敵の敵は味方になり得ない⑤
※この小説は不定期更新です。
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「成人男性8名、男子学生23名、成人女性4名、女子学生18名の計53名が死亡。負傷者は現在分かっているだけでも89名、行方不明者は確認が取れただけでも33名。 答えなさい。鎧の、これは貴方がやったことですか」
そう言いオレのことを赤く腫れた目で睨んでくる少女は、昨日から何かと縁がある魔法少女、オニキスであった。
彼女と出会うたびに何かと問題が起きているのは気のせいではないだろう。彼女と出会った計2回、どれも戦闘にまで発展してしまっている。そして今回も現状をやったのがオレという事になりかけているので、選択肢を間違えた瞬間に今度こそ命はないかもしれない。
「違う。別の魔物がやったことだ」
「信じられませんね。私を攻撃した理由がありませんし、被害者たちは鋭利な武器によって切断された方しかいませんでした。そしてその切断面が貴方がその武器を横薙ぎした時との高さと偶然にも同じでした。男性は胴付近を、女性は首から胸付近を。そして先ほどの攻撃は私の首付近でした。それであっても違うというのですか?」
詰んでいる、そうとしか思えなかった。
おそらく彼女は先ほど到着し、避難が終わっていない人及びに負傷者の救助活動をしていたのだろう。そのために魔物の姿を見ておらず、唯一この場にいた魔物であるオレの犯行だと予測して、その真偽を問うためにオレの近くまで来たのだろう。
だが、オレは先ほどまで真犯人である魔物と戦闘行為もどきをしていたわけである。この砂塵の中では魔物の姿を視認できずに、暴れているオレの音を頼りに近づいたところで俺が誤ってオニキスを攻撃。しかもその攻撃が偶然にも被害者たちの殺傷痕と一致したことによって、オレが犯人だと判断した。そう言ったところだろうか。
彼女は魔物の姿を見ていないので、オレがやっていないと言っても信じることはできない。そして、先ほどまで近くにいたであろう魔物は、打って変わって呼吸音一つと漏らすこともなく、消えていると言っても過言でないほどに姿を表さなくなった。
魔物が姿を表さない以上、オレが犯人ではないと示す根拠も証明することができないのである。
「……ってたのに…!」
「え?」
「っ…信じようと、思ってたのにっ!」
唇を噛み締め、涙を堪えた瞳に敵意を滾らせたオニキスは、こちらに剣先を向けてヘルムの唯一の隙間である目を狙い、剣を刺突してきた。
しかし、昨日の戦闘時よりも何故だか緩慢に感じられたこの攻撃を防ぐのは思いのほか簡単であり、剣の腹で彼女の事を打ち払う事にも何も抵抗がなかった。
「ふぅ、ふぅ! …あの時の少女は怯えていましたっ。魔物がそんな反応を示したことは一度たりとも報告されていませんっ…! だから……だからっ! 貴方と一度話しておきたかった! 貴方は…貴女がどちらが本当の姿なのかを聞きたかった!」
彼女は耐え切ることができなかった涙で顎先を濡らし、震える体を自らの両手で抱きしめた。
「魔物じゃないって言って下さいよ…、魔物って言ってよ……っ!」
そんな矛盾した叫びをオレはただ聞いているしかできなかった。
ここで魔物じゃないと言えばオレは狙われることがなくなるだろう。しかし、彼女はどうなのだろうか。魔物だと思い、一度は確かに刈り取った存在が人間だったのならば。
守るために力を手に入れた人間は脆く、弱いというのを目にしたことがある。それは守れなかった場合に掲げた目標が砕けてしまうからだ。砕けた目標を再度掲げるのは難しいことだ。また守れなかったらどうしよう、守れなかった自分がまたそんな目標を掲げてもいいのだろうか、そんな重責に押しつぶされてしまうからだ。
だが、今彼女を襲っている問題はこの問題の比ではないだろう。彼女の『結界』は見るからに『守る』という行為に特化した魔法だ。そして彼女はオレの前に立った時には既に目を腫らしていた。きっと犠牲者が出てしまったために流したのだろう。そしてそんな『守る』に特化した魔法でオレの首を切り落としている。いや、落としてしまっている。
そんなオレが彼女に対して「人間だ」そう言ったのならば彼女の掲げたものは脆く砕け散るだろう。
「…っ」
自分の命惜しさに「人間だ」と言うのは簡単だ。だが…だが、この目の前で泣きじゃくる少女にそんな酷なことをオレは言うことができるのか? ………言える。オレならばはっきりと言うことができる。だがその一歩を踏み出せない。オレは自分のことが何よりも大切なクズだ。自分の命が秤に掛けられている今ならば「人間だ」と言うことができる。
だが何故か、本当に何故か彼女にはその一歩が踏み出せない。出会ってまだ1日しか経っていない、しかもどれも最低な出会いだ。命を奪われ、憎たらしく感じるはずなのに彼女を憎むことができない。なんならば友愛や親愛のような感情を抱いている。
「オレは…」
そう言葉を発すると彼女はピクリと震えて、濡れた顔をこちらに向けてくる。
その顔は期待に溢れたような、拒絶をするかの様に歪んでいた。
「オレはま
…だが無情にも、その台詞は目の前から轟いた音と砂塵によって掻き消された。
「オニキスっ!!」
全力で彼女のいた場所まで駆け出し、安否の声をあげる。砂塵で視界がさらに悪くなる中、先ほどまでは消えていた魔物の呼吸音が再び聞こえてくる。だがその呼吸音は「フシュッ、フシュッ」といった嘲笑うかのようなものに感じ取ることができた。
オニキスの声が聞こえて来ず不安になる一方で、この魔物に集中しなければという使命感に似たなにかを感じたオレは、足を前後に軽く開いて剣を構える。
しかし、その音以降にその魔物から呼吸音がすることはなく、消えることのなかった砂塵が数分と経たずに消えていったのだ。
明るくなった視界の中、周囲を一望するもやはり魔物の姿を捉えることができずにいた。逃げられた。悔しさと怒りが込み上げてくる中、剣を背中に担ぎ直してオニキスの姿を探る。
「オニキス…オニキスっ!」
いくら声を上げても彼女からの返答はなく、ただ救急車のサイレンがホールに響き渡るだけである。
焦りからか足元に落ちていた瓦礫に躓き地面に手をついてしまう。
手を下げて、上半身を起こして足を一歩後ろに下げた事によって足元から水の音がした。
それは今日だけで何度も見た赤黒い液体であり、独特な錆臭さが鼻腔をくすぐる。
軍人のものだろうと思い、視線を正面に戻してオニキスを探すのを再開する。
「………待て、あれから何分が経った?」
そんなことをふと疑問に思い考える。ららぽーとに到着したのが確か一時半ほどであり、買い物や昼食を含めたら三時だったはずだ。その時に魔物が出現して、軍人と一般人の大勢が犠牲になった。それであっているはずだ、そして今ホールに設置されている時計を見ると、時刻は四時半を示している。
「一時間半も血が乾かないなんてあるか?」
生物を専攻にしていたわけではないが、一時間半も経ってこれほどにサラサラな血なんて無いと考える。ではこの足元の血は新しいものだと考えられる。嫌な予感に血の気がサッと引いていくのが自分でも分かった。
視線を下げ、この血の池を作り出している存在を探すと、オレのすぐそばにあった。
首が無くなった体は一時間ほど前にみた女子中学生の制服を身に纏っている。
「…………さ、咲夢、ちゃん?」
視界が深い青色に染まった。
閲覧ありがとうございます。
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現在、1話から順に加筆修正を行なっています。現在は4話までが修正済みです。ストーリーが変化することはありません。よろしければご覧いただき、誤字脱字報告やアドバイスを感想などにして頂けると助かります。Twitterもやっておりますのでそちらからメッセージでも構いません。是非よろしくお願い致します。