第三十三便 卑怯者にならないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
トルクレンチ タイヤ交換時にあると便利です。
話が前後するけど、エンジンをかけた時点で大騒ぎだった。
グリシーヌは、昨日は助手席でほぼ気絶してたし、ヴィオレットは当然オレに乗るのも初めて。
エンジンをかけた時点で、ここでは全く意味のないETC車載器が喋るし、あちこちのランプがつく。
ヴィオレットはそのたびにギャースカ喚いていた。
ちなみにオレは、ダッシュボードのホルダーにセットされたスマホの目を通して車内を監視てる。
特にグリシーヌは別の意味で危険だし。
その意味では、間に入ったヴィオレット、グッジョブ。
まあ、新たなフラグの可能性は常にあるけど。
そしてやっぱり、怖れていたことが起きた。
ヴィオレットが起きると同時に。
『な、何ですの!!』
(オレたちの時間で)一時間十五分くらい、メーター読みで70㎞くらい走ったところで、突然ヴィオレットが叫んだ。
『え、ヴィオレット、どうしたの?』
グリシーヌが薄目を開けて妹を見る。
『お、お姉さま! 景色がどんどん流れていきますの!』
『あ』
グリシーヌも窓の外を見る。
『昨日はほとんど気を失っていたからわからなかったけど、すごい』
またメスの顔し始めやがった。
『パンセルメールより速いんじゃないかしら?』
『そ、そんなことないですのっ!』
グリシーヌの呟きに、ヴィオレットが顔を真っ赤にする。
『我が国最高の名馬、パンセルメールより、こんな下賤な魔獣が速いなんてあり得ませんのっ!』
ほら見ろ!
『荷車の騎士と魔獣フッフ! 愛馬パンセルメールにまたがったヴィオレットと勝負するですの!』
中略
『そんな、負けましたの……』
「ヴィオレット(呼び捨て)、いい勝負だったよ」
『同情なんて受けないですのっ! 下賤なものに負けるようでは、ヴィオレットは生きてる価値ないですの』
「そんなことないさ(余裕の笑み)。これからは俺の嫁として歩んで行けばいい」
『荷車の騎士……さま』
『荷車の騎士様! 私を、グリシーヌをお捨てになるのですか!』
「安心しろよ(偉そう)、グリシーヌ。俺が姉妹まとめて面倒見てやるさ」
『あ、でも、荷車の騎士様。フッフはどうなさいます?』
「グリシーヌとヴィオレットがいれば要らないかな。言葉はこれから二人にじっくり教えてもらえばいいし。俺の個人教育の見返りとしてね」
「お兄ちゃんの卑怯者っ!!」
「え、何が?」
しまった。
とにかくごまかそう。
『じゃ、じゃなくて、よだれ垂らして寝てたヴィオレットよりはマシだけどねっ』
『何ですの!』
「痛っ!」
『またもやお兄ちゃんを殴ったな! この暴力姉妹!』
『フッフ! 私は殴っていないわ』
『いびきかいて寝る前に殴ったじゃん!』
『わ、私はいびきなど!』
「あの、グリシーヌ姫様」
お兄ちゃんがオレたちを遮った。
「もうそろそろ、昨日お会いしたところに着きます」
『ええ? 私、そんなに寝ていました?』
『一時間半、ではなく、一時間弱くらいですかね』
『嘘に決まってますの!』
ヴィオレットが叫んだ。
『お姉さまから、三馬時くらいのところって聞いてますの! 一時間かからずに着くはずないですの!』
『でも、ヴィオレット。外の景色がこんなに早く流れているし』
『これは魔獣がヴィオレットたちに見せてる幻影ですの! 人をたぶらかす悪い魔獣ですの!』
『でも、太陽だってまだあんなに高いままよ? 影の向きを見れば、まだ午前中よ?』
『全部全部幻影ですの! 荷車の騎士と魔獣の陰謀ですの!』
「あ、ほら」
無駄な姉妹喧嘩を横目に、お兄ちゃんが前方を指さした。
「昨日の馬車の荷車部分です」
『あっ』
そこには確かに、片方の車輪が外れた荷車があった。
『ほーら見ろ』
オレがヴィオレットに「ベロベロバー」って顔をした。
お兄ちゃんがまたヴィオレットに殴られた。
「人をバカにする仕草はどこの世界でも同じなのかな」
お兄ちゃんが頬をさすりながら呟いた。




