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第四十三話 猫が大好きな、ペースト状のおやつ

 その日、カズキは次元屋に来ていた。

 シーサーペントを退治する為に作った、『真・アーネスト号』の代金を受け取ったので、何か掘り出し物を探しに来たのである。

 彼のパーティメンバーも一緒で、おまけでカリムも付いてきている。憧れの兄、カズキが剣も使うので、自分もそうなりたいと言い出したのだ。

 皆、シーサーペントを退治した報酬を貰ったので、懐が温かい。それならと、カズキに魔剣やマジックアイテムを作ってもらう為に、良さそうな武具を探しに来たのだ。

 ちなみに、クリス、ジュリアン、アーネスト、ソフィアは報酬を受け取っていない。

 シーサーペント退治は、依頼元がランスリード王国である。

 港町リーザは他国との貿易の拠点でもあるので、シーサーペントの大量発生のような異常事態の場合は、騎士団や宮廷魔術師などの、軍が派遣される事になっているのだ。

 ランスリードの王族もいずれかに所属しているので、当然報酬は出なかった。

 フローネは例外的に貰っているが、これは学院在籍中は一般人の扱いになっている為である。

 この事実に、報酬を期待していたクリスは落胆を隠さなかった。

 ただボタンをポチッと押しただけなのに、随分と図々しい態度である。

 ラクトとマイネ以外の者も同様だったが、お金は幾らあっても困らないからと、ジュリアンが強引に押し付けた。

 ちなみに、カズキの受け取った報酬は、全てリディアに渡してある。

 城にいれば不自由しないが、彼女にも気兼ねなく使えるお金があったほうがいいと思ったからだ。

 自分の分の報酬と合わせて、予想外の大金を得てしまったリディアは、若干顔が引き攣っていたが。

 

「みんな、俺は猫コーナーに行ってくる」


 皆が武具を物色している間、カズキは当初の目的である、猫コーナーへと足を運んだ。

 当然のように、ナンシーも一緒である。

 カズキはナンシーが興味を示した物を片っ端から買い漁り、見事に従業員の注目を集めていた。


「お客様、耳寄りな話があるのですが・・・」


 そんなカズキを上客だと思ったのか、一人の従業員が笑顔で声を掛けてきた。


「耳寄りな話?」

「はい。実はつい先日、『時空の歪み』から面白い物が現れまして」

「どんな物です?」

「はい。表面に猫と器にペースト状の何かが盛り付けられているような絵が描いてあって・・・」

「それはっ!」


 カズキは最後まで言わせなかった。


「もしかして、チOオちゅーると書いてありませんでしたか!?」


 カズキの勢いに仰け反りながらも、従業員は笑顔を崩さずに頷いた。


「・・・良くお分かりになりましたね。その通りです。まさかご存知だったとは思いませんでしたが」


 その従業員はカズキの素性を知らなかったので、過去にも同じ物が零れ落ちてきたのだと解釈した。

 そして、過去にチOオちゅーるを買った事があるのだと。


「それで!?幾らで売ってもらえるんですか!?」


 従業員の様子など一顧だにせず、カズキは性急に問いかけた。

 頭の中には、チOオちゅーるのCMソングが流れている。

 そして、自分が猫達にそれを与えている姿を想像していた。

 

「値段はまだ分かりません。これからオークションが始まるので」


 カズキの勢いにまたも仰け反りながら、それでも従業員は笑顔を崩さずにそう言った。


「オークションか・・・。それはいつ開催されるのですか?」

「一週間後です。これからオークションの告知をして、参加者を集めるので」


 従業員の言葉に、カズキは肩を落とした。


「一週間・・・。そんなに先の話なのか・・・」


 すぐにでも手に入ると思っていたカズキは、失望に肩を落とした。

 

「あれ?どうしたのカズキ」


 だが、そこに現れたのがラクトである。

 フローネとマイネが一つ一つ商品を吟味している横でさっさと武具を選び終えたラクトは、二人に意見を求められる前に素早く退散してきた。


「ラクトか。実は、オークションに出品される商品をどうしても欲しいんだが、どうにかならないか?」

「カズキがそこまで言うって事は、猫関連の物だよね?」

「ああ。俺がいた世界で売っていた、猫用のおやつなんだ。いつか、自分の手で猫達に食べさせるのが夢だった」


 そう言って、縋るような眼でラクトを見つめるカズキ。

 ナンシーもカズキの様子から、美味しい物が食べられると分かったのか、小首を傾げてラクトを見つめた。


「分かった。カズキにはいつも助けてもらっているからね。これで少しでも借りを返せるなら、安い物さ」


 ラクトはそう言って、従業員に向き直った。


「ねえ、その商品の情報って、まだ告知してないんでしょう?」

「ええ、そうですが・・・。いくらラクト様といえども、学院に在籍している以上は、便宜を図る事は出来ませんよ?」


 次元屋の従業員が学院に在籍している場合、一切の便宜を図らないというのが、次元屋の伝統だった。

 これは、ラクトが跡取りであっても例外ではない。

 勿論そんな事はラクトとて分かっている。

 それでもラクトには勝算があった。


「分かってるさ。でも、僕の話を聞いたら、自分から便宜を図るって言いだすと思うよ?」


 ラクトはそう言って、従業員を連れてどこかへと消えた。

 それから待つ事三十分。その手にチOオちゅーる(四本入り、まぐろ味)を持った先程の従業員と、ラクトが戻ってきた。


「お待たせ。話はついたから」

「マジで!?ありがとうラクト!」


 満面の笑みを浮かべて、ラクトに感謝するカズキ。

 

「それで?幾ら払えばいいんだ?」

「いえいえ、お代は結構でございます」


 先程の従業員が、そう言ってチOオちゅーるをカズキに差し出した。


「・・・いいんですか?」

「はい。我々の宿敵である勇者を退治して下さった方への、感謝の気持ちでございます」


 以前、次元屋の商隊を襲っていた勇者二匹をカズキが瞬殺したことは、従業員の間では有名な話だった。

 その為、いつかカズキが来た時は、可能な限り便宜を図るようにとの通達が出されている。

 ラクトはただ、カズキが勇者を倒した本人だという事を伝えただけであった。

 

「やっと夢が叶う・・・」


 震える手でチOオちゅーるを受け取ったカズキは、そう呟きながら包装を開くと、一本のチOオちゅーるを取り出した。

 そして、万感の思いを込めて封を破ると、ナンシーの口元にそれを差し出す。

 カズキの指に押されて中身が少し出ると、ナンシーは匂いを嗅いでから、ペロペロとペーストを舐めた。

 

「ミャー」


 ナンシーが鳴きながら、カズキを見上げる。

 「もっと欲しい」と言っているのが、カズキでなくとも分かった。

 ナンシーのリクエストに応えて、カズキが再び指で押し出す。今度は根本から搾り出すようにすると、ナンシーの舌の動きが速くなった。

 

「おおっ!」


 目を細めて一心不乱にチOオちゅーるを味わうナンシーを見て、カズキが嬉しそうな顔をする。

 気が付けば、ラクトと従業員もナンシーに見入っていた。

 

「ナンシー、可愛いなぁ」

「ええ、そうですね。カズキ様が欲しがった理由が、よく分かります」

「ニャッ」


 そこに、匂いを嗅ぎつけたクレアも現れた。

 そして、ナンシーに割り込むようにして、クレアも一心不乱に舐め始める。


「やべぇ。二人共可愛すぎる・・・」

「あと三本あったよね!?僕にもやらせてよ!」

「私もやってみたいです!」

「出来れば私も・・・」


 クレアを追ってきたフローネとマイネも、ナンシーとクレアの様子を見て一瞬で虜になった。

 ラクトに続いて、チOオちゅーるを与えたいと立候補する。

 気持ちが分かるカズキが三人に一本ずつ渡すと、まずはフローネが封を破った。


「クレアー、こっちにもありますよー」


 その場にしゃがんだフローネに呼びかけられたクレアが、主人の方へ振り向く。

 そして、その手がチOオちゅーるを掲げているのを見て、フローネへと突進した。

 

「きゃっ」


 クレアに飛びつかれたフローネは、その場に尻餅をついた。

 そのフローネが持っているチOオちゅーるに、クレアがむしゃぶりつく。

 飼い主と同じで、食べ物の事になると、目の色が変わるらしい。

 

「ニャーン」


 そうこうしている内に、ナンシーが一本目を完食した。

 だが、物足りないのか、空になったチOオちゅーるをペロペロと舐めている。


「先輩、頼む」

「はい」


 カズキの要請に応えて、マイネが封を切る。

 途端、ナンシーの視線がマイネの持つチOオちゅーるに釘付けになった。

 マイネがナンシーにチOオちゅーるを差し出すよりも早く、ナンシーは両手で抱え込むと、一生懸命にペロペロと舐め始めた。


「はぁ・・・」


 ため息を吐いて、ナンシーを眺めるマイネ。

 気が付けば他の従業員も集まって、ナンシーとクレアの様子を見つめていた。

 それから数分後、四本のチOオちゅーるを食べ尽くしたナンシーとクレアは、満足そうな表情で毛づくろいをしていた。


「ふう、堪能したな・・・」

「「はい・・・」」

「うん・・・」


 カズキの言葉に、同意するパーティメンバー達。

 その中で一番早く現実に戻ったのは、ラクトだった。


「でも、もうチOオちゅーるが無くなっちゃったね。今回は偶々『時空の歪み』から零れ落ちてきたけど、もう一回手に入る保証はないし・・・」


 残念そうに呟かれたラクトのその言葉に、カズキが頷いた。


「確かにそうだ。チOオちゅーるを全ての猫達に行き渡らせるには、『時空の歪み』から偶然零れ落ちるのを待っている訳にはいかない。・・・ラクト、『時空の歪み』のある場所に案内してくれないか?」


 カズキの言葉に、ラクトは考え込んだ。


「うーん。案内したいのは山々なんだけど、こればっかりは難しいかなぁ。『時空の歪み』には、僕も一度だけしか行った事がないし、その時は目隠しされていたからね。正確な場所を知っているのは、商会の幹部と、冒険者ランクA以上の従業員だけなんだ」


 何故そんな事になっているのかというと、『時空の歪み』からは、時折危険な物が零れ落ちてくるからである。

 過去には、この世界にはいない魔物が現れ、相当数の犠牲を出しながら撃退した事もあったらしい。

 

「・・・そうか、従業員になればいいのか」


 まだ確実にチOオちゅーるが手に入ると決まった訳でもないのに、『時空の歪み』のある場所を知る為だけに、次元屋の従業員になろうと決意するカズキ。

 

「なぁラクト、どうすれば次元屋の従業員になれるんだ?」


 カズキがそうラクトに質問しようとしたその時、激しい揺れが皆を襲った。

読んで下さってありがとうございます。

面白いと思っていただけたなら、ブクマ、評価をして頂けると、嬉しいし、励みになります。

感想も是非。

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