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1.三人娘、集合する

「こんなことになるとは思わなかったんです!!」


 怖くて目線を上げられない。


 数えきれないほどの(やしろ)が立ち並ぶここ、高天原(たかまがはら)でもひときわ大きい神社の本殿で、ツツミは目の前の主人に謝罪した。


 一目には十五、六歳くらいの少女である。巫女服に身を包んだその姿は本来なら美しく、神々しささえ感じさせるかもしれない。


 土下座の体勢でさえなければだが。


 地につけられた黒髪の頭に生えたキツネの耳と、普段のふんわりさが見る影もない丸まったしっぽは小刻みに震えている。


「……だめだと言ったはずだよ、『コックリさん』は」


 謝罪の相手、いわゆる稲荷神であるウカノミタマは笑顔である。笑顔ではある。紺の羽織姿でたたずむこちらは神々しさを失ってはいない。口調も柔らかい。


実年齢とかけはなれた彼の外見からすれば、妹をたしなめる兄のようにも見えるかもしれない。だが、長髪の隙間から見え隠れするこめかみの青筋が、珍しい彼の激怒を表していた。


「そもそも今どきコックリさんって。珍しい子供たちもいたものだね」

「最近はチャーリーゲームとか言ったりするそうです」


 もう昔といっていいほど前に大流行したコックリさん。五十音の書かれた紙と十円玉で行うあの儀式である。


 どういった由来かはともかく、お供え物としてキツネの好物の油揚げが良いとされるなど、稲荷神との関係は深い。


 余談だが、稲荷神ウカノミタマ自体は単に豊穣や商売繁盛の神である。その『使い』であるツツミたちがキツネであるのだが、最近は混同する人間も多いようだ。


「前に流行った時も君は悪さばかりして……キツネ憑きだなんて話題にもなったっけ。まだ小さな人の子供たちの呼びかけに神の使いが答えたら悪影響を及ぼすことくらいわかるだろう?」


 真偽いりまじった影響を重く見たウカノミタマは使いたちにコックリさんでの人間界降臨を禁止していた。これもあり最近はブームも下火となり落ち着いてきていたのだが……。


「それで? 人間界に行くならいつも通り普通に行けばいいものを、わざわざ決まりを無視して呼びかけに答え、少年に取り付いた理由は何だい?」

「いやその……お供え物が」

「油揚げなんて普通に買えばいいだろう?」

「いえ、お供え物が……」


 致し方なかったのである。ツツミは主人に向き直り、声を大にして言った。



「どうしても行きたかったアニメイベントのチケットだったんです!!!」



 実は人間よりよっぽど長く生きているツツミ。そんな彼女も漫画やアニメ、ゲームに代表される昨今の日本ポップカルチャーにドはまりした一人だった。


「もう絶対ないと思ってた二期があって! 原作を読んで内容は知ってたけどそれでもやっぱり最終回は泣いちゃって! 三期を匂わせる終わり方のうえでこのタイミングでイベントで重大発表があるかもとか言われたら、私は、私は……!」


 感極まった表情で熱弁するツツミにウカノミタマは笑顔で言った。


「で、チケットの持ち主である子に憑依してイベントに行ったと」

「だって最近は転売防止とかで入場時本人確認あるんですよ? チケットだけあっても入れないじゃないですか」

「イベント終盤テンションが上がって感情をコントロールできなくなったと」

「期待していたけど不安だった三期発表ですよ?不可抗力です」

「それで周りに神の使いの威光をまき散らし、同調してしまった人間たちを失神させてまわったと」

「……はい」


 使いとはいえ神域の存在である。ツツミの歓喜は周りの人間を巻き込み、ボルテージの上がった観客は続々と倒れた。


 死者こそ出なかったものの新聞の一面を飾る惨事となったのである。近年まれにみる神の祟りとなった。


「……なるほど、理由は分かったよ」

「ウカノミタマ様、確かに今回はやりすぎました。今後は心を入れ替えて……」

「君のその言葉は今年に入って7回目だ」

「そんな。3回目まではほんとは反省してなかったんです。だから本気のカウント的にはまだ4回目で」

「ほほう」


 とっさに言い訳にならない本音が出て青ざめるツツミ。ウカノミタマは笑顔を絶やさず答えた。


「なんにせよ、もう判決は決まっている」



 言葉が終わると同時に、ツツミの後ろの扉が開いた。他のキツネたち数人が入ってくる。


 いや、よく見ると入ってきたのはキツネだけではなかった。高天原にそぐわない二人の少女の姿がある。共にツツミと同じくらいの外見だ。


 一人はツツミより少し長い肩下くらいの金髪をなびかせている。


 よく手入れがされているのだろう、キューティクルの美しい輝きのうえには本物のキューティクル(天使の輪)があった。


 現代風の白いワンピース姿だが、その背中からはそれより白い二枚の翼。意志の強そうな瞳とやや微笑んだ口元は他の者を見下したようにも見える。


 もう一人の少女はなんというか、とてもスタイルが良かった。誰だってそれを認めるだろう。ツツミと金髪の少女より少し高い背丈。すらっと伸びた手足。


 しかし万人が彼女の体形をほめはやす根拠の最大の理由はそこではない。


 形よく膨らんだ胸元にほどよいくびれ、うつくしい太ももが()()()()()()()()()


 彼女の体を覆うのは瞳と同じ緑色の長い髪と、らせん状に絡みついている葉のついたツルのような植物だけであった。


「このひとたちは……」


 ツツミは訝しむ。とはいえ知識としては知っているので確認を求めウカノミタマを見た。


「紹介しよう。こちらはヤハ……おっと、()()()の眷属天使レカエル。そしてオリンポスからいらっしゃったニンフのエウラシアだ。ツツミ、ご挨拶を」

「はあ…………えーと、おほん。二人ともようこそ高天原へ! 私は稲荷神ウカノミタマ様にお仕えする神使のキツネのツツミ。よろしくね!」


 状況は呑み込めないものの挨拶は元気が肝心である。にっこり笑ったツツミに対し、二人の反応は決して友好的ではなかった。


「……稲荷()?」


 まずは天使レカエル。笑顔、しかしこれもウカノミタマと同様ただの笑顔ではない。微笑んだ表情のまま続ける。


「私はこの世界でただ一人の神である主に使える天使レカエル。主の導きでこちらに来ました。神のみ使いに立ち会えた幸運に感謝してください、ウカノミタマの()()のツツミ」

「唯一神の祝福があって何よりだ」


 あまりな物言いに憮然とするツツミ。しかし何か言うより早くウカノミタマが苦笑しながら肯定した。


 そういえば先ほどもわざわざ唯一神と言い直していたので暴言はさほど気にしていないらしい。


 しかたなくツツミはもう一人の緑髪の少女のほうに向き合う。さきほどから彼女の表情はない。しいていうなら……だらしない顔をしている。


「…………」

「…………」

「…………」

「……あの」


 いくら待っても返事がない。レカエルのように何か思うところがあるようにも見えないがどうしたものか。そう考えているとようやく答えがきた。


「……あー。私、ニンフのエウラシア。……よろしく。ツツミ」

「う、うん。よろしく」


 相変わらずぼーっとした顔のまま答えるエウラシア。ニンフでオリンポスからとはつまりギリシャ神話の精霊だろう。見たところ木の精である。


 ツツミのイメージではニンフとは元気よく笑いながら踊ったり歌ったりするのだが……覇気がない。


 ともあれ自己紹介を終えたツツミがウカノミタマに説明を求めると、思わぬ言葉が返ってきた。


「二人はそれぞれの主人から命を受け、この世界の《外》に行くことになっているんだ」

「外?」

「そう。この宇宙、時空、三千世界? まあ呼び方はなんでもいいか。我々が創り住まうここから外、ここにおわす神々がまだ手を付けていない場所だよ」

「いえ、よもやま話でそんなことを聞いたことはありますけど……そんな場所本当にあるんですか?」


 人間に伝わる神話、そこに出てくる神々にとっての神話でそんな世界があるという事は聞いたことがある。


 しかししょせん神の使いに過ぎないツツミにとってはどうでもいい話だったのだが……。


「ああ、実をいうとそんなに大したものでもない。この世の理が通じない場所というのはたくさんあるし、稀有というわけでもない」


 ツツミにとっては初耳だ。


「そうだな、お天気雨と同じくらいの珍しさと考えればいいよ。まあ行き来するのにかなり力を使う割に得るものもないから誰も関わろうとしないけどね」


 この世界をこねくり回すほうがよっぽど楽しい、とウカノミタマは言う。ここまで話が進んで非常に嫌な予感がしたツツミは恐る恐る尋ねた。


「……それで、私に何の関係が?」

「もちろん、君も彼女たちと行くんだよ」

「やっぱりですか!」


 予想していた。とはいえいまいち話の本質がつかめない。


「あの、私はそこで何をすればいいんでしょう?」

「別に何かをしなければいけないわけではないよ。君の自由にするといい。もっとも……」


 ウカノミタマは笑顔を深めて言う。


「何もせずにはいられないと思うけどね」

「あの、これはいわゆる禁固刑のようなものでしょうか?牢屋で反省しろというような」

「まあ近いかもしれないね。神にとってすら転移は大仕事なんだ。使いの君たち三人が力を合わせても戻るのは不可能だろう」


 禁固刑ではなく流刑らしい。


「なに、こちらから君たちの様子を見ることはできるから、適当なところで戻してあげるよ。終身刑というわけではない」


 ツツミはしっぽをピーンと張った。何かただならぬ予感がする。嫌だ。逃げたい。しかしもう逃げ場はどこにもなかった。


「さあ、今回は僕が君たちを外に運ぶことになった。着の身着のまま……とは言わないが、結構な力を使うので大荷物とはいかないよ。わかったら早く準備をしたまえ、時間がない」

「いやいやいやウカノミタマ様。時間がないって、外に行くのはいつですか?」

「二時間後だ。遅れたときは君の耳と尾がなくなることになるよ」




 血も涙もない主人の言葉に絶望し、こんなとき決して許しがないことを知っているツツミは全速力で神社を後にした。


 自分の住処に戻り、慌てふためいて荷物をまとめ、息を切らしながらちょうど二時間後神社に戻ってきたのである。


「じ、準備、お、終わり、ぜえ、ました」


 戻ってくるとウカノミタマは満足そうにうなずいた。手には抜身の刀をもっている。


「ではいこうか」


 ウカノミタマは三人を集め、周囲を水平、垂直に刀を振り始めた。一閃すると虹色の線が空中に浮かび上がる。


 七度、八度振ったところで三人を囲むように立方体ができた。結ばれた空間にも虹色が満ちはじめ、三人を箱の中に収めるように広がっていく。


「ではしばしお別れだ、ツツミ。八百万の神々のお力添えが君にあらんことを」

「ウカノミタマ様!」


 ツツミは主人に最後の言葉を送った。


「三期の録画、よろしくおねがいします!!」







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