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第三十一話 VSキマイラ

 トロールを倒し、休憩を取った一行は、その後も順調にダンジョンを攻略していた。


「結構奥まで来たね。そろそろ終点かな?」

「多分な。時間的にもそろそろだろう」


 現在午後三時。実力のあるパーティなら最奥に到達してもおかしくない頃合いである。


「結局罠も大して無かったしね。魔物は結構いたけど」


 その中で一番強かったのがサイクロプスだった。

 カズキの出番は最初のゴブリンだけで、後はナンシーやクレアと見学していただけである。


「突貫で作ったみたいだからな。罠まで用意するのは厳しかったんだろう」

「罠はともかく、魔物の数は凄いですね。これだけ連続で戦ったのは初めてです」

「雑魚ばっかりだけどな」

「それはカズキの基準でしょ。僕らには脅威だよ」

「そうかぁ?その割には余裕そうな顔してるぞ」

「それはカズキのお陰かな。何も気にしないで休憩を取れるのは大きいよ」

「後は魔剣にしてもらったのもありますね」

「確かに。魔力を節約できるのも魔剣にしてもらったからだしね」

「はい。それに装備が軽いです」


 それ以上に大きいのは、カズキの存在そのものだろう。いざとなればカズキが何とかしてくれると思えば、普段より大胆な戦い方が出来る。

 後は邪神並みの強さを持つワイバーンと間近で接した事で、感覚が麻痺しているのかもしれなかった。

 

「ん?先の方に扉が見えるね。もしかして出口かな?」


 ラクトの言う通り、前方には両開きの扉があった。

 近付いていくと、扉には「ボスがいます。気を付けてね♡」と書いてある。


「ここが終点で間違いなさそうだね」


 ♡には触れず、ラクトがクールに言った。


「ボスですか。何がいるんでしょう?」


 フローネが呟くが、当然のように誰も分からなかった。


「少なくとも、トロールよりは強いんじゃないかと」

「ですよねー。そうなるとAランクが戦うような魔物?」

「Aランクというとワイバーンか」

「それは特殊な奴。Aランク以上の魔物は、最低でもAランクじゃないと死ぬよ?っていう意味だから。個体差も大きいし」

「そうなのか?」

「はい。Aランクの魔物と一対一で戦って勝てば、Sランクに昇格出来ると言われています。そんな人は数人しかいませんが」


 カズキは興味がなかったので知らない事だが、冒険者ギルドに登録する前にワイバーンを単独で倒していたため、異例のSランクスタートであった。


「因みに誰?」

「ソフィア様、ジュリアン様、クリスさん、エルザさん、カズキさん。ですね・・・」


 言ってて何かがおかしいと思い始めたマイネであった。


「うわ、見事に身内ばっかり」

「ホントだ。ランスリードは異常だな」

「他の人もカズキにだけは言われたくないと思うよ?」


 ラクトが尤もな事を言ったが、カズキはどこ吹く風である。


「まあいいや。それよりも準備はいい?」


 ラクトの言葉に全員が頷いた。


「俺が扉を開けよう。三人共、頑張れよ」


 カズキが扉を押し開くと、そこは円形になっている空間だった。

 五メートル程の高さの壁に囲まれており、上には客席のようなものがある。


「ここは・・・、闘技場?」


 マイネだけはその場所を知っていた。

 学院に付属する施設の一つで、トーナメントや試験に使われる場所である。

 

「やはり君たちが最初だったか」


 上から声が聞こえた。見ると、客席にはジュリアンとエルザとクリス、他、数人がいた。


「ジュリアンは良いとして、二人は何でここに?」

「救助要員よ」

「成程」

「何しろ初めての試みだったからな。万全を期すために、二人に協力してもらったのだ」

「それならサイクロプスはまずかったんじゃねーの?」

「ああ、彼らか。引き返せばいいのに勝負を挑んだらしいな。素振りばかりしてる彼らにはいい薬になっただろう」


 どうやら事情を知っているらしい。


「別に全てを倒せと言ったわけでも無いし、死んだらそれは彼らの責任だ。ここはそういう場所なのだから」

「そりゃそうだ」

「最近この学院のレベルが落ちているからな。特にこの二年は卒業した者が一人もいない。そこで考えたのがこのダンジョンだ。依頼を受けずに素振りばっかりしてる奴も、ここに放り込めば戦うしかないだろう?」

「それが嫌なら依頼を受けろという事か」

「そうだ」

「それは分かったが、何故それを今話す必要がある?」

「そのうち魔物の調達依頼を出すかもしれないからだ」

「そーいう事か」

「そういう事だ。さて・・・」


 そこでジュリアンが言葉を切った。


「ここまで到達した時点で、諸君には単位が三与えられる。これは言うまでもなく成績がトップだからだ。そして、ここからはボーナスステージだ。受けるかどうかは君たちで決めてくれ」

「「「「ボーナスステージ?」」」」


 四人の頭上に?マークが浮かぶ。


「そうだ。以前どこかの冒険者に依頼したら、とんでもないものを捕獲してきたことがあってな。正直この学院では、君たち位しか相手出来ないと思う。それを見事倒せば追加で単位を三、合計六与える事にした。

どうだ?受けるか?」


 カズキ以外の三人は顔を見合わせた。


「どうしよう?」

「学院長の言った魔物が何なのか分かりませんが、試してみたい気持ちはあります」

「私もです。これも自分の実力を知るいい機会だと思いますし」

「決まりだね。受けます!」

「こちらが言うまでもなく、カズキを外して考えたのか。良い覚悟だ。宜しい、では始めよう!」


 ジュリアンが芝居がかった声でそう言うと、カズキたちが出てきた扉とは逆の方にあった巨大な扉が開いた。

 そこから現れたのは、体長三メートル程の、ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つ、何とも奇妙な魔物だった。


「キマイラ!しかもデカい!誰がこんなのを生け捕りにしたの!?」


 ラクトが叫ぶが、答えは分かり切っていた。


「多分俺だな。顔は猫っぽいけど他で減点だ。さっさと退治してくれていいぞ」


 張本人はそう言って、ナンシーとクレアを撫でた。


「キマイラですか・・・。確か炎を吐いたはずです。尻尾の毒は猛毒で、噛まれると十分以内に死ぬとか。後は魔法を使う個体もいたと思います」


 マイネは冷静だった。慎重に剣と盾を構えて様子を伺っている。

 その隣にフローネが立った。やはり盾を構えている。


「私も前に出ます。マイネさん一人では厳しいでしょう?」

「・・・助かります」


 それは本心だった。一人で蛇とライオンの攻撃を捌くのは、厳しいと思っていたからだ。

 それを察して前に出てくれたフローネに、マイネは感謝した。

 と、キマイラが動いた。何故かカズキの方へ。


「GRUAAAAAAA!]


 咆哮を上げて襲い掛かるキマイラに、カウンター気味に蹴りが繰り出される。

 真下から顎を蹴り上げられて、キマイラは一回転半してから動かなくなった。


「「「「「・・・・・」」」」」


 その場に降りる妙な沈黙。

 やがて言葉を発したのはジュリアンだった。


「・・・死んだのか?」


 ピクリとも動かないキマイラを指さし、カズキに聞いた。


「さあ?」


 言いながらキマイラを足でつつくと、反応があった。


「生きてるみたいだな。それにしても、なんで俺の方に来たんだ?」

「・・・もしかしたら、カズキに捕まった事を覚えていたのかもしれないな」

「それか、一番強いやつを真っ先に潰すつもりだったとか?」

「それでやられてたら世話ねーな」

「全くだ。期待外れもいいとこだぜ」


 倒れているキマイラを前に、言いたい放題のカズキとクリス。

 一方のラクトとマイネは、唖然とした表情のまま固まっていた。


「どうしたんですか?」


 フローネが不思議に思って声を掛けると、ようやく我に返った。


「・・・なにアレ、意味わかんないんだけど」

「蹴りで・・・、たった一発の蹴りでキマイラを沈めるなんて・・・。私は夢でも見ているのでしょうか?」


 カズキの非常識な行いに、常人の感性を持った二人は未だに混乱していた。


「それでどうするんだ?このまま続けるのか?」

「・・・どうする?」


 対戦予定だった三人にジュリアンが確認する。


「なんかやり難いなぁ」

「それもそうですが・・・。危ない!」


 咄嗟にマイネが翳した盾に、尻尾の蛇が激突した。ラクトを狙っていたらしい。


「助かったー。ありがとう先輩」

「いえ」

「どうやら向こうも続ける気があるようだな。カズキは客席に」

「分かった」

 

 ナンシーとクレアを抱えて、カズキが空中を歩いて客席に入った。

 そこには、未だに硬直している数人の男の姿があった。


「誰?」

「冒険者ギルドのマスターと、うちの教官だ。カズキの素性は知っている」

「ふーん。なんでギルドマスターがここにいるんだ?」

「学園とは協力関係にあるからな。後はランクの見極めも頼んである。フローネがGで、ラクト君がDというのは、いささか評価が低すぎると思わないか?」

「そういう事か。フローネは登録したばっかりでランクが低い。ラクトは自分の実力に気づいてない。だからここで一気にランクを上げて、自信をつけさせると」

「その通りだ。サイクロプスを倒したんだろう?あれを倒せるのは、三年生の一部位だ」


 その言葉で、ジュリアンがフローネとラクトに期待しているのが分かった。


「学院長が特定の生徒に肩入れしていいのか?」

「問題ない。最初にここに着いたパーティに同じことをしようと思っていた」

「さっきと言っている事が違うぞ」

「さて、なんのことやら」


 二人が話をしているうちに、キマイラが立ち上がった。

 ダメージが残っているのか、若干ふらついていたが。


「カズキの蹴りが効いてるみたいね」

「回復してやれば?」

「やーよ。私、蛇って嫌いなの。それに、自業自得でしょ」


 無責任な観客の声に反応してキマイラがそちらを見るが、カズキと目が合って怯えたように視線を戻した。


「可哀そうに、すっかり怯えちまって・・・」


 クリスがわざとらしく言った。


「じゃあ慰めてくれば?惚れてくれるかもしれないわよ?」

「勘弁してくれ。・・・そろそろ始まるぞ」


 その言葉通り、キマイラが口を開けた。そこから放射状に炎のブレスが吐き出される。

 これにはフローネが魔法で対応した。


「【ホーリーシールド】!」

 

 神の加護による盾が、キマイラのブレスを完全に防ぐ。

 

「あの子、今日一日で随分成長したんじゃない?」

「だな。魔法の使い方を覚えたんだろう。やっぱり訓練と実戦じゃあ違うからな」

「初っ端からゴブリンを撲殺してたぞ?何の躊躇いもなく」

「マジ?我が妹ながらすげえ度胸だな」


 外野の声をよそに、戦いは続く。

 ブレスを防がれたキマイラは、その巨体を生かしてマイネに躍りかかった。

 カズキのような真似ができるはずもなく、マイネは飛び退って躱す。

 そこに毒蛇の尻尾が襲い掛かって来るが、先程と同じように盾で防いだ。


「【ウィンド・カッター】!」


 一瞬の隙をついて、ラクトが魔法を放つ。だが、キマイラの背にいつの間にか現れていた、山羊の頭が魔法の障壁を張って防いでしまった。


「うわ、魔法を使う奴だった!」

「厳しいですね。山羊の頭は独立して魔法を使います。尻尾だけでも厄介なのに・・・」

「私が盾役に徹すれば、暫くは時間を稼げます。その間にどちらかを落としましょう」


 フローネの提案に、二人は少し考えてから頷いた。


「お願いできますか?その間に私は尻尾を落とします」

「僕は何とか足止めしてみるよ。そうすれば先輩が動きやすくなる」


 作戦が決まり、フローネがキマイラの正面に立った。

 ラクトはそのやや後方に、マイネはキマイラの後ろへ回り込もうとする。


「さて、上手くいくかしら?クリスだったらどうする?」

「愚問だな。正面から切り伏せる」

「聞いた私が馬鹿だったわ。カズキも似たようなものでしょうし、ジュリアンは?」

「私か?魔法で焼き尽くす」

「参考にならないわね」

「そういうエルザはどうするんだ?」


 ジュリアンに聞かれたエルザは胸を張った。


「あんたたちの誰かにやらせるわ」

「一番酷い答えだな」

「だって、面倒だもの」


 そんな話をしていると、フローネが動いた。

 盾を構えたまま、一直線にキマイラに向かっていく。

 

「やあ!」


 そして、力任せにメイスを振り下ろした。

 キマイラは一歩下がってあっさり躱すと、フローネの喉笛を噛み千切らんと、ライオンの頭で襲い掛かる。

 態勢を崩したフローネだったが、上手く盾を使って攻撃を受け止めた。それどころか魔法で反撃も試みる。


「【シャイン・インパクト】!」


 光り輝く衝撃波が放たれ、キマイラに直撃。その威力にキマイラはふらついた。


「すげー度胸だ。経験を積めば一人でも倒せるかもな」

「フローネは魔力も高いしな。この間ワイバーン食ったし」

「思い切りの良さは誰に似たのかしら?でも、無理な態勢で攻撃を受け止めたから、手と足を痛めたみたいね。まあ、自分で治せるからこそ無茶をしたんでしょうけど」

「無謀な所はクリスにそっくりだな。そんな所に影響されなくてもいいのに・・・」

「あ?それはどういう意味だ?」

「そのままの意味だ。お前の無謀さは親父の遺伝だろう」

「土下座もだろ?」

「そうだな。細部まで寸分違わぬ見事な土下座だ」

「お金がないのもそうよね」

「「確かに!」」


 三人に滅多打ちにされて、クリスは灰になった。だが、誰も気を払う事はない。闘技場の方が重要だからだ。

 

「【クラック】!」


 ふらついたキマイラの足元が崩れる。ラクトの魔法だ。

 亀裂に足を挟まれ、身動きが取れない所にマイネが横から襲い掛かった。狙いは蛇の尻尾だ。


「はあっ!」


 気合の声と共に斬り付けるが、山羊の頭の魔法によって、またも防がれてしまう。

 好機とばかりに蛇がマイネを襲うが、その隙をラクトは見逃さなかった。


「【ウィンド・スラッシュ】!」 


 蛇がマイネに襲い掛かる直前に、風の刃が見事に尻尾を切り落とした。


「【フレア・バースト】!」

 

 すかさずマイネが尻尾を燃やし尽くした。切り離されても暫くは蛇が動くからだ。


「「「「おおー!」」」」


 見事な連携に無責任な観客からの拍手が上がるが、戦っている三人の耳には届いていなかった。


「ラクトさん、助かりました。これで少し楽になりましたね。フローネさん、怪我は大丈夫ですか?」

「はい。魔法で治しました」

「それは良かった。二人とも、魔力は?」


 ラクトの問いに、二人は微妙な顔をした。


「思ったよりも残っていません。そんなに魔法を使った訳でもないのに・・・」


 フローネが首を傾げる。


「強敵との戦いのせいですね。私はまだ大丈夫ですが、戦いながらだと大きな魔法は使えません。まだまだ修行が足りないようです」

「僕も立て続けに使ったせいで限界が近い。山羊の魔法は厄介だなぁ」

「クリスさんやカズキさんなら障壁ごと切り裂くのでしょうが、私には無理ですね」


 魔剣を持っているとはいえ、キマイラの魔法は強力だった。マイネの技量では障壁を切り裂く威力は出せない。


「身体強化とか言ってたっけ。その応用で、確か魔力を剣に乗せるってカズキは言ってた様な・・・」

「魔力を剣に?」

「イメージの問題だと」

「お兄様は気合と言ってました」

「付与とは違うんですよね?」

「違うらしいです」

「・・・いずれにしろ、今の私には難しそうです。それ以外の方法を考えましょう」


 そうは言ったものの、誰にも名案は浮かばなかった。


「ありゃ。これは厳しいか?」

「ラクト君とフローネの魔力が底をつきそうだな。あれでは大きな魔法は使えて一回か」

「クラックって魔法が消費がでかいな。これは制御の問題か」

「仕方あるまい。今までの彼では使えなかった魔法だ。ぶっつけ本番で成功させて、キマイラの動きを止めたんだ。よくやっているよ」


 キマイラは亀裂から足を抜こうともがいている。戦っている三人が動かないので、警戒は山羊に任せて自由を取り戻す事を優先していた。


「こうなったらアレしかありませんね」


 フローネがぼそりと呟いた。


「「何か手が?」」

「手というかクリスお兄様に昔教わったんですが・・・」


 その言葉にマイネは期待に満ちた表情を、ラクトは不安そうな顔をした。

 

「嫌な予感がする・・・」

「それで、クリスさんは何と?」

「それは・・・」

「「それは?」」

「困ったときは力押し!です!」


 その言葉に爆笑する観客(-クリス)。


「笑うな!間違ってないだろ!?」

「ククッ。ある意味そうかもしれねーけどさ。フローネに教える事か?」

「全くだ。だがこれではっきりしたな。何故クリスが力押ししかしないのか」

「いつも困ってるものねー。・・・お金とか」


 エルザが最後に付け加えた一言に、また笑いが起こった。


「いかにもクリスさんが言いそうな事だ。とはいえ、打つ手が無いのも事実だし」


 ラクトはそう言いながら、護身用のショートソードを取り出した。


「・・・そうですね。幸いキマイラは自由に動けません。この際防御に魔力を使わずに、全て攻撃に回すというのも手ですね。怪我はエルザさんに治して貰いましょう」


 マイネとフローネもそれぞれの武器と盾を構える。

 カズキが魔剣にした装備に、防御を委ねる決断をしたらしい。


「魔剣だから出来る戦法だな。あれなら致命傷は負わないかもしれん」

「失敗したら嬲り殺しにされそうだけどな」

「そうなる前に私たちが介入するけどね。それも見越してるんでしょうけど」

「元々無理ゲーだからな。アリっちゃアリか」


 むしろ、ここまで良くやったと褒めてもいい程の健闘ぶりである。

 三人の雰囲気が変わったのを、キマイラも察した。


「GOAAAAAAAAAAAAAA!]


 獅子の頭が炎を吐き出す。同時に山羊の頭も炎の魔法を使う。

 二つが合わさり、極大の炎となって三人を襲う。


「「ラクトさんは私たちの後ろに!」」


 言われるまでもなく、ラクトは素早く二人の後ろに隠れた。ショートソードでは防ぎようがなかったからだ。


「今度盾と鎧を買おう。魔剣なら軽いし。女性二人のお尻に隠れるのは恥ずかしい」


 ラクトはそう決意を固めた。

 その女性二人は、身を寄せ合って隙間を塞ぐ。それでも間に合わずにあちこち火傷してしまった。


「水系統の魔法が使えないのは辛いですね。適正のない自分が恨めしい」


 マイネは加護を持っていた。これは生まれつきのもので、髪の色等に反映される。

 マイネの紅い髪は炎に対する適正が高い事を現わしていた。その代わりに対抗する水属性には一切の才能がない。

 

「お返しです!【フレア・ストーム】!」


 キマイラの炎が収まった瞬間に、今度はマイネが炎の嵐をお見舞いした。

 

「【トルネード】!」


 そこにラクトが魔法を追加する。風に煽られたマイネの魔法は、先程のキマイラの炎にも負けない程の威力となって襲い掛かった。


「おおっ!合体魔法だ!」


 カズキが嬉しそうな声を上げる。  

 思わぬ反撃を受けたキマイラは、障壁を張って体中を覆った。

 魔法の効果が続いている内にと、三人は散開してキマイラを取り囲んだ。


「・・・もしかして袋叩き?」


 カズキの予想は当たっていた。

 魔法が切れた瞬間に、三人は一斉に手にした武器で攻撃を始めた。


「くらえ!」

「はっ」

「やあ!」


 三方向からの同時攻撃に、山羊の頭は障壁を維持するしかなかった。

 

「キマイラの魔力が尽きるのが先か、三人が疲れるのが先か。凄い賭けに出たな」

「障壁を解除しないと、ライオンは攻撃できないものね」

「ミャーオ」


 不意に隣から鳴き声が聞こえた。クレアが落ち着かない様子でフローネとカズキを交互に見ている。

 何故かキマイラの正面から攻撃しているフローネを心配しているようだ。


「フローネが心配か?クレアは優しいな。大丈夫だからな?」


 カズキに撫でられて、クレアは多少落ち着きを取り戻す。

 ナンシーは戦いそのものに興味なさそうだった。エルザの膝の上でスヤスヤと眠っている。


「ナンシーはマイペースだな。やはりカズキが傍にいると違うようだ」


 ジュリアンは、カズキとナンシーが離れ離れになった時に、落ち着かない様子でうろうろしたり、一日中鳴いていた事を思い出していた。

 禁断症状が出たのは、カズキだけではなかったという事だろう。


「キマイラの障壁が弱くなってきたな。三人の攻撃で魔力を削られているようだ」


 ジュリアンの考え事は、カズキの声によって中断された。


「賭けに勝ったな。問題はキマイラに攻撃が通じるかどうかだが」

「そうね。キマイラもただ防御してたわけじゃないし」

「足を抜いたのか。流石にAランクの魔物は抜け目がない」


 クリスの目はキマイラの足元に向いていた。


「どっちにしろ三人の体力も限界だ。・・・そろそろか」


 ジュリアンはそう言って立ち上がった。エルザとクリスもそれに倣う。

 その時、障壁が切れてキマイラが自由になった。


「GWOOOOOOOOOOOO!」


 獅子の頭が雄叫びを上げ、まずはフローネから仕留めようと大きな口を開ける。

 そして、炎と同時に突進し爪を振り上げた。


「「フローネさん!」」


 ラクトとマイネが悲鳴を上げる。

 その瞬間。フローネは体を沈め、盾で炎を防ぎながら魔法を見舞った。


「【シャイン・インパクト】!」


 同時メイスを下から上へと振り上げる。

 獅子の顎に魔法は直撃し、遅れて振り上げられたメイスも同じ箇所にヒットした。


「「「「なっ!」」」」


 観客から上がる驚きの声。

 カズキが蹴りでやった事を、フローネは魔法とメイスで再現して見せたのだ。

 同じ箇所に立て続けにダメージを貰い、キマイラは倒れはしなかったが、かなりふらついている。 

 好機とばかりにラクトとマイネが獅子と山羊の頭に剣を突き刺した。

 そしてすかさず飛び退り、魔法を発動する。


「【トルネード】!」

「【フレア・ストーム】!」


 先程と同じ魔法がキマイラを襲う。但し、魔力が少ないせいで、威力は先程とは比べるべくもなかった。


「頼む!」

「お願い!」


 魔力が尽きた二人の祈りの声も空しく、キマイラは立っていた。

 

「ダメか・・・」

「後一歩だったのに・・・」


 二人はそう言って意識を手放した。

 

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