ナコの物語(5)
私は、街の外側の草原まで飛んできていた。
少し先に、動物の群れがいることに気づく。シマウマのように見えるけど、どこかが違っている。でも、どこが違うのかはわからない。
私は、シマウマの群れの近くまで行く。ぱっと見だと何頭いるか正確にはわからないけど、たぶん三十頭くらいはいる。
シマウマ達は、止まって私の方を一斉に向く。私は空中で止まる。
「この先は、何にもないよ。この先は。」
急な声に私は体がびくっとなる。音源は、このシマウマ達だ。抑揚がまるでない。そして、数が数なだけに、音量がとてつもなく大きい。
私は、いったん草原に降り、恐る恐るシマウマに話しかけてみる。
「あなた達は、話すことができるの?」
でもシマウマはそれには答えず、同じ言葉をくり返すだけだ。
「この先は、何にもないよ。この先は。」
やっぱりかなりうるさい。
私は、しばらくシマウマ達を観察したあと、「私は行ったことないから見てくるね」と言ってから再び飛び上がり、シマウマの群れをまたいで先に進むことにする。シマウマ達は、私のことをじっと見つめていたけれど、しばらく先まで行くと、視線を今まで歩いていた向きにもどし、何事もなかったかのように歩き始める。
私は、街を遠ざかる方向に飛び続ける。
後ろを振り返る。街はずいぶん遠くになっていた。地面を見ると、草がまばらになっている。この先に何もないっていうのは、本当かもしれない。
ここまで来る間にも、動物は何種類かいた。キリンやゾウ、ライオン、のような生き物。どれもとても似ているのに、どこかが私の知っているのとは違っていた。動物達は、私が飛ぶのをじっと見つめては、みんな同じセリフを言った。
「この先は、何にもないよ。この先は。」
動物達が急に話し出したら、不気味なようにも思える。でも、実際に私に与える印象は、特に悪いものではなかった。ただ純粋に、うるさいな、とは思ったけど。
最後にライオンの声を聞いてから、久しく動物を見なくなっていた。どれくらい飛んでいただろうか。体感だと、一時間くらいだと思う。飛んでも飛んでもその先には何も現れない。風景すらも変わっていないように思える。
そろそろ戻ろうか、と思って止まろうとした瞬間、座っている人が先に見えるのに気づく。気づいてから私は、あー私は今誰かと話したいんだな、ということにも気づく。ずいぶんと長い間、人と話していない。
私は、座っているその人に近づく。女の人に見える。ナコとユタと同じ探検隊の格好をしている。傍には大きなリュックが見える。
その女の人は私に気づくと、両手を大きく振りながら、大声で私に向かって言う。
「おーい!ここで何してるの!」
私は、慎重にその女の人に近づく。すると、その人も立ち上がって私の方に近づいてくる。
女の人の前に降り立つ。
その人は「あっ」と言うと、さらに顔が険しくなる。
「ナコちゃんじゃない!」
よく見ると、誰かに似ている。そうか、ゆうたのお母さんだ。と言うことは、つまりそれは、ユタのお母さんということになるんだろう。
「あの、ユタのお母さんですか?」
と言った瞬間、頭をごつんと叩かれる。
「いたっ」
「痛いさ!殴ったんだから!」
私は、なぜ怒られているのかわからなかったけど、その疑問をとりあえず飲み込み、謝ることにする。ユタにも、そして、ユタのお母さんにまで私は怒られている。
「ごめんなさい。」
小さく言うと、うつむく。これで完璧だ。
期待通り、おばさんの声色が怒りから心配に移る。
「ナコちゃん。どうしてここに来たの?」
おそらくこの場所は来てはいけない事情がこの世界にはあるのだろう。前からそうだったのか、最近そうなったのか。詳しいことはもちろんわからないけれど。
よくわからないから、私はとりあえずまた謝る。これが一番いい。
「ごめんなさい。」
反省しているように見えたのか、それとも、重い空気に耐えられなくなったのか、おばさんはもう理由を訊くのはやめる。
「んーまあ、いいか。うん。今日はもう終わりにしようと思っていたから、一緒に帰ろう。うちで一緒にご飯食べてから帰りなよ。」
私は、おばさんと一緒に帰ることにする。
「それじゃあ、うちの前まで行きましょう。」
IPを使って移動するんだろう。でも、私はユタの家がどこにあるのかを知らない。
私が困っている姿を見て、おばさんは言う。
「ねえ、あなたナコちゃんじゃないでしょ。」
二人とも何でこんなに勘が鋭いんだ。