6.太陽と月と雨を創る
「保留!」
選手権を終え、今後の方針を決めることになったツツミが出した結論は先延ばしだった。
「とりあえず現状を把握するためこの世界を見て回ろう。それからでも住まいを決めるのは遅くないよ」
ツツミの言葉にエウラシアは少しほっとした表情を浮かべる。レカエルは不満そうだったが決まったことに異議を唱えるつもりもないようだ。
「あと、健康には規則正しい生活が不可欠だよ。というわけで……」
ツツミは言った。
「太陽と月を創ろう」
未だに光源はツツミの狐火が利用されていた。それはまあ構わないのだが時間という感覚が皆無だったのである。
何となく疲れたら休む、という日常は決して褒められたものではなかった。昼と夜を創る。その提案に二人はうなづいた。
「というわけなんだけど、エウラシア?」
「馬車。……創ろう」
エウラシアによれば、太陽と月はそれぞれ四頭立ての馬車らしい。ツツミの知識とは違うがまあ構わないだろう。
「太陽。創るなら。……雨も。降らせないと。うー。カラカラ?」
「雨か、うん。じゃあそれも創ろうか! ……やっぱ龍かな」
雨や川、水にまつわるものを操るモノといえば龍だろう。こうして話がまとまりかけたのだが……。
「待ちなさい」
レカエルが憮然として遮った。
「なんだか最近なあなあになっていましたが、私は主以外が神を名乗ることが不快です。馬車というからには御者も必要でしょう? そんなもの創ってしまえばいずれ神を僭称することが目に見えているではありませんか。なにより龍だけは認められません。あれは完全に悪魔の化身です!」
レカエルの主に歯向かう悪魔の大物が、しばしば龍の姿をとるらしい。
「えー。じゃあどうするのさ」
「我が主がどうやってそれらを創り給うたかはわかりませんが……。地道に式を組むしかありませんね」
「またそんなことしているうちに疲れちゃうって」
「いいえ、これだけは絶対に譲れません!」
これに関しては引き下がるつもりはないようだ。困ったことになった。ツツミは考える。何かいい方法は……。どんな世界を創ろうと自由なのだ。落としどころはないだろうか。
「……ふっ。これが役に立つときが来たようだ」
ツツミはおなじみ葛籠から彼女の聖典を取り出す。
「これを見るがいい!」
「……また人間の書物ですか」
あきれたように肩をすくめるレカエル。構わずツツミは書物――コミックスを開いた。
時は今から数百年後の未来。人間が作り上げた完全自律式獣型決戦兵器。それらは心を持たない。しかしだからこそその戦いぶりは心を打つのかもしれない。既刊16巻。
ひとまず初刊を渡してみた。二人で読み進めるうち、レカエルの目がどんどん熱くなっていく。
「ちょっとエウラシア。ページをめくるのが早すぎです」
「うん」
やがて最終ページまで進み、レカエルは顔を上げた。忘れていたが彼女は戦いの天使だった。どこか共感できる部分があったようである。
「……この物語、続きがあるのでしょうね?」
方針が決まった三人は、二頭の馬と一頭の龍の金属人形を創ることになった。馬車でなく馬そのものにすべきだとレカエルは主張した。
龍についても『金属人形であれば大目に見ましょう』とのことである。だがツツミとエウラシアは知っている。あの漫画の名脇役が龍型であることを。
この作業に一番力を入れたのが誰だったかは言うまでもない。
予定よりもかなり早く三体の金属人形は完成した。三人が見上げるほど大きい。
もし今後人間を創ることになれば、金属人形だろうと何だろうと充分信仰の対象になってしまうのではないだろうか。そう思ったがツツミは黙っていた。
馬に関してはエウラシアが、龍はツツミが中心となって式を埋め込んでいく。
あのコミックスでは核融合だかなんだか人の理が描かれていたがまあいいだろう。与えられた命令のみを忠実にこなす金属人形ができあがった。
……命があるかないかの境界はどこにあるのか。再びツツミはこうも思ったが、わざわざ言う事もないだろう。
「完成しましたね……。コーリーベイ、ディポー、クルートー」
いつの間にかレカエルは名前を付けていた。この由来についても言わずと知れたことだろう。
いざ空へ、とその前にツツミはやっておかなければならないことがあるのを思い出した。太陽に充てられる馬(レカエル曰くコーリーベイ)の前に三人で立つ。
「二人とも、歌って踊ろう!」
「…はい?」
「太陽が今後きちんと動くようにね!」
かなりうろ覚えだったがツツミは断言した。確か太陽神には若い娘の歌と踊りが必要だったはずだ。
…宴会だったか鏡だったか力持ちの神だったかが必要な気もする。が、細かいことを覚えていないのは仕方がないだろう。
「私、踊りなんて……」
「じゃあレカエルは歌担当ね。エウラシア、ニンフはこういうの得意でしょ?」
「苦手じゃ。ない」
「よし。……そういえば踊りは服を脱がなきゃいけなかったような気がする」
……レカエルが激怒したため、脱衣はなくなった。エウラシアはほぼ半裸のようなものなのだが。
「では」
レカエルは一息ついて歌いだす。レカエルの知っている歌は案の定讃美歌だった。さすがは天使である。厳かな曲調と神を讃える歌詞が神々しく歌い上げられる。
正直踊りに向いてはいないため、ツツミの動きは悪趣味な前衛舞踏のようであった。反面エウラシアは決して早くはないが優雅に舞っている。
ニンフ、侮れない。やがてレカエルが歌い終わり、儀式は終わった。
「……これ、本当に必要だったのですか?」
いよいよこれらを解き放つべく、各々一体ずつ抱えて空へ向かうことにした。
見た目は少女の三人が、自分たちよりはるかに大きい金属人形を抱えている絵はかなりシュールである。
「じゃあ行こうか」
ツツミは空へと舞い上がった。エウラシアとレカエルもそれに続く。ふとレカエルがこんなことを言い出した。
「そういえばあなた方はどういう式で飛んでいるのですか?」
ツツミとエウラシアは顔を見合わせる。
「式っていうか、無意識だよ。どうって言われても……レカエルだってその翼の力だけで飛んでいるわけじゃないでしょ?」
「そうですが、天使は翼を失えば飛べなくなります」
「うーん」
悩む二人にエウラシアが答えた。
「飛ぼうと。思っている。から。…飛べるんだって」
「…蜂か何か?」
レカエルは諦めたように呟いた。
ようやく上空までたどり着き、ツツミとエウラシアが最後の式を埋め込む。三体の金属人形は命令通りに動き始めた。
馬たちは今後永遠に同じ軌道を走り続ける。龍もまた、この上空を飛び回り雨の恵みをもたらすだろう。
レカエルほどではないが、ツツミもまた三体の無事を祈らずにはいられなかった。