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第八話 ジュリアンは考えた

「出せー!」


 クリスは牢に入れられた囚人の如く、格子を掴んでガタガタ揺らしていた。


「やっと手に入れたのに!三年も待ったのに!」


 半狂乱で泣き叫ぶクリス。彼は剣コレクターだった。

 元々は自分の技量に見合う剣を探した事がきっかけだった。

 超一流という言葉が裸足で逃げ出すような実力のクリスにとって、弘法筆を選ばず、なんて言葉は通用しない。並の剣では彼の実力を十分に発揮出来ないのだ。その為、彼は自分の力量に耐えうる剣を探し求めていた。

 そして、脇道に逸れた。いつしか、彼は剣を集める事そのものに夢中になってしまったのだ。

 流石に粗悪な剣には見向きもしなかったが、評判になっている工房の噂を聞くと、何もかも放り出して駆けつけるようになった。

 暇な日には、部屋に籠って剣を研いだり眺めたりしてニヤニヤしている。

 何も知らない新人メイドが、クリスの部屋の掃除に入った時にその光景を目撃してしまい、悲鳴を上げて逃げ出したのは有名な話だ。

 彼の理想とする剣が見つかればこの癖も治るかもしれない。誰もがそれを願っているが、未だに叶っていなかった。

 最早、伝説の魔法金属で鍛えられた『魔剣』と呼ばれる武器しかないのでは、と国を挙げて探し求めているが、未だ見つかってはいない。

 現存するのは、ただ一振り。勇者国にある物だけである。

 文献から、初代勇者が多数保持していたのは分かっていたが、邪神との戦いで失われたとされている。


「この剣は王都の有名デザイナー、シャウ・エッセンが柄に装飾を施した・・・」


 いつの間にか剣の由来を説明し始めたクリスを放置して、カズキとジュリアンは棺の中を見た。

 クリスに刎ねられた首は、触手の様な物で体と繋がっていた。


「うわー。凄い光景だな」

「うむ。フローネがいなくて良かっただろう?」

「ああ、これはちょっと見せられないな。グッジョブ!」


 カズキが親指を立てる。ジュリアンも返した。

 一緒に行動する事が少ない二人なのに、何故か妙に馬が合った。今では歳の離れた親友である。


「さておき、今はコレの事だ。何か分かればいいが・・・」

「取り敢えず首は切り離しておくか?時間稼ぎが出来るかもしれないし」

「そうしよう。『ウィンドカッター』」


 ジュリアンが魔法を使って触手を切断した。そして、カズキが生首の髪を掴んで放り投げた。・・・クリスの方へ。


「元はと言えばお前の所為で・・・」


 哀れ、マサト・サイトウの首は、カズキの思惑通り、クリスの八つ当たりの対象になった。酷い話である。

 ジュリアンはチラリと横目でクリスを見たが、何も言わずに検証に入った。


「ふむ。蓋が開いていれば魔法は有効のようだ」

「そうだな。おっ、棺桶が降下し始めたぞ」

「素晴らしい。これでじっくり調べる事が出来る」


 学院の入口付近で棺桶を荒らす二人。その傍では鉄格子の中で折れた剣を手にした男が生首を切り刻んでいる。客観的に見て、かなり危ない光景である。

 他人に見られたら、間違いなく通報されるだろう。だが、ここには誰も近づいて来なかった。ジュリアンの命令で封鎖されていたからだ。


「どうやって調べる?解剖でもするのか?」


 カズキの質問にジュリアンは考え込んだ。


「そうだな・・・。取り敢えずは体の表面から調べるか」

「分かった」


 カズキが頷くと制服だけが燃え尽きた。皮膚は焼けていない。


「訳が分からんな。どうして詠唱なしにこんな真似が出来るんだ」

「なんとなく?」

「何で疑問形なんだ。そういえば魔法を覚えるのも異様に早かったな。資料室の魔法書は膨大な数があったはずだが」

「えっ?」


 ジュリアンはカズキの返答を聞いて、妙な違和感を覚えた。そして、自分の発言にも。


「カズキ、資料室に水晶があっただろ?」

「うん」

「触ったろ?」

「うん」

「その時に適正があるかどうかを調べるんだが・・・」

「そういえば、なんか光ってたな」

「何色あった?」

「七色」

「他に何かなかったか?」


 通常は、適正があれば水晶が光る。それだけではなく、魔法には属性というものがあり、習得できる魔法の属性を色で表してくれる親切な仕様である。

 属性とは、地、水、火、風、光、闇、空間の七つであり、対応する色も、黄、青、赤、緑、白、黒、紫となっている。

 普通ならここで終わりの筈だ。だが・・・。


「頭の中にいろんな魔法とその使い方みたいなのが浮かんできて、そのうち眠くなったから寝た。起きたら魔法が使えるような気がしたから、使ってみた。そしたら使えた」


 ここからが他者と違う点だった。

 ジュリアンは黙り込んだ。余りにも馬鹿らしい答えが返ってきたことに。


「イヤー。魔法覚えるのって難しいイメージがあったけど、こんなに簡単なのかって拍子抜けしたよ。お陰で勉強しなくて済んだし」


 必死に勉強して魔法を覚えた自分達の苦労は一体何だったのか。とジュリアンは思った。


「なあ。その報告が上がってこなかったんだが、資料室に案内したのは誰だ?」

「エルザ姉さん」

「エルザか・・・」


 エルザならあり得る事だった。だが、いくらなんでも、こんな異常事態が発生すれば報告位はしてくる筈だ。それが無かったという事は・・・。


「なあ。その時エルザは一緒じゃなかったのか?」

「うん?確かあの時は・・・。思い出した。急ぎの用事があるとか言ってたな。水晶に触ったら適当に本でも読んでてくれ、とだけ言ってダッシュで走り去っていったけど」

「そうか・・・」


 ナンシーの名前が見えたことから、魔法に適正があるのはわかっていた。だからエルザもカズキを放置して行ったのだろう。適当に本を読んでおけ、という言葉からもそれは伺えた。

 しかし、報告が無かった理由は分かったが、もう一つ問題が残っていた。

 水晶に触れただけで魔法を覚えた、という事だ。


「カズキ、【レーヴァテイン】という魔法は使えるか?」

「?・・・使えるけど」

「【コキュートス】は?」

「使える」

「【トール】は?」

「使えるなぁ。てか、その二つは三日前に使ったじゃん」

「なに?・・・謁見の時か?」

「それ。発動はさせなかったけど」

「・・・・・・」


 ジュリアンは絶句した。何せ、目の前の男は、()()()()()()()()()を使ったのだから。しかも・・・。


「詠唱してなかったよな?」

「詠唱?・・・必要なの?」


 ジュリアンは天を仰いだ。常識が覆されたのだ。そして、違和感の正体が分かった。

 多くの魔法使いが目指す到達点。それが、無詠唱による魔法の行使。だが、それは不可能とされていた。

 古代に栄えたとされる文明では魔法に詠唱は必要なかった、と文献にはある。

 だが、全ての魔法が遺失してしまっており、研究しようにも出来なかった。遺跡などからは、文献は出たのだ。だが、魔法書の類は何も出なかった。

 現在使用されている魔法では、魔法を行使することに詠唱が組み込まれている。詠唱=魔法なのだ。

 これは古代の魔法が失伝した人々が代替の魔法を生みだす為に試行錯誤した結果だった。

 それ故、魔法使いは暇があれば研究し、実践する。そして、時間を掛けて自分に合った方法を見つけ出し、制御の訓練をしていくのだ。その結果の一つとして、詠唱時間が短くなる。

 だが、詠唱を無くすことは出来なかった。今と昔の魔法は別物なのだ。

 つまりは、カズキが使っている魔法は、全て古代魔法という事になる。

 効果が同じでも、似て非なる物。完全に別物という事だ。

 これが、違和感の正体だったのだ。

 ジュリアンは史上最高の魔法使いと呼ばれていた。たった一言だけで魔法を行使する者は歴史上幾人もいないからだ。だというのに・・・。

 目の前でのほほんと答える男は、事の重大さを分かっていなかった。                しかも、古代に栄えたとされる文明の最盛期に研究された魔法。神話級魔法と呼ばれるそれを、()()()()()()()()()()()()()()使()()が、わざわざ詠唱して発動させた魔法を、無詠唱で使ってしまったのである。同時に二つ、他の魔法を含めると四つもだ。

 最早、笑うしかない。嫉妬などもっての外だ。これはそう、カズキが自分で言っていたではないか。


「変態だな」


 突然言われた心無い言葉に、カズキは抗議の声を上げた。


「ひでー!それならジュリアンだって変態じゃねーか!」

「私は変態ではない」

「変態だって!ジュリアンだって使えるくせに!」

「使えないぞ。・・・いや、待て、どういうことだ?」

「水晶に触ったんだろー。なら、使えるじゃねーか」

「私が水晶玉に触ったのは幼い頃だ。それは、今の私が触れば使えるという事か?」

「さっきからそう言ってるじゃん」


 微妙に拗ねて子供っぽい言い方をするカズキ。

 それを見ながら考えをまとめた。


「カズキ、あの水晶は古代の遺跡から発掘されたものだ」

「あっそう」


 まだ拗ねている。構わずにジュリアンは続けた。


「カズキはあの水晶で魔法を覚えた」

「ああ」

「我々は今まで魔法の適正を見る為の物だと思っていた」

「そうなのか?」

「そうだ。カズキは私の魔法をどう思っていた?」

「どういうこと?」


 質問の意図が分からなかったのか、カズキが問い返してきた。


「そうだな・・・。私が魔法を詠唱しているのを見て、どう思った?」

「研究中の魔法でも使ってるのかなー。と思ってたぞ」

「それは何故だ?」

「何故って、ジュリアンなら詠唱は必要ないだろ?」

「つまり、私ならカズキと同じ魔法が使える。ということか?」

「さっきもそう言ったけど」

「なるほど」


 今まで、ジュリアンは勘違いしていた。魔法の存在しない世界から来たカズキが、僅か数日(実際には一瞬)で魔法を使えるようになったのは、勇者のように神に能力を授けられたと思っていたのだ。

 女神レミアの神託を受けたフローネが、カズキを召喚した。

 同じようにして召喚された勇者には、死に戻りという能力が備わっていた。

 ならば、カズキにも神に与えられた能力がある筈だ。皆がそう思い込んだ。

 実際には、水晶に触れたカズキが、古代魔法を覚えただけ。

 古代魔法が失伝していた為に、誰もその事に気付かなかった。

 だから、カズキが邪神を倒しても、流石は大賢者様だ。で済ませてしまったのだ。

 そこまで考えて、ふと、また違和感を感じた。


「カズキ。さっき私が研究中の魔法を使っていると思った。そう言ったよな」

「おう」


 そう、カズキは()()と言った。

 ジュリアンが使っている魔法を見て。


「カズキも研究してるのか?」

「してるけど」


 ジュリアンは仮説を立ててみた。

 神話級の魔法は当時の魔法使いが詠唱していた。

 それをカズキは無詠唱で使った。

 カズキの認識では、詠唱=研究。

 答えは・・・。

 ジュリアンは掠れた声で、恐る恐る尋ねた。


「完成させたのか?」

「何が?」

「神話級の魔法をだ」

「神話級ってなに?」


 カズキは神話級という言葉を知らない。彼にとっては、ただの未完成だった魔法に過ぎないからだ。

 それに気付いたジュリアンは質問を変えた。


「カズキは未完成の魔法を完成させたのか?」

「そういうことか。完成させたぞ。・・・使いづらかったし」

「どれ位かかった?」

「ん~?三日位かな」


 ジュリアン、再び絶句。

 古代の魔法使いが研究しても完成しなかった魔法を、「使いづらいから」で完成させてしまったのだから。それも三日で。

 最早、笑うしかない。嫉妬などもっての外だ。これはそう、カズキが自分で言っていたではないか。


「変態だな」

「そのくだり、さっきもやったぞ」


 ジュリアンの表情を見ていたカズキは、そうツッコミを入れた。


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