敵の敵は味方になり得ない④
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「既視感っ! 何度目だこれっ!?」
出した声が無くなりそうになる程の火災警報の警鐘、魔物出現のサイレンス、軍人のメガホンによる避難指示。
平穏であった商業施設の一時が、一瞬にして崩れ去った。
濛々と立ち込め始める黒煙に咳き込みながら避難する人々。
出口は我先にと避難する人でごった返し、転ぶ人や泣き叫ぶ子供によって思うように進んでいなかった。
「すぅ…ごほっ! へ、変人っ!」
変身をする前に深呼吸して落ち着こうとしたが、大きく黒煙を吸い込んでしまい蒸せてしまう。
そして周囲の目があるのを忘れて変身しようとしていた事に気がつき、慌てて柱の影に潜り込み、上擦った声で『変人』を唱える。
変身した理由は普段よりも何倍も体が軽くなり、頭の中もスッキリするので咄嗟の判断に効きやすい。それと魔法少女が到着するまでの時間稼ぎのためである。
高くなった視界で柱の影からホールを見渡すと、数人の軍人が大楯を使い、魔物を囲っているのが目に入った。
軍人たちは大楯の他に、ライフルだろう銃を保持している。しかし、未だに避難が済んでいないために楯のみの行動と化していた。
唯一軍人の壁から見えた、黒煙を貫く長い物体は、魔物の関係上尻尾であるだろう。
そう魔物を影から観察していると、長い物体はどんどんと地面へと収縮していき、遂には見えなくなった。
地面にでも潜ったのか? と、疑問に思うも、軍人たちがその場から動かないので恐らくは違うのだろう。
そして気がつけば、避難している人々の喧々囂々も、黒煙を生み出す炎が弾ける音も、全てが消え失せたかのように静寂の帷に包まれていた。
今までとは比較にならないほどの嫌な予感。
周囲は未だに避難する人で溢れかえっている。口元を覗いても大きく開口しており、そこから漏れ出ているはずの声が一切聞こえてこない。
——ギチ、ギチ…
静寂だった筈のホールに響く、何かを絞り切ったような音。
その音の鳴った方に目を移すと軍人の方向であった。
見る事のできなくなった黒煙を穿つ長い物体、その周囲を囲む軍人達、そして何かを絞り切ったような締めつける音。
予想するのは容易、魔物の何らかの行動である。
「っ! 逃げろおおぉっ!!」
隠れるのもやめにして、出せる限りの絶叫を上げる。
オレの声に気が付いたのか数人の軍人がこっちを見て驚愕に目を開く。
そして、耳を擘くような轟音と腹部に生じた激しい衝撃によって、オレは意識を手放した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
カン、カン
そんな音が頭の中に響き渡る。
なんの音だと嫌々ながらに目を開けると、大量の瓦礫と巻き上がった砂塵が立ち込めているのが目に映った。
頭に響くこの音は、上の階層から落ちてきている小さな瓦礫がヘルムに当たっている音であったようだ。
「……頭の中がすっからかんとでも言いてえのかねえ」
頭の中で響くその音は、中に何かが詰まっているような鈍い音ではなく、あたかも何も詰まっていないような軽い音である。
金属のヘルムに落下してきているので、その音が妥当だろうとも思うが、頭の中で反響しているのだ。
「………って! そんなこと考えている場合じゃねえ!」
何故にこのような事態へと化しているのかを思い出したオレは、慌てて立ち上がり周囲に見渡す。
舞い上がっている砂塵のせいで端が見えないほどの視界不良ではあるが、けたたましいサイレンの音が聞こえるために粗方の避難は済んでいるのではなかろうか。
圧迫されているかのように鈍く痛む胸を抑えながら中心地へと脚を運ぶ。
戦闘音が一切聞こえないことから、まだ魔法少女は到着していないのだろう。
それならばオレのやることはただ一つ、時間稼ぎ、そして可能ならば討伐である。
オレがやる必要はないかもしれない…。しかしだ、もしこれを引き起こした魔物が別の場所へと向かったらどうなるか。…簡単だ、被害が広がってさらなる死人が増える。
中心地に向かえば向かうほどに増えていく上半身と下半身が別れた死体。
先ほどこちらを驚愕の目で見ていた軍人たちの上半身、そして下半身。
膝を折り、彼らが持っていた大楯をなぞると鋭利なもので切られたような断面で上部と下部で分かれている。
痛みはどれほどのものだったのだろうか、大楯の側に伏していた軍人は見るに耐えないほどに苦痛で歪んでいた。
「…うぅ! ああ゛ぁ゛ぁ゛!!」
あの場面でオレが声をかけなかったら彼らは避けることができていたかもしれない。そんな後悔と怒りを、先程から何かを啜る音と咀嚼する音を鳴らす方向に、剣を抜き力任せに叩きつける。
『———————ッ!!!!』
硬い何かを断ち切るような感触を感じ、それと同時に生物のものとは思えないほどの高音がホールを震わせた。
ビタン、ビタンと地面から跳ねるような音がするため、何かを切り落としたのは間違いがない。だが跳ねている以上、倒せていないことも分かってしまった。
続け様に音がする方向へと剣を叩きつけても、今度は何も感触がなく、悲鳴すら聞こえてこない。
剣を中段に構え、いつ何時に襲われても対処ができるように、万全の体制を作る。
サイレンの音も遠ざかり、聞こえてくるのは自身の短い呼吸音と、四方から聞こえてくる「フシューッ」という音だけである。
「 そこっ!!」
一際大きく聞こえた魔物の呼吸音があった場所に剣を振り下ろすも、やはり空を切るだけであり、魔物の姿が破片も見えてこない。
首裏で感じた生暖かい空気に向けて剣を振るも、やはりこれも空を切るだけに終わった。
見えない敵への緊張感から次第に自身の呼吸音が大きくなっていき、サイレンの音が再び耳に入ってきた。
四方から聞こえてきた魔物の呼吸音もいつの間にか360度全体から聞こえてくるような気がしてきて、早くも心が折れそうになる。
右から左、そして背後へと絶え間もなく体を動かし続ける。
生暖かな空気の元凶は、その一連の動作をしていても捉えることができない。
「——何をしているのですか?」
「…っ!」
突如として聞こえてきたその声に、思わず剣を横薙ぎにはらう。
見るよりも早くに振った剣は、その存在を確認した段階では既に止める事ができない。
「…危ないですね、いきなり何をするのです?」
その声が聞こえた時、人を切ってしまう恐怖からか、強く閉じ切っていた瞼を開く。
「結界の魔法少女オニキス、現場のららぽーとフードコートエリアに到着しました。 答えなさい。鎧の、これは貴方がやったのですか?」
そこには昨日出会った魔法少女、オニキスが威風堂々と立っていた。
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