少女なオレと鎧の魔物⑥
※この小説は不定期更新です。
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「以前は……いえ、これは言い訳になってしまいますね。 …今回も逃げられるなんて思わないでくださいね?」
「……っ!?」
ゾクりとした感覚を覚え、咄嗟に後ろに跳ぶ。
この感は正しかったようで、今さっきいた場所にはいつの間にか彼女が接近しており、透明な剣を振り下ろしていた。
何一つと彼女の動きを見切る事ができなかった。避ける事ができたのは彼女がオレを殺す気がなかったのとなんとなくこの範囲は危ないという感だ。つまりは単に運が良かっただけである。
彼女が地面に突き刺さっている剣を抵抗が無いかのように引き抜き、再びこちらに向けてくる。
地面を見ると、剣など刺さっていなかったの如く無傷であった。あの剣で斬られたのならばこの鎧など歯牙にもかけないだろう事が容易に想像できる。
「余所見なんて余裕ですね?」
しまった、などという言葉が口から出る間も無く、胸を蹴られて後ろに吹き飛ばされる。
地面を数回ほどバウンドした後に高速道路の支柱にぶつかり、上から高速道路であった瓦礫が落ちてくる。
今日だけで瓦礫に埋もれるのは二度目だが、今回のは一度目など比にならないレベルである。
内臓が潰れたかと思わせる刺すような、焼かれるような痛み。口から出るのは短い呼吸と声にならないような絶叫。喉の奥からは鉄の味が感じられることから、肺に肋骨でも刺さったのだろうか。
「…っ! あ゛あ゛ぁ!!」
苦しんでいる時間すら与えてくれないのか再び悪寒を感じて、痛みに声を上げながら姿勢を地面に這うかのように限りなく低くする。
次の瞬間には見慣れた暗闇は消失し、目に写ったのは紺色の布と白く細い何かだ。
「すみません、苦しいですよね? 今ならまだ魔法省の医療スタッフが治せるので同行して頂けませんか?」
「はぁ! はぁっ! こと…わる!」
「………命を無駄にするなんて。 これだから化物は…」
そう言うと彼女はゆらりと揺れて、剣を掲げる。
彼女の視点は腕や脚などでなく、真っ直ぐとオレの首を見ている。
死
この一文字が頭の中を埋め尽くし呼吸を浅くさせる。
「笹金さんからは情報を知りたいとのことで捕縛を命令されていました。 ですが、どうせ貴方は話さないのでしょ? それでしたら時間の無駄ですよね。なので命令違反は心苦しいですが、貴方を討伐させていただきます。 …では、さようなら」
彼女が「さようなら」と言うと同時に剣を振りおろす。
だが、こちらも何も抵抗せずに殺される筋合いはないので、最後に一足掻きさせて貰おうではないか。
剣が当たるよりも早くに体を仰向けまで動かし、腰を打ち揚げて逆立ちの姿勢まで持っていく。
顔を下に向けると驚愕の表情で目を見開く彼女を見る事ができた。
何故にこの人間離れした動きができたかと言うと、何故かできると思ったのだ。そして体の痛みがなくなっているので賭けるしか無いと判断し、勝った。それだけである。
その勢いを利用して足の甲で彼女の顔面を蹴る。
本当は顔は蹴りたくなかったのだが、蹴れる位置に顔しかなかったので仕方ないだろう。そしてこちらは殺されかけてもいた訳だ、何も罪悪感を感じる必要はない。
だが想像以上に蹴りの威力が高かったのか、彼女は勢いを殺しきれずに民家の塀にぶつかっていた。
この隙を見逃す訳にはいかないと、急いで剣を手放した位置に駆ける。
「え? 何で、何で脚が動かない!!」
しかし剣の元に駆け出すことすら出来ず、オレの脚はその場で固められたかの様にピクリとも動かない。
さらには、脚だけではなく両手も肘から先が動かなくなっており、胴体も腰も動かなくなっていた。
「まさか、あの様な動きが出来るとは思ってもいませんでした。 やはり貴方という存在は油断大敵ですね」
後ろからカツカツと響き寄る音に、再び汗が止まらなくなる。
「普通の化物どもとは違い、知能もあれば形勢逆転となり得る一手をぶつけてくる」
唯一動く頭を左に回して、砂塵の中を見やる。
「ですが、それだけです。 卓越した力もなければ異常性を有した能力も持っていない。いえ、その回復能力だけは素晴らしいですね」
砂塵が薄れてきたのか、オレよりも小柄な少女が明瞭に見る事ができた。
蹴った場所が傷つくことも、赤くなることすらない綺麗な顔。
「ただ知能をほんの少しだけ持った化物。 確かに厄介ですが戦闘では大した事がありませんね」
「そういえば申し遅れました。私はオニキス『結界の魔法少女』と呼ばれている者です。 どうですか?体が動かないでしょ?」
オニキス。そう言った彼女は美しくこちらに腰を曲げて挨拶をしてくる。
「結界といってもただ、立方体の結界に封じ込めるでけでは無いのですよ? そんなことをしたらこちらの攻撃が通らなくなってしまいますし。 ですから貴方に使っているのはその応用です。細く長い結界を作り、貴方の四肢及びに胴体を覆わせて頂いただけです。 この方法ならば貴方は動けなく、こちらから攻撃を通す事ができます。どうです?画期的でしょう?」
いつになく彼女は饒舌に話す。
「そしてこの剣も結界魔法の応用なんですよ。 冥土の土産にお答えしますと、結界というのは何かしらに固定しないといけないのですよ。 多くの結界を使う人は空間や地面と固定しがちですが、それだとすばしっこい化物を封じることが出来ません。ですので私は空気に固定させたり、私自身、そして貴方にやっている様に化物自身に固定化させることに成功させました。そうしたのならば結界を自由自在に動かすことが出来る、そして動きを止めることが出来る訳です。 そしてこの剣は私自信に固定化させて、刃先となる部分を極細にしただけですよ?」
簡単でしょ?そう言いながらオニキスは剣を…結界をこちらの首元に持ってくる。
「話し過ぎてしまいましたね。 私にはまだ仕事があるので貴方と遊んでいられる時間はもうないのですよ。 ですので、さようなら。 ……中々に面白かったですよ?化物にしては上出来でしたね」
そしてオニキスはオレの首に当てていた結界を横に薙いだ。
ガシャ、ガチャという金属が落下する音が周囲に響き渡った。
恐る恐る目を開けると、こちらを見て驚愕しているオニキスの動きが止まっていた。
ゆっくりと首に触れ、頭と胴体が繋がっていることを確認する。
生きている、それだけで頭が一杯になった。
確かに首を斬られたはずだ、首のなくなった胴体を、地面に落ちてゆく自分の目で見たからそれはわかる。
だが何故かオレは無傷で、いや『変人』が解除された状態でその場にペタリと座っている。
オニキスの手がピクリと動くのを視界が捉えて、状況確認するよりも逃げる方が先だと考え、全力で家まで駆け出す。
「……し、少女?」
この言葉は『解除』の時よりも、『変人』の時よりも何故か速く走れたオレにその言葉が響く事はなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「う、げえぇぇ…はぁ、 おえぇぇぇ」
自宅に入った瞬間に吐き気が込み上げ、玄関で吐いてしまう。
今日はオムライスしか食べっていなかったからか、固形物は少なくほとんどが液体であった。
ビチャビチャと玄関を異臭に染め上げてから、足の力が抜けて吐瀉物の上にへたり込む。
「ヤぁ、遅か……ってどうしたの!?」
ずっとオレの帰りを待っていたのか、今から歩いてきたエルフが吐瀉物なんか気にしていないかのように、踏み鳴らし正面からオレを抱きしめて背中を摩ってくる。
オレの身体中が温もりに包み込まれ、『ここは安全なんだ』そう感じると視界がぼやけて、頬に水分が伝った。
「こ、怖がった…っ!ジヌかとおもっだ!!オレ、魔物だから、殺されるんだって!もう死ぬんだっで!もう生きれないんだって思った! ああああぁぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「っ! 大丈夫… もう、大丈夫だから…」
あと数年もすれば三十路の大人が、他人の胸を借りて大泣きしてしまう。
恥ずかしいと頭では分かっていても体の制御が聞かず、大声で泣き喚きながら醜くエルフに抱きつく。
そんなオレをエルフは気持ち悪びれもせずにただ「大丈夫」と囁きながら背中を摩ってくれる。
その温もりに包まれながら、オレは泣き続けた。何分も何時間も、気がつけば朝日が差すほどに。
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