9.食物連鎖
生き物を創ろう第二弾。陸地編である。
現在この大陸の表層にあるのは土だ。海の時と同様にたっぷりしっかり栄養が詰まっている。肥沃な大地といっていいだろう。
とはいえ、生き物どころかぺんぺん草一本生えていない。どうせなら植物・動物両方欲しい所だ。
「私。……植物。創るよ」
確かにエウラシアが適任だろう。海と大地を創ったとき、適当に川も張り巡らせておいた。
という訳で海から少しさかのぼり、川の中流付近を中心にエウラシアが植物を広げることにする。
残る二人が動物を創るというところまで話が進んだとき、レカエルが提案した。
「今回は、『狩るものと狩られるもの』というテーマで行きましょう」
一人が草食動物を、もう一人がそれを狩る肉食動物を創ろうという訳である。
肉食動物が草食動物を駆逐してしまっては元も子もない。小型で繁殖力が高い草食、中型でそれほど多産でない肉食を創る事になった。
「では、私が狩るものを担当しましょう」
「じゃあこっちが草食だね。任せといて!」
レカエルが肉食担当、ツツミが草食担当である。
「ツツミ、これだけは守ってください」
「なに?」
「海の時使った手は禁止です」
「うっ」
……危険を感じるとバラ肉を落とす豚や、ロースを捨てる牛。
いやもう一歩踏み込んで、もも肉が落ちると勝手にフライドチキンになっている鳥はどうか。
そんな妄想をしていたツツミは先にくぎを刺されて沈黙した。
「そ、そんな事しないヨ?」
「考えていたでしょう」
「……はい」
まったく、とあきれるレカエル。
「ツツミはエウラシアと組みなさい。どんな植物を食べるのか相談が必要でしょう。エウラシア、しっかり見張っておいてください」
「んー」
お目付け役が決まり、レカエル一人とツツミ・エウラシアチームに分かれることになった。
「あれ、レカエルは私と相談しなくていいの?」
「心配はいりません。あなたがどんなものを創ろうと、それに勝る捕食者を用意して見せましょう」
どうやら海の時の汚名返上に燃えているらしい。こうして食物連鎖を創る作業が始まった。
「それでエウラシア、どんな植物にするか考えはあるの?」
作戦会議開始である。ツツミの問いに、エウラシアは地面から土を拾い上げた。少し念じると、土の表面が緑色に変わっていく。
「……コケ」
「えっ」
予想外だった。森とまではいかなくとも、もっとこう生い茂る草花を想像していたツツミである。
……相談していて本当に良かった。
「コケって植物でいいんだっけ? んーコケ、コケ……。コケを食べる生き物……」
「食べなくて。いい」
そういうとエウラシアは指でコケをひと撫でする。水分を十分に含んでいるらしく、ねばねばしたものが指についた。
「舐めて」
「はい?」
「これ。舐めて」
……なんのプレイだろう。いろいろな意味で抵抗がある。
しかしエウラシアは気にするそぶりもない。指を突き出したままツツミを待っている。
「えぇ……どうしても?」
「早く」
やむを得ない。ツツミは意を決しパクっとエウラシアの指をくわえた。
「……甘い!」
ねばねばは蜜のように甘かった。今度は自分の指でコケからすくいとり、もうひと舐めしてみる。おいしい。
「地面から。養分を。吸い出す。……滋養たっぷり」
後は乾燥などに対する耐性を調整したりするだけらしい。
「ツツミは?」
「うーん、どんな動物かは決まってるんだけど」
そう言ってツツミは手のひらを出した。アトムが集まっていく。できたのは小さいリスのような生き物だった。
キュー、と鳴いて毛づくろいを始める。つぶらな瞳に、ふかふかの毛。大きなしっぽがチャームポイントだ。
「おー」
エウラシアは一声言ってリスを触り始めた。しっぽのあたりをうりうりと撫でまわす。
……目の色がまた危険な感じがする。月見酒の時といい、もしかしたら毛皮や羽毛フェチなのかもしれない。
「と、とにかく。この子がコケの蜜を好むようにしようか。あとはレカエル対策だね」
ある程度捕食されなければいけない。しかし、あの挑戦的なレカエルを見ていると一泡吹かせたくもなる。
文字通り捨て身の作戦は禁止されてしまったし……。
「まあどうせレカエルのことだから、無駄にかっこいい肉食獣でも創ってくるんでしょ?こっちは小技で行くよ」
数日たって発表会である。まずエウラシアが完成したコケを見せた。また微妙な顔をするレカエルに、前のように指を突き出す。
かなり拒否していたレカエルだったが、結果はツツミと同様陥落した。
「なんで……なんでおいしいんですか……」
プライドと甘味の板挟みに苦しむレカエルは置いといて、ツツミは自分のリスを地面に置いた。
「で、こっちが私。かわいいでしょ」
「あらあら……確かに愛らしいですが、そんな非力で大丈夫ですか」
不敵に笑うレカエル。
「では真打登場と行きましょう」
レカエルはこれもまた作ったらしい笛を吹いた。ツツミには何も聞こえなかったが、遠くから駆けてくる影がある。
走ってきたのは元世界でいうところのイヌだった。中型犬くらいのサイズだろうか。例にもれず毛色は白い。
何より特徴的なのは眉間にある一本角だった。それほど長くはないが切っ先は鋭い。
「エンゼルドッグと名付けました。雄々しいでしょう」
「また実用性がなさそうなデザインを……。そんなのでうちの子を狩れるのかな?」
ツツミはパチン、と指を鳴らした。それに反応して、リスはすごい速さで地面を掘り始める。
数秒もしないうちに姿は見えなくなり、後には小さな穴だけが残された。
「どう、この掘削性能! この逃走力に勝てる? そっちのワンちゃんは穴掘り得意? どうしてもっていうんだったら今からスペックを落としてあげても……」
レカエルは何も言わずに笛を吹いた。ガウッと一吠えするエンゼルドッグ。
次の瞬間、エンゼルドッグの角が矢のように飛び出した。
「……えっ?」
角は先ほどの穴に吸い込まれるように入っていった。よく見ると、穴(の先の角)とエンゼルドッグの額が鎖でつながっている。
しばらく鎖は伸び続けていたが、突然ぴたっと止まり、今度は逆に縮み始めた。
やがて角が主の元に戻ってくる。穴から出てきた角は、きちんと逃亡者をとらえていた。
「どうです! この鎖は獲物をどこまでも追い詰め、絶対に仕留めます! そこのおチビちゃんに逃げられますか?」
「ず、ずるい! これは反則でしょ!」
「あらあら、早々に狩りつくしてしまうかもしれませんね? 負けを認めるなら、少しは弱体化させてもいいですよ?」
「くぅぅー!」
悔し気なツツミ。しかしこれはパワーバランスが悪すぎる。狩りが失敗する絵が思いつかない。
「問題。ない。……こんなことも。あろうかと」
助けは思いがけずエウラシアから来た。キョトンとする二人をよそに、エウラシアは持っていたコケをエンゼルドッグに投げる。
コケが当たった瞬間、エンゼルドッグの白い毛は緑色に変わり始めた。どうやら苦痛らしく暴れだす。
やがて全身が緑色になると、断末魔の悲鳴を上げてエンゼルドッグは倒れた。
「個体数の。バランスを。崩さないように。……コケに適宜捕食させる。ツツミの子も。獲物」
「う、うん」
「こ、怖いです、怖いです……」
淡々と語るエウラシア。こうして計画とは違ったが、この世界の食物連鎖が完成した。
頂点に立つのはコケである。