第二百六十八話 ラクト、実家に帰る
「ただいま」
いつもは客として『次元屋』を利用するラクトが、久しぶりに店の裏口から戻る。ここには従業員専用の宿舎があり、ラクトの家族もこちらに住んでいるのだ。
「おかえり!」
「おかえり!」
「お帰りなさい!」
いつもは店の入り口から入る為、店員と客の関係だが、今日はプライベートなので従業員も親し気にラクトに声を掛ける。『次元屋』の跡取りなのに誰も敬語を使わないのは、従業員全員が家族のようなものだからだ。
「おう、聞いたぜ坊ちゃん! Sランクになったんだってな! 『次元屋』創業以来、初の偉業だって、社長が大喜びしてたぜ!」
そんな中、一際大きい声で声を掛けてきたのは、以前、ラクト達がグリフォン退治の依頼の帰り道、勇者二人が率いる野盗に襲われていた際、『次元屋』の隊商のリーダーを任されていた。30過ぎの男だった。
「そうなの? なんか想像つかないなぁ」
「マジだって! 今日はその報告に来たんだろ? 早く行ってこいよ! 社長、坊ちゃんが帰ってきたらお祝いするんだって、珍しい食材とかを仕入れてたんだからな! だからサッサと報告に行ってこい! じゃねえと、美味い酒が飲めねえだろうが!」
「はいはい」
欲望を隠しもせず、追い立てるかのようなリーダーの言動に苦笑しながら、ラクトは社長室に向かう。
途中、すれ違う従業員達と親しく挨拶を交わしながら奥へと進むと、程なくして社長室に辿り着いた。そしてノックをしようとしたところで勝手にドアが開いたかと思うと、中からがっしりした体格の男が姿を現す。『次元屋』の社長にしてAランク冒険者。そしてラクトの父親であるバイオ・フェリンその人だった。
「おー、ラクト! 良く帰ってきた! さ、そんなところで突っ立てないで、入った入った!」
「う、うん。ただいま?」
見た事が無いほどに上機嫌なバイオに戸惑っていると、室内にいたもう一人が、笑ってラクトを手招きしているのに気付く。『次元屋』副社長にして、ラクトの母親であるイムノ・フェリンだ。
「おかえり、ラクトちゃん。Sランクになるなんて頑張ったわねー。偉い偉い」
「ありがと。後、ただいま。それで、父さんのこの様子は一体?」
褒めながら頭を撫でる母にされるがままのラクトは、未だ上機嫌のまま、いそいそとラクトのお茶の支度を始めた父を見て、胡乱な目をする。ラクトの知る父はいつも冷静で、浮かれた様子など一度も見た事がなかったからだ。
「勿論ラクトちゃんがSランクになったからよ。あなたが帰ってきたって話を聞いてから、ずっと部屋の中をウロウロしてたんだから。よっぽど嬉しかったんでしょうね」
「そうなんだ・・・・・・」
「これまでは『強い父親の背中を見せるんだ』とか言って、ラクトちゃんの前では厳めしい顔をしてたけど、ラクトちゃんが自分より上のSランクになったから、もう演技の必要はないと思ったんでしょうね」
「え!? 全部、演技だったの!?」
「そうよ。ラクトちゃんがいない時と、商談以外ではいつもあんな感じよ。知らないのはラクトちゃんだけよ」
「そうなの!?」
と、ラクトが衝撃を受けていると、お茶の用意を終えたバイオが戻ってくる。そして、手ずから紅茶を三人分注ぐと、ニコニコしながらラクトの対面に座った。
「いやー、目出度い! お前は母さん譲りで昔から頭が良かったから、遠からず大成するとは思っていたが・・・・・・。まさかSランクになっちまうとはな! いや、よくやった! お前は自慢の息子だ!」
「あ、ありがとう・・・・・・」
やはり慣れないなと思いながら答えを返したラクトは、気まずさもあって早々に本題に入る事にした。
即ち、来年早々に学院を卒業する事と、ジュリアンから講師を引き受けて欲しいという要請があった事。そして、卒業したら本格的に受ける予定だったが、それは来年早々に始める予定なのか? という事だ。
「そうだな。まず、来年早々に卒業する事は、ジュリアン殿下に話を聞いている。当然、講師の件もな。その上で答えるが、講師の件は是非受けてもらいたい。店を継ぐための教育は、学院が軌道に乗ってからだ」
「・・・・・・それって、『次元屋』が新しい学院に出資してるって事?」
ラクトが言葉の裏にある事情を読み取れた事が嬉しかったのか、バイオはニヤリと笑って肯定すると、理由を説明し始めた。
「『次元屋』には自前の従業員がいるとはいえ、それで全てを賄えるほどじゃない。何しろ世界中に支店があるからな。当然、時には現地の冒険者を雇わなければならないんだが、ランスリードは兎も角、他の国には魔物が沢山いる。そして、騎士団に被害出ている現状、国はギルドに魔物の討伐依頼を出すわけだ。勿論、報酬を割高にしてな。そんなわけで他国の『次元屋』支店は、休業して魔物討伐に精を出してる最中だ」
幸いなのは、初代勇者のお陰で食べられる魔物がわかっているから、飢える心配は無いという事だ。まあその分、生きる事に必死なので、『次元屋』の商品を買う余裕がないわけだが。
「成程。だから講師の話を受けろという事か。冒険者が増えて邪神復活前の状態に戻れば、昔の様に商売が出来るようになるから」
「そういう事だ。ついでに有望そうな人間には声を掛けてくれ。ジュリアン殿下には許可を取ってあるからな」
そう言って、ニヤリと笑うバイオ。流石に商売人だけあって、元を取る事は忘れていない様だった。
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