第二百六十三話 カレン、豹変する
「ミャー」
「タングリスニとタングニョースト。レベルは700。骨と皮が残っていれば次の日に雷を浴びせれば復活するが味は普通」
31層目から40層目に現れたモンスターは、タングリスニとタングニョーストという名の、戦車を引く山羊だった。
戦車に乗っているのは雷を操るサンダージャイアントという珍しいモンスターだったが、興味のない一行はこれをスルー。10分もしない内に41層目へと足を踏み入れた。
「ここからは洞窟か・・・・・・。ん? どうした? おっちゃん」
41層目に入った途端、キョロキョロしたり、地面を触ったりと忙しなくなったエグベルトに、カズキが声を掛けた。
「・・・・・・いや。気の所為かも知れねえんだが、ここがプラチナダンジョンだった時の洞窟エリアに似ていてな。そうだとしたら、アマルテイアがいてもおかしくねえと思ってよ」
「山羊なのに洞窟に住んでるのか?」
「これまでにアマルテイアを発見した冒険者は、口を揃えてそう言っていたな。俺は見た事は無いが、親父が若い頃に一度だけ見た時も洞窟エリアだと言っていたから、可能性は高いと思うぜ」
「成程。なら期待できそうだな」
カズキはエグベルトの言葉を信じる事にした。長い間このダンジョンに潜り続けていた経験と勘が、この階層が前のダンジョンと似ていると言わせたのだと、自身の経験から分かったからだ。
「見つけたぁ~」
その考えが正しい事が証明されたのは、洞窟エリア最後の50層目に足を踏み入れた直後の事。それも不思議な事に、魔法で探したカズキより僅かに速く、カレンが声を上げたのだ。
吸血鬼が血の匂いに敏感なように、彼女はミルクの匂いに敏感なのである。
「マズいな」
一方、少し遅れて発見したカズキには、壁を背にした傷を負っているアマルテイアと、それを半包囲しているモンスター達。そして、その後方でニタニタ笑っている、モンスター達のボスと思しき存在が映っていた。
幸いと言っていいのかは分からないが、モンスターは嬲るように攻撃を加えている為、今のところは命に別状はない。とはいえそれもモンスターの気分次第であるため、カズキは即座にアマルテイアの元へ【テレポート】した。
「メ˝ェェェェェェ!」
【テレポート】して最初に耳に入ったのは、アマルテイアの悲鳴。見れば胸元がざっくりと切り裂かれており、血がダクダクと流れ落ちていた。
「大丈夫ですかっ!?」
そう叫んで駆け寄ったフローネにアマルテイアの事を任せ、カズキは襲撃者の姿を改めて確認する。そいつらは黒山羊の頭と黒い翼を持つ、人型のモンスターだった。
というのも、アマルテイアの悲鳴を聞いた瞬間、
「死になさい」
という言葉と共に表情を冷たい物に変えたカレンが凄まじいスピードで接近し、手刀で包囲を形成しているモンスター達の首を次々と刎ね飛ばしたからである。
「ミャー」
「バフォメット。レベル1000。喰えない。悪魔」
同時に【食材鑑定】したクレアが、死んだモンスターの情報を、カズキを通してカレンに教える。まあその頃には、残る魔物はボスっぽいモンスター一匹になっていたのだが。
「ミャッ!」
その結果を予想していたクレアは、気にする事無くボスっぽいモンスターを【食材鑑定】する。その結果は、
「サタナキア。レベル2000。バフォメットの上位種」
というものだった。これに驚いたのは、カレンの事を良く知らない、カズキのパーティメンバー達である。
「えっ? バフォメットでレベルが1000あるの? それをたった一人で10匹以上を瞬殺って・・・・・・。レベル幾つあるんだろう?」
「クリスさんは別格だとしても、ランスリードの王族方のレベルはアーネスト殿下の600が最高だったと思います。勿論これは素の能力なので、魔力操作やヒヒイロカネを使えばカレンさんの様にバフォメットも相手にならないと思いますが・・・・・・」
「マイネの言いたい事はわかる。カレンさんは、それらを使っている気配がなかったというのだろう?」
「はい」
劣化【フィジカルエンチャント】の指輪を使った魔力操作の特訓を行っているお陰で、他人の魔力の流れをなんとなくだが理解できるようになったラクト達。その成果か、一連の蹂躙劇をなんとか目で追っている時に気付いたのは、カレンの魔力が普段の様子と全く変わっていない事だった。
「グギャアアアアア!」
そんな話をしているラクト達の耳に、サタナキアの断末魔の叫びが届く。慌てて彼らがそちらに意識を向けると、カレンが
「うるさい」
と言いながらサタナキアの頭を握りつぶすところだった。
「・・・・・・うん。これはアレだね。どっちかと言うと、カズキ達の側に足を突っ込んでる感じだね」
サタナキアを倒した瞬間にいつもの緩い雰囲気を取り戻し、心配そうな表情でフローネが治療したアマルテイアの元に駆け寄るカレンを見てラクトが呟くと、仲間たちはコクコクと頷く。
カズキ達の異常性に慣れている彼らは、少々の事では動じない、鋼の精神を獲得しているのだ。
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