した。
血の気が引いたり、上がったりを今日だけでも3回はしている。オレの心臓さんは社畜である。明日は労ってやろう、そんなことを考えてしまうのは現実逃避だろうか、はたまた賢者タイムのようなものだろうか。
くっだらない事に頭を使ったオレは、エルフが謝りに来るまでエラーが発生した機械のようにぴたりと停止していたのであった。
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