第二百七十四話 カズキ、事件解決に乗り出す
「頼み、が、ある」
広域探知による連続殺人事件の手掛かりを掴む作戦が失敗したジュリアンは、執事に支えられるようにして、城内のある男の部屋を訪ねていた。
一緒に作戦に参加したソフィアとアレクサンダーが頭痛でのたうち回っている中、わざわざその男の部屋に足を運んだのは、彼が承認した作戦に失敗した挙句、新たな犠牲者を出してしまった責任を感じているからに他ならない。
更に言えば、三人で絶え間なく監視していたのにも関わらず、全く手掛かりが得られなかった事から考えると、犯人は自分たちの能力では及ばない実力を有している可能性がある。
そんな相手を探し出し、かつ打ち倒す実力を持っているのは、ジュリアンの知る限り一人しかいなかった。
「随分と無茶したみたいだな。頼みってのは、その酷い面をしている事に関係しているのか?」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・。ああ」
一国の、それもこの世界で一番強大な国家の第一王子に対し、ぞんざいな態度を取る少年。それを執事もジュリアンも咎めることすらしないのは、その男が人知を超えた能力を有している事を知っているからだ。
「それで? 三人掛かりで王都を一日中監視してたみたいだが、何があったんだ?」
ジュリアンは、まるでその場にいたかのような男の言葉に舌を巻いた。それもその筈で、男が自分の部屋の戻ってきたのはつい先程の事だ。それは、城中の猫たちが一斉に男の部屋へと駆け出して行った事からも間違いのない事実だった。
「例、の吸血鬼、だ。この二、週間、衛視、だけでなく、騎士、まで動員し、て犯人、を捜し、たが、犯人、の痕跡すら、見つからなか、った。そこで昨日、から、今日に掛け、我々三人、で王都を、監視した、が、手掛かり、は掴めず、新たな犠、牲者が出て、しまった、のだ」
「そんな話もあったな。そうか、まだ解決してなかったのか・・・・・・」
「なるべ、くなら自力で、解決したかっ、たが、相手は我々、の力が及ば、ない存在、のようだ。一度、は協力を断った、のに申し訳ない、が、力を貸し、て貰えない、だろうかっ?」
「いいぞ」
「助か、るっ」
その言葉と同時にジュリアンの身体から力が抜ける。それを訝しんだ執事がジュリアンの顔を覗き込むと、そこに苦痛の色はなく、安らかな顔で眠っていた。
「余りの頭痛に眠る事さえ出来ないようでしたが・・・・・・。もしかしてカズキ様が?」
「ええ。一瞬の【探知】なら気絶で済んだのでしょうが、交代で発動したとはいえ一日中ですからね。頭痛が収まるまでは、強制的に眠ってもらう事にしました。寝てる間は頭痛を感じる事はありませんから」
「それはお気遣いいただき有難うございます。では、私は殿下を寝室にお連れしますので、これにて失礼させていただきますね」
執事はそう言うと、豪快にジュリアンを肩に担いで去っていった。普通なら人を呼んで慎重に運ほうと考える所だが、幼い頃からやらかすジュリアンの世話をしていた彼の辞書に、『遠慮』とか『配慮』という言葉は存在していないのである。
「ニャー」
「ありがとう。気をつけてな」
「ミャーン!」
ジュリアンに犯人捜しを頼まれたカズキは、闇雲に【探知】を使うなどという事はせず、王都中にいる猫たちに聞き込みをするという手段に出た。
「カズキさん! 猫ちゃん達はなんと!?」
「数匹の虻がどこからか飛来して人間を襲ったらしい。そして”食事”を終えると数を増やして、そのまま飛び去ったそうだ」
カズキはどこから聞きつけたのか、彼が事件解決に乗り出したと知って押しかけて来たフローネに、猫たちの話をそのまま聞かせる。
というのも、フローネは小説を書いている関係で様々な本を読んでいるため、各地の伝承や魔物に詳しい。特に魔物に関しては食欲と直結しているので、記録にある全ての魔物は網羅していると言っても過言ではない程の知識量を誇る。そのため、何かしらの手掛かりが得られるのではないかと期待したのだ。
「虻。そして食事を終えたら増えるですか・・・・・・」
呟いたフローネは、少し考えると『次元ポスト』から分厚い本を取り出す。そうして無言で本をパラパラとめくると、少しして目当てのページが見つかったのか、ナンシーとクレアに遊んでもらっていたカズキを呼んだ。
「見つかったのか?」
「はい。多分ですけど・・・・・・」
フローネはそう言うと、カズキに広げているページを見せる。
「ベルゼブブ? 蝿の王と言われている悪魔か・・・・・・」
「はい。母、兄、そしてアレクサンダーの三人掛かりで【探知】しても手掛かりがなかったという事が気になったんです」
「成程。悪魔に生半可な魔法は通用しないから可能性はあるな。しかし、悪魔の名前が載っている本なんて存在してたのか?」
以前、『時空の歪み』から悪魔の軍団が侵攻してきた時、悪魔の名前など誰も知らなかった。古代魔法王国を滅ぼす切欠となった悪魔の事も、単に『悪魔』としか呼称されていない。それまでは悪魔なんて存在そのものが知られていなかったのだから、当然の話だった。
「カズキさんが魔王を倒してから暫くして、『時空の歪み』から零れ落ちてきたそうです」
「そういう事か」
次元屋の地下にある『時空の歪み』からは、異世界の様々なものが零れ落ちて来る。現在はフローネが所有している本も、そういう経緯で齎されたものだったらしい。
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