第十五便 一人(?)にさせないでっ!
七つ道具(七つでは足りない)
ハンマー 釘を打つという目的以外の用途が多いような。
オレがあたふたしていると、の……じゃなくて、ぐ、グリシーヌ(〝姫〟は絶対付けないねっ!)が、お兄ちゃんに向き直った。
『あなたにも、何度も失礼なことをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした』
「あ、いえ、お気になさらず」
『あなたは国の、そしてもちろん、私の命の恩人です』
「全部フッフのおかげですよ」
『フッフ?』
グリシーヌが小首を傾げた。
『魔獣さん、フッフってお名前なんですか?』
『え?グリシーヌがそう言ったじゃん!』
お兄ちゃんが答える前にオレが答える。
『オレを見て、〝フッフ〟って』
グリシーヌはまた首を傾げた。記憶力大丈夫か?
かみ合わないオレたちを見て、お兄ちゃんが訊いた。
「ええと、『フッフなんて言ったっけ?』ってところでいいのかな?」
「あ、うん」
「まあ、あの時は馬車から落下して一時的に混乱してたかもしれないし、覚えてなくても仕方ないよ」
「まあ、そうだけど」
「とにかく、姫様も大丈夫なようで良かった、と伝えて」
「わかった」
「あ、それから」
お兄ちゃんが運転席の窓から手を差し込んだ。
「これ、よろしければ、どうぞ」
そして差し出したのは……。
ペットボトルの水だ!
間接キスの証拠!
お兄ちゃん!?
「一応、未開封だったものです。途中、姫様が苦しそうだったので、少し飲んでもらいました。もちろん、俺は口をつけていません」
神様!!
女神様!!
お兄ちゃん様!!!
オレは懇切丁寧に通訳した。
特に、「間接キスはなかった」ところを重点的に。
おっさんはボトルを不思議そうな目で見ていたが、グリシーヌはそれを笑顔で受け取った。
『ありがとうございます。紳士でいらっしゃるんですね』
「紳士ってものが何かわかりませんが」
『まあ、それより、今夜はもう遅い。積もる話は後にして、ぜひとも奥へ。ベッドを用意させてある』
そしてオレを見た。
『フッフ、そなたはさすがに部屋には入れない。今日のところは厩で勘弁してほしい』
あ…。
そうだ。
オレは車。
お兄ちゃんは人間。
寝る場所は、違う。
しょうがないよね。
「あ、この気温なら外でも大丈夫ですし、今日はフッフと一緒に寝ます」
!
!!!
!!!!!!
「お、お兄ちゃん!?」
「まあ、自分の家でもないし、サイドターンとかしておいて何だけど、積み荷からあまり離れるわけにもいかないしね」
そっちですか。
でも、お兄ちゃんと一緒にいられるなら、いいや。
でも、どうせおっさんたちが「ぜひともベッドに」とか言うんだろうけど。
とか思っていたら、おっさんとグリシーヌが顔を見合わせた。
それからグリシーヌがにっこりと笑った。
『そうおっしゃると思っていました』
おっさんも笑顔を向けた。
『城で一番いい厩をグリシーヌが案内する。魔獣殿専用の部屋は、近日中に建てるよう手配しよう』
いい心がけじゃん。
『どうぞ、こちらへ』
グリシーヌが案内しようと歩き出した。
でも、お兄ちゃんが後ろから声をかける。
「あの、どこまで行くかわかりませんが、女性を歩かせて俺が車、ってのも何なので」
さっすが、お兄ちゃん、やっぱ紳士!
まあ、グリシーヌには通じてないけど。
お兄ちゃんが助手席のドアを開けた。
『どうぞ』
この、女たらし!
グリシーヌは微笑み、助手席側に回るとオレに乗り込んだ。
汚いケツを乗せるな!
『またよろしくね、フッフ』
あ、あんたのためじゃないんだからねっ!(本音)
お兄ちゃんも運転席に戻ると、サイドブレーキを外した。
走り出す前に、おっさんが運転席に近づいて来た。
『この国の王として、グリシーヌの父として、重ね重ね礼を言う』
「あ、はい」
『今夜はゆっくりとお休み下され。炎の剣を持ち、魔獣を従えた〝荷車の騎士〟よ』