聖なる泉と赤ずきんの斧
薄暗くしか入ってこない太陽の光を、かすかに吸収して水と一体となって輝いている。そのキラメキきは、周りの草々を照らし、そこに赤ずきんがいた。仲間と離れた赤ずきんは、戦いの準備をするために、この聖なる泉の前に立ち、斧を高く持ち上げた。彼女の斧は、生き延びる為に必死に戦ってきた傷が無数にあり、人狼を倒す為に必死に練習した血汗がついていた。その傷付いた斧は、赤ずきんの生きぬいていた歴史の中で、苦労や悲しみも同時に味わってきたことを存在だけで表していた。彼女の斧は、とてもボロボロで錆びていた。斧は輝くこともなく、かすかな森の奥から吹く風に当たっているだけであった。
赤ずきんは、その斧に執着することなく、錆びてぼろぼろの斧を聖なる泉に向かって投げ入れた。すると、聖なる泉が、青く光り、水面が渦を巻き始めた。次第に、その渦が激しくなっていくと、その渦の中心から妖精が現れて、赤ずきんに問いかけた。
「あなたの落とした斧は、この銀の斧? こちらの金の斧? どっちの斧?」
妖精は、右手に金の斧を持ち、左手に銀の斧を握りしめて、泉の水面に立っていた。
「頼んだ物を受け取りにきたわ。」
この妖精の質問に答える代わりに、赤ずきんは別の答えを伝え、この言葉を受けた妖精は、大親友にあったかのごとく、満面の笑みを投げかけた。
「あらぁ、赤ずきん久しぶり。あなたの事を、ずっと、ずっと、ずーと待っていたのよ。」
早口でリズムよく声を響かせて、引き続き赤ずきんに話かけていく。
「あなたが、とんでもないお願いをするから、本当に大変でね。あなたのお願いは、無理難題よー。」
「あら、そうかしら。それで、できたの?」
赤ずきんは、すかさず質問をする。
「もちろん、できたわよ。とっっっても大変だったけど、最高の斧ができたわ。」
妖精は微笑むと、金の斧と銀の斧をザツに扱いながら、泉の外にぽいっと、放り投げ、その空いた両手を、今度は泉の底に向かって併せていく。目をつぶり、呪文を唱えていくと、先ほどまで光輝いていた泉の底が、どす黒く回転していった。それは、まるで、赤ずきんの想いと殺意を映したような色で、この黒い渦は、あっという間に泉を覆ってしまった。
聖なる泉が、漆黒に包まれると、その泉の奥から投げ入れた斧にそっくりで、しかし真新しさがあり、ギラギラと光り輝いて装飾された1つの斧が現れた。
それを見た赤ずきんは、イラついて答えた。
「頼んだものと違うじゃない。」
妖精は、その赤ずきんの怒りをいとも簡単に、笑顔で跳ね除けた。
「仕上げを見せてあげよーかと思って!」
泉の上に浮いている斧を、妖精は両手にとり、呪文を唱えて最後の仕上げを施し始める。
すると、先ほどまで光り輝いていた斧が、さらに錆びていって、ボロボロになっていく。その姿は、投げ入れる前に赤ずきんが持っていた斧とさほど変わりはないように見えた。
その斧を見て、赤ずきんは眉を細めるも、何か言葉を発する前に、先に妖精に会話の主導権を握られてしまった。
「さっきの斧と一緒じゃない?って、言いたそうね。でも、違うわ。この斧には、聖なる泉のマージ(力の源)が込めてあって、どんな防御効果も無効にするのよ。」
そう言いながら、手元にある斧を宙にうかせ、赤ずきんの目の前へと動かしていった。赤ずきんは、目の前にある斧を受け取ると、満足そうに微笑んだ。その瞬間、赤ずきんの目の前にある漆黒の闇が晴れて、輝きを取り戻していった。
「さすがね。嬉しいわ。ありがとう。」
赤ずきんは、お礼を言いながら、目の端でとらえた2つの斧に視線を投げかけ、指をさした。
「ねっ、これも貰っていい?」
それは先ほど、妖精が投げ捨てた銀の斧と金の斧であった。
「いいわよ。そんなガラクタあげるっ!」
その言葉を聞くや否や、赤ずきんは、銀の斧と金の斧を拾いにいく。そして、3つの斧を持った赤ずきんは、とても満足そうな笑顔を見せて、聖なる泉に背を向けた。
ふと現れた霧が、赤ずきんの背後を包むように聖なる泉を曇らせて、白く薄く消していった。