4.海と大地を創る
『光、あれ』
アトムが集まり形を変え、『光』という概念が生まれた。どうやらうまくいったらしい、とツツミたちが集中を解き周りに目をやる――
突然、真っ暗になった。
「……」
今まで見えていた互いの姿が全く見えない。ツツミは繋いでいた両手を離し、ふぅ、と息をついた。
肩をすくめ、やれやれといった様子で小さくかぶりを振る。そしてもう一度。
「光、あれ!!」
「黙りなさい」
レカエルの方から殺気を感じツツミは体を引いた。ヒュン、と風切り音が耳をかすめる。ドクロの視線を感じたのは気のせいだろうか。
「い、いやいや落ち着いて。ほら、光と闇は表裏一体っていうじゃん。これでいいんだよ。私たちは光と闇を創造したんだよ」
「問題はそこではありません」
ツツミも何となくは分かっている。
「あれだけ気取って。格好つけて。……大いなる呪文でしたっけ? 得意顔で自信満々で言った直後に真っ暗ですって。ふふふ、もう一回やってみてもらえますか? さん、はい……」
「う、うるさいなぁ! レカエルだってノリノリだったじゃん!」
「だ、誰がノリノリですか!」
先ほどまでの自分の言動を思い返しツツミは顔が真っ赤になった。確かに格好つけた。ドヤ顔だった。
異世界に来て平常心は失っていたのだろう、ものすごく恥ずかしい。
「ああもう、この話は終わり! とりあえず……ていっ」
ツツミは軽く右手を振り、巨大な狐火を作り出した。作りなれたものである。
再び自分たちの姿が見えるようになり、狐火を中心に球を描くように視界が開ける。やはりレカエルの顔も真っ赤だった。
「一歩前進。光と闇は。できた。……寝ようか」
エウラシアはそういうと再び膝を抱き、転がった。
「……ぐぅ」
「え、いやちょっとエウラシア?」
ツツミが肩をつかんで揺り動かすが、全く反応がない。瞬時に完全睡眠状態に入ったようだ。
これはこれで凄まじい特技なのではなかろうか……などと考えていると、ツツミも自分がひどく疲れていることに気が付いた。
見るとレカエルも顔色が悪い。どうやら先ほどの式は三人の力を大量に消費したようだ。
「……うん、寝よう」
「……そうですね」
ツツミが目を覚ますと、周囲はまた真っ暗だった。狐火が消えている。一週間くらいは消えないはずなのだがどれだけ眠っていたのだろう。
なにはともあれもう一度狐火を作り出す。エウラシアはすでに起きていたようだ……姿勢は相変わらずだが。
レカエルも光に反応したのか瞼を開け、気だるそうに身を起こす。こうして次の行動の話し合いが始まった。
「では、ひとまずは協力しましょう」
決まったことは当面の共同作業だった。式に関して一日の長を持つエウラシア曰く、それぞれ単独で創造するよりはるかに効率がいいらしい。
同調したうえで式を行えば、及ぼす力は足し算ではなく掛け算的に増えるそうだ。
最終的な目標が異なるツツミとレカエルだが、世界の体裁が整うまではいったん手を結ぶことになった。
エウラシアは相変わらずめんどくさそうだったが、ことさら反対する様子もない。
「セオリーとしては。天と、地。……えーあと。海」
何も分かたれていないこの空間の境界を分けることが必要らしい。これはレカエルも同じ認識であったようでうなずいていた。
ではまずどこから手をつけるかという点で、エウラシアが海を主張した。
「ここのアトム。水。近い」
ツツミたちにはわからないが、アトムにも細かい質の違いがあるそうだ。
この世界のアトムは水寄りの性質をやや持っているらしく、海を創るのが一番手っ取り早い。
自然の精霊ニンフであるエウラシアに従い、まずは海を創ることになったのだが……。
「ツツミ、集中してください」
「わ、わかってるってば」
レカエルとエウラシアは『光』のときと同じく短時間で同調できたようだが、ツツミがうまくいかない。
海を創るというイメージはレカエルにとって頭の中で処理しやすいものらしい。エウラシアも(本人は『産む』という表現をしていたが)そつなくこなしていたが……。
「私たちにとって海って、元々あるものだし」
海がどのようにしてできたのか。ツツミたちにはあまり伝わっていない。
潮を自在に満ち引きさせる珠があるという話は聞いたことがあったが、そもそもの由来に関しての知識はツツミにはなかった。
こうして考えると『光、あれ』の呪文もあながち無駄ではなかったのかもしれない。
このあまりにも有名な言葉を通じて、ツツミはレカエルのイメージに自分を寄せていったのだった。
「レカエル。あなたの主は海を創るときはなんて言って……」
「呪文とやらはもうやりません!」
ともあれ四苦八苦しながら三人は海を創り上げた。予定よりかなりの日数がかかってしまったため、レカエルはおかんむりである。
ツツミも罪悪感は感じていた。なんとしても汚名返上せねばならない。決意に燃えるツツミであった。
「ツツミ!!」
「ご、ごめんって!」
今度は大地を創ることにした三人。相変わらずツツミの同調がうまくいかない。しかし今回は自分が悪いのではない、とツツミは考える。
海の時とも事情が異なる。けれど、こればかりは致し方ないのだ。
「全く……これだから悪魔の使いは……。恥というものを知らないのですか?」
「うう……」
「まあ、致し方ないかもしれませんね。所詮あなたは……」
「……なんだよぅ」
「ケモノですものね」
プツッ。レカエルの最後の言葉はツツミの逆鱗に触れた。
……ほほう。誇り高きウカノミタマ様の使いである神狐、ツツミ様に向かって、いうに事欠いてケモノとは。
そこまでいうなら高天原の力、見せつけてやらねばなるまい。ツツミはさまざまな意味で自制心を解き放った。
「……わかった、レカエル。ここからは私が仕切らせてもらう。レカエルはそこで突っ立ってるといいよ!」
「あら?何を言うかと思えば……。あなた一人に何ができると?」
「一人じゃないよ。エウラシア、ちょっと耳貸して!」
レカエルをよそにエウラシアの耳元でごにょごにょと囁くツツミ。ぼーっとしていたエウラシアは、やがて合点がいったようにぽんっ、と手を打った。
「……なるほど」
一度離れ、向き合うツツミとエウラシア。状況が分からないレカエルが訝しむ中、エウラシアがツツミに言った。
「お姉ちゃん」
固まるレカエル。
「お姉ちゃん。私。お姉ちゃん。大好き」
「私も! エウラシア、だーい好き!」
「わあい」
「くーっ!エウラシア。ああエウラシア。エウラシア!」
「お姉ちゃん。私。なんか。体が。変なの」
「私も!体が変な感じがするよ!そうだ、私たち二人でお互いの変なところを変なところしましょう!」
「それは。いいね。お姉ちゃん」
近づく二人。ツツミはエウラシアを抱き寄せ、目をつむる。エウラシアも目を閉じ、少し低い位置にあるツツミの顔へ自分の顔を寄せていく。そして二人の唇が―
「やめなさいっ!!!」
すんでのところで顔を真っ赤にしたレカエルが聖槍でツツミを殴りつけ、甘い空間は終わった。
ツツミたちに伝わるところには、ツツミたちの国の大地を産んだのはとある二注の神の夫婦だったそうである。
二人はお互いの足りているところと足りていないところを交わらせて、いわゆる『国生み』を行ったそうだ。
そしてこの二人、なんと実の兄妹であった。
「わ、私が悪かったです……。だから許してください……」
レカエルの謝罪により、『ツツミ式』は取りやめとなった。エウラシアもよく乗ってくれたものだと思うが、多神教にはよくある話でもある。
結局海の時と同じように、時間を惜しまず地道な作業によって大地は完成した。