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7.月見酒

 せっかく高いところまで来たので、改めて世界を見渡してみた。


「……元の世界より。少し小さい。」


 エウラシアが言った。視覚に頼ったわけではなく、探知能力をあげるような式でも使ったのだろう。この辺の器用さはほかの二人にはない。


「水で。……世界を。満たすことは。できているみたい。大地。もっと創りたいね」


 続けて曰く、三人が創ったこの大地は大陸といっていい規模だがまだまだ海がほとんどらしい。


「やっぱ一つじゃさびしいよね。島とか、氷の大地とか、灼熱の土地とか。まだほぼ平地しかないから山も谷も欲しいし」

「生き物も」

「そうそう!」


 うなずきあう二人にレカエルが異議を唱えた。


「いつまでたっても天界ができないではありませんか。ツツミが判断するのはあくまで当面のことだったはず」

「そうだね。うーん」


 あの勝負の結果だけでいつまでもリーダーを気取るわけにもいかない。とりあえずあとやっておきたいことは何だろう。


「大地は……また重労働だしね。うーん、生き物優先でいこう」

「創り出したらきりがありませんよ?」

「確かに。じゃあそうだ、みんなそれぞれ一つずつ。海に三種類、大地に三種類の生き物を創ろう」


 大きなものならともかく、小さい生物であればひとりでもできるはず。


「わかりました。そのあとはまた考えましょう。私は絶対に天界を作って見せますが」


 レカエルも同意し、三人は地上に降りることとなった。


 地上に戻ると、太陽がちょうど沈むところだった。つつがなく走っているようで何よりである。水平線の彼方へと消えていき、やがて初めての夜が訪れた。


「あーなんだか安心するなぁ」


 元世界にいたときはなかった感傷がわいてくる。月も問題なく動いているようだ。しかし夜空にぽっかりと月だけが浮かんでいるのは少々寂しくもある。


「星も。創らないと。ね」


 オリンポスの面々は星々の支配者といっても過言ではない。エウラシアの思いは当然である。いつかこの夜空を満天の星で埋め尽くしてやろう、と決意するツツミだった。


「そうだ! 初めての夜、おまけにこんなに月がきれいなんだからこれがないと!」


 ツツミは思い立ち、精神を統一する。すぐに目の前に白い小さな壺が現れた。


「何、これ」

瓶子(へいし)っていって、人間が私たちにお酒を備えるときに使うの。もちろん中身もはいってるよ」


 ちゃぷちゃぷ、と瓶子を振って見せるツツミ。一緒に盃も三つ出して抜かりはない。


「お月様を見ながら一献。ほんとは秋の風習なんだけどね」


 ツツミはエウラシアに盃を渡し酌をする。エウラシアも心なしか嬉しそうに返杯した。


「ほら、レカエルもこれ持って」

「い、いえ私は……」

「もう、ノリが悪いなぁ」


 とはいえ無理に勧める事もないだろう。仕方なく盃に水をそそぎ、レカエルに渡してやる。


「では、乾杯っ」


 軽く盃を掲げ、口をつける。エウラシアはすぐに空にして少しうっとりとした顔を見せた。


「……初めての味」

「お米からできるお酒なんだよ」

「これは。いい」


 今度は自分で酌をする。気に入ってくれたようだ。エウラシアの白い肌に朱が入り、目がいつも以上にとろんとしてきた。


 ……一時間ほどたって。


「ふふ、ふふふふ、ふふふふ」


 エウラシアは完全に酔っぱらっていた。上機嫌であるのは確かだ。衣服といえるものをほぼ纏っていないこともあって、艶めかしいにもほどがある。


「エ、エウラシア? 大丈夫なの?」

「ふふふふふふふふふふふふふふふ」


 笑い声とはいえ、エウラシアが言葉を区切らないのは初めてである。ヤバいかもしれない、と思った瞬間ツツミはしっぽに違和感を感じた。


「へっ?」


 見ると、エウラシアがツツミのしっぽをつかんでいる。空いた手で抱き寄せられ、今度は耳を撫でまわされた。


「ふふふふふふふふふふふふふふふ」

「ちょ、ちょっと待って、なんか怖い!」


 思いのほか力が強い。そのまましばし撫でまわされていると、少し離れて水盃を持っていたレカエルと目が合った。


「助けてレカエル!」


 普段であればすぐに止めるだろうレカエル。しかし、ついっと目をそらしてしまった。


 けれどもツツミの声が注意を引いたのだろう、エウラシアはレカエルの方を見るとツツミを解放した。


 そのままレカエルににじり寄るエウラシア。


「な、なんですか?」


 エウラシアはじりっと間合いを詰めた。二人の間に緊張が走る。次の瞬間、レカエルは背を向けて逃げようとした。しかし……。


「は、速い!」


 ツツミが見たこともないスピードでレカエルを捕獲し、後ろから抱き着くエウラシア。そのまま翼に頬ずりをはじめる。相変わらず静かな笑い声が口から流れていた。


「やめ、やめなさいエウラシア、むぐっ!?」


 体術では明らかに劣るエウラシアは、右手に持っていた瓶子をレカエルの口にねじ込んだ。急なことで思わず飲み込んでしまったらしいレカエルは、次の瞬間ぱたりと倒れる。


「レカエル!!」


 ツツミが駆け寄ろうとした瞬間、まだまとわりついていたエウラシアをレカエルが吹き飛ばした。


 受け身はとれたらしく、再び立ち上がるエウラシア。同時にレカエルも立ち上がった。


 目が、座っている。笑い続けているエウラシアと対照的にレカエルは無表情のまま手を動かした。手には先ほど奪ったのであろう瓶子が握られている。


「ちょっと、なにを…」


 ツツミに答えずレカエルは酒をあおった。……聖槍のドクロの口に。


 ドクロはすぐに酒を飲み干す。瞬間聖槍からけたたましい声が響いた。


『げっげっげっげっげ!!』


 エウラシアに向かって走り出すレカエル。聖槍を振りかぶり突撃していく。エウラシアは片足を軸に身をかわし、再びレカエルの背後、というか翼を狙い始めた。


「ふふふふふふふふふふふふふふふ!」

『げっげっげっげっげっげっげっげ!』


 二つの笑い声の中、お互いの死角に回り込もうとする二人。ツツミは覚悟を決めた。


「……避難しよう」




 翌朝、遠くへ逃げていたツツミが戻ってくると、二人は正常に戻っていた。


「お、おはよう二人とも」

「うん。おはよう。ツツミ」

「……えっと、昨日のは」

「昨日? お酒。飲みすぎちゃった。寝ちゃったのかな。そのまま」


 エウラシアはどうやら覚えていないらしい。釈然としないものを感じつつもあえて触れず、レカエルを見ると……。


「……覚えていません」


 顔を真っ赤にし、小刻みに肩を震わせながら明後日の方を向くレカエル。酔っ払いには記憶が飛ぶタイプとしっかり残るタイプがあるらしい。


 ツツミはあえて追及はしなかった。


「……そっか」


 恐らくレカエルの異世界行きにはこのあたりの事情が関係しているのではないか。なんにせよ、この二人に酒を飲ませるのは絶対にやめようと誓うツツミであった。


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