3.まずすべきこと
ツツミは戦った。いかに自分の持ち物が素晴らしく、心の平穏を生み出すかを訴えた。
しかしエウラシアは相変わらずぼーっとしたままだったし、レカエルに至っては若干引いていた。恐る恐るレカエルは言った。
「だからこんなところに飛ばされたんでしょうに」
ぐうの音も出ないとはこのことだろう。押し黙るツツミはすねつつ聞く。
「う、うるさいなあ。だいたいレカエルだってなんかやらかしたから飛ばされたんでしょ?」
「なっ……!」
おそらく図星らしい。しかしレカエルは動揺を隠しつつ答えた。
「あ、あなたたちと一緒にしないでもらえますか? 私は我が主より、ここに神の王国を築きに来たのです。あなたたち神を名乗る悪魔を廃し、我らのみへの信仰に満ちた世界を作るために!」
よくわからないが事情を話す気はないらしい。
「エウラシアは? なんでこんな命令をされたの?」
「……おー。ゼウス様に」
「ゼウス?」
言わずと知れたオリンポスの主である。ぼーっとしているように見えてエウラシアはなにか大仕事をするためにやってきたのだろうか?
顔を見合わせる二人にエウラシアは続けた。
「ゼウス様に。襲われて」
「……はっ?」
「私の体を。隅々まで。私が無抵抗なことをいいことに」
何とも言えない空気が二人を包んだ。どうしようというのだこの状況。真っ赤な顔のツツミとレカエルに対しエウラシアは淡々としている。
もしかして心に深い傷を負っているのだろうか。ひとまず立ち直ったのはレカエルが先だった。
「な、な、なっ……! これだから悪魔は!純潔の尊さを知りもしないのですか!? いえそれ以前の問題です! まったく、主神とか名乗っておきながらそれをかさに着て卑劣な真似を!! 権力に物を言わすのがオリンポスのやり方ですか!!」
ツツミも似たような気分だった。さすがに怒りがこみあげてくる。それと同時にエウラシアがやはり気がかりだった。しかし……。
「いくら主神でも。逆らったら殺されるとか。ないよ。……うん。気持ち悪かったけど」
「じゃあなんで抵抗しなかったのさ!?」
ツツミの問いにエウラシアが一言。
「面倒だったから」
二の句が継げないツツミにエウラシアは続ける。
「払いのけようと。思ったけど。……なんかそれすら面倒で。んー私はじっとしているだけで。よかったから。まあいいか、と。……ゼウス様は。あらぶった獣のように……」
「『まあいいか』じゃありません!!」
レカエルはついに激怒した。
「純潔の尊さを知らないのはあなたでしたか! こんな、こんな理由で……」
「私は。頑張らないために。全力を尽くす。……あと。純潔は。守ったよ?」
「そういう問題じゃ……! ……いえ、もういいです。それでゼウスと転移とどう関係が?」
「途中で。ヘラ様に。んー見つかった」
「……ああ」
ツツミとレカエルはようやく納得した。高天原にも、レカエルたちの天界にも、浮気者ゼウスと嫉妬深いその妻ヘラの幾多の痴話げんかは聞こえている。
エウラシアに嫉妬したヘラが、彼女を世界の《外》に追放したというのが事のすべてだった。
よく考えればそれも横暴なのだが、エウラシアなら言うだろう。『抵抗するのも面倒だ』と。
お互いの身の上話が一息ついたところで、今後の会議が始まった。
「やるしかないでしょう。この異世界の創世を」
「うん」
レカエルの言葉にツツミもうなずく。エウラシアは相変わらずだったが。
『世界創世』。かつて三人がいた世界はもともとこの異世界と変わらなかったという。いわば無の世界。
そこを開墾したのが誰かは神々の間でも意見が分かれるところだが、彼ら神域の存在は無から有を作り出すことができるのである。
「幸い《アトム》は使いきれないほどあるみたいだしね」
ツツミが周りに集中しながら言った。世界のすべての物は《アトム》と呼ばれるモノから成り立っている、というのが神々の考え方である。
高天原の最高神でもレカエルの唯一神でも、オリンポスのゼウスの祖先もみなアトムを使って様々なものを作り出してきたのだ。
逆に言えば、アトムをこねくり回して何かを創造することができる存在を神と呼ぶのかもしれない。神の使いである三人にも、その力の端っこは受け継がれていた。
「もっとも……。私に唯一神である主ほどの手際の良さはないですが」
「言っても私たちしょせん『使い』だからねぇ……」
「悔しいですが……。私は戦いばかりでしたから。《式》に通じているとは言えませんね」
アトムをどのようにいじり、変化させ、望みの物を創るかという技術を《式》という。神々はそれぞれ独自の式を持っているらしい。
豊穣の神ウカノミタマにとって、アトムを使ってたくさんの稲穂を実らせることは造作もない。ゼウスは天候さえ操るし、唯一神にいたっては世界のすべてを七日で創ったとまで自称する。
使いに過ぎない三人に同じ真似は難しい。いくら金属があっても、技術がなければ大仏など作れないのだ。試行錯誤をするしかない。
「とりあえず方針を決めましょう」
レカエルは自信ありげに二人を見る。
「ここに我が主のための国を造ります。リーダーは私です。あなたたちは手足となって骨身惜しまず働くように。さすれば天国への門は……」
「だーっ! さっきからしつこいレカエル! なんで高天原の私がレカエルの下につかないといけないんだよ!」
「悪魔とはいえ改悛の機会は必要ですね。悔い改めなさい、神の王国が成った暁には我が主の軍勢の末席に加えることくらいはできるでしょう」
「そんなのいらない!」
「そうすればツツミなんていかにも下等な名前ともおさらばね。……目指しなさい、ツツミエルを」
「やだ!!」
妙な方向に報酬をちらつかせるレカエル。そんなものでツツミの食指が動くわけもなかった。
「じゃああなたはどうなんです」
「どうって……」
「この異世界でなにをするのです?」
「いや、別に目標があるわけじゃ……」
改めてツツミは考えてみた。ウカノミタマからは特に指示は受けていない。何をしてもしなくてもツツミの自由なのである。
自由、自由か……。世界を創る、思いのままに。
あれ?
ツツミはさらに思いを巡らす。どんな世界もありなのだ。自然と葛籠に目が行く。ファンタジー、SF、元世界とは似て非なるちょっと楽しい世界。これは……。
「……燃えてきた」
「はい?」
「あのゲームも。この漫画も。なんだって創れる」
「……ツツミ?」
「剣と魔法? エルフゴブリンドワーフ?いや科学進歩をさらに発展させた超宇宙大航海時代も! 目指せる……目指す。レカエル、エウラシア、目指せるんだよ!!」
「え、えぇ」
変なスイッチが入ったツツミを変なものを見る目で見つめるレカエル。助けを求めるようにエウラシアに向く。
「あなたの望みは何なの、エウラシア」
「んー。特に。ない」
「ないこともないでしょう。このへんてこな何もない世界であなたずっと過ごすつもりですか?」
「別に。かまわないけど」
エウラシアは本当に構わないのかもしれない。正直このままの世界でもずっと耐えられそうな雰囲気の持ち主である。
「まあまあエウラシア。こんな世界でうじうじしているよりもっと楽しいことあるって! それに、神の使いは飢えたりはしないけどその木は違うでしょ?」
エウラシアの若木がただの植物というわけでもないだろうが、神の使いほどのタフさを持っているわけでもないだろう。
この世界で通常通りの生き方ができるとも思えない。
「死ぬのは、いやでしょ?」
「死ぬのは。いやだね」
ここで『面倒より死んだほうがまし』とか返ってきていたらどうしようもなかったがさすがに大丈夫だった。
いまだに膝を抱えて寝ころんでいたエウラシアがゆっくり立ち上がる。
「ひとまずはこの気持ち悪い景色をなんとかしようよ。元世界の視覚に基づいた法則に乗っ取るならなんとか……」
ツツミは意識を集中させ、元世界の色をイメージする。右手にアトムを集め、思い通りの形に変えていく。
赤。青。緑。しかし無意識に認識していたものを意識して作り出すのは難しい。
「ん~は~、ていっ……」
なかなかまとまらない。一度集中を切って二人を見ると同様に目をつむりアトムを従えようとしていた。
レカエルの額には汗がにじんでいる。本人の言う通り式に関してはさほど得意ではないらしい。
エウラシアも精神を統一していた。初めて見る引き締まった表情である。ほかの二人よりもうまくいっている様子だったが、やがて急に意識を霧散させた。
締まりのないもとの顔に戻る。
「ツツミ。レカエル。協力。……しよう」
「協力?」
エウラシアはこれまた初めて能動的に動き出した。三人であつまり、互いに手を取って輪を作る。
「お互いを同調させて。私は。レカエル。ツツミは。私。レカエルは。ツツミ」
催眠のように穏やかな声がぽつぽつと流れていく。やはり三人の中で式に一番通じているのはエウラシアのようだ。
直列に繋がれた電池のように、三人の力がまとまり、高めあい、アトムを変化させていく。
やがて世界のありようが変わり始め、アトムが爆発的に高まったときツツミは重大なことに気が付いた。
「ちょっとふたりとも! いったんタイム!」
「はぁ?」
「……」
高まった集中が途切れていく。レカエルは不満げにツツミを問い詰めた。
「なんなんですか一体? わざわざこのタイミングで式を遮るほどの問題が?」
「うん。様式美」
「様式美?」
「この異世界初の創造だよ? 偉大なる先達に則って大いなる呪文を唱えなきゃ」
「呪文ってあなたは……やっぱり人間に毒されすぎじゃ」
「……悪く。ない。うん」
助け舟はエウラシアから来た。
「呪文。んー言霊? なんでもいいか。力と式をひとつに。まとめる。儀式といっても。いいかも」
「でしょ。それにレカエルだって光栄に思うべきだよ。ここでいうべき呪文なんて一個しかないんだから」
「だからなにを……っ!」
はじかれたようにレカエルは顔を上げた。驚いた表情はやがてゆっくりと微笑みに変わっていく。
「殊勝な心掛けですね」
「別にレカエルのもとにつくわけじゃないよ。まあここは譲ってあげる」
エウラシアも何も言わないが分かっているはずだ。再び三人で輪になり、式を編んでいく。集まったアトムがはじけるように震えた瞬間、三人の声が唱和した。
『光、あれ』