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王子と男爵

 さて、殿下。此度は陛下に、特別に殿下と直接対等に言葉を交わす事を許可頂きましたわけですが。

 我が娘との婚約を破棄する、との事でしたな。何故、と問うても?

 はぁ、交流の場にも姿を現さず社交の場にも姿を見せず、ですか。娘が何をしているのか御存知の上で、そう仰ると?

 いえいえ、遊んでなどおりませぬよ。むしろしがない男爵家にありながらも第一王子殿下の婚約者として引き立てて頂いたのです。我が家では王子妃として充分な教育もままなりませんので、幼少の頃より王宮に上がり学ばせていただいておりますな。

 は? 学園ですか? いえ、通ってはおりませんなあ。無論、在籍もしておりません。何を仰いますか、そもそも娘は在籍する資格がありません。それは殿下も御存知のはずですが……ええ、陛下はきちんと説明をしたと仰せでしたな。他の子どもたちの内長男と次男は現在は学園に通っておりますが、幼い他の七人の子供たちは未だ学園には通えぬ年齢ですし。

 ああ、いえ他の子どもたちの事は、今は関係ありませんな。今は娘の事、ですか。

 そもそも、社交の場にも姿を現さぬのは道理で御座いましょう? 殿下ご自身が、昨年漸く社交の場に出る事を許されたばかりであるのにそれよりも三つも下の娘がどうして出る事が叶いましょうか。

 交流の場におきましても、殿下は御存知ありませんでしょうが、婚約が成ったばかりの頃に一度揉めた事が御座いましてな。いえ、陛下直々に、娘に非はないとお言葉は頂いておりますが、これ以上はどうぞご勘弁を。どうしてもと仰るなら国王陛下並びに王妃殿下にお聞きになるとよろしいかと。

 理由はそれだけで御座いますか? は、殿下のご学友を苛めた、ですか? 一体いつ、どこで、でしょうか。学園……いえ、長男も次男もそのような話はしておりませなんだな。そもそも学園は魔法使いの為のものである以上は、魔法使いではない娘は通う意味は御座いませんなぁ。

 で、ご学友とはどちらのお方なのでしょう。はあ、ヘスト―子爵家の御令嬢と? いえいえ、流石にそれは無理がありましょう。いえ、白を切るとかそういう話ではなく。

 そもそも王宮にこもり切りとも言ってよい娘が、王子殿下の婚約者と言う立場でありながらも身分其の物が上の令嬢を苛める、時点でありえません。そもそも、娘が学園に顔をだせばその時点でとんでもなく恐ろしい事が起こるでしょうから。

 はあ、何にせよ、へスト―子爵令嬢を愛してしまったので彼女を妃にする、ですか? いえ流石にそれは、ええ、許されませんでしょう。いえ、爵位の問題ではありません。爵位だけの問題であれば、そもそも現段階で殿下の婚約者たる我が娘は男爵令嬢に過ぎませんからな。

 学園に入学しているお方、あるいは入学できるだけの素養をお持ちのお方では殿下の元へ嫁ぐことは出来ませんのです。故に、学園に通っているへスト―子爵令嬢では、無理なのですよ。

 何故か、ですか? 殿下は魔法史、および魔法使い生態学については? 基礎なら?

 はぁ……ああ、いえ。それ其の物は殿下の御年を考えれば仕方ないことかとは思いますが……。はい、それでは、私もあまり詳しくはないので簡単にではありますが、説明させて頂きましょう。

 そもそも、魔法使いと言うものは非常に子を成しづらい、というのは御存知ですかな?

 ええ、その身に宿る魔力が子を成しづらくさせるのでは、と言われております。更にいうなら、二百年ほど前に顕れた異界人タケダ及び白の魔女アリアドネの共同の研究学説にもありますが、魔法使いは魔法使いとしての遺伝子と共に、両親ともから引き継げば致命的となりうる遺伝子をもっているため、両親が魔法使いであればその遺伝子が原因の死産が、四人に一人は現れる事になると言われております。難儀な事に、その致命的となりうる遺伝子を引き継がなかった子はどういう訳か魔法使いとはなりえませんので、統計学的に言えば魔法使い同士の子が四人いれば、二人は魔法使いになりますが一人は死産となりもう一人は魔法使いとしての素養が現れぬ事になります。

 しかも母体が魔法使いであれば、多くても二人。生涯子を成せぬこともざらにあると聞きます。それゆえ、王族、貴族家では魔法使いには魔法使いでない者を、魔法使いでない者には魔法使いを嫁がせる事が当たり前となっておりますな。ええ、後継を残さねばならぬ貴族の常識と言う奴だそうです。

 ええ、それも抜け道がないわけではありませぬが、それが我が国の貴族の常識となっているようですな。

 故に、ええ、魔法使いである殿下には魔法使いである貴族令嬢は嫁ぐことができぬのです。

 ……まるで今初めて聞いた、と言わんばかりの御顔をしておいでですな。少なくとも娘との婚約が成った際、王侯貴族として生まれた以上、魔法使い同士の婚姻は許されない、と説明されているはずですが。ええ、当時随分と殿下は不服そうになさっておいででしたから、念には念をと陛下、王妃殿下、宰相殿に私と、それぞれから説明させて頂きました。僅か五年前の事ですからな。はっきりと覚えておりますとも。

 そしてタケダの学説が広まって以降、爆発的に魔法使いの数も増えて、現状殆どの貴族家子息令嬢は魔力の多寡はあれど魔法使いであると言う事は御存知でしょうか?

 御存知ならば結構。そしてそれこそが、我が娘が、男爵家の庶子でありながらも殿下の婚約者として選ばれた理由、なのです。

 は? ああ、娘が庶子である事ですか? いやまあ、零細の下級貴族家ならばよくある事ですよ。このような平和なご時世ですからな。戦で戦功を立てるもままならず内政を行おうにも、零細には零細たるだけのささやかな領地があるばかり。法衣にしたところで、余程立ち回りが上手くなければやってはいけぬでしょう。

 まあそれもこれも人脈があってこそ、と言う奴でしてな。故に、下級貴族程妾を……それも魔法使いを抱える事が多いのですよ。先程言った抜け道と言う奴ですが、それもこれも、零細故に目立たぬからというのが一番の理由ですな。……まあ、私の場合は少しばかり事情は違いますが、まあ、幸いにして恵まれた子供たちを、婿に、嫁に欲しいと言って下さる家々は、ええ、数多くありまして。

 ……少しばかり話がずれましたか。ええ、そうです。娘は、私と魔法使いである(つま)との間に生まれました。しかし、魔法使いではない……それがどういう意味か、わかりますかな?

 おや、お解りになられましたか。ええ、その通り。娘は魔法使いの遺伝子を私と母親から受け継ぎ、しかして致死遺伝子を受け継いでいない。つまり、魔法使いの元へと嫁げば、確実に致死遺伝子による死産はなく、子が成しづらいと言うこともなく、そして子はほぼ確実に、魔法使い遺伝子を欠ける事なく受け継ぐ事になる。勿論、それだけで王子妃になれるほど甘くはありませんが。

 さて殿下。

 ここまで聞いて、なお我が娘との婚約を破棄すると、言えますかな?

 爵位で言うなら我が家は成り上がりの男爵で、殿下の御執心の娘は古くからあるとはいえ子爵家。本来ならどちらも、王族の妃となれるモノでは御座いませぬ。

 しかし、それを覆してしまえるだけの有用性を認められたからこその、婚約であったのです。

 ……はぁ、さようでございますか。それを聞いても尚、へスト―子爵令嬢を……。

 まあ、元より我が身はしがない成り上がりの男爵でしかありませぬ。本来ならば王族たる方々と直接言葉を交わすも逆らうことも許されてはおりませんからな。これまで私が陛下と、殿下方とお言葉を交わす事を許されていたのは、ひとえに殿下と娘の婚約があったからこそ。

 きちんと手順さえ踏んで下さればそれでよしと、するしかありませぬ。

 ここであったお話は私からも陛下へとお伝えいたしましょう。ですが、よいですか? 婚約解消(・・)の諸々の手続きは、身分が上の者が行うものとなっております。

 くれぐれも、お忘れなきよう……。


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