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第十八話 弟の喧嘩に口を出す姉

 少し歩いたジュリアンは、冒険者ギルドの前で立ち止まった。そして、カウンターで職員と何事か会話を交わすと、こちらを向いて言う。


「皆、こちらに来てくれ。ライセンスを発行する」

「ライセンス?持ってるけど」

「僕も持っています」

「そうだったな。だが、この学院ではライセンスが学生証の変わりになる。古いライセンスを渡して、新しい物を受け取ってくれ。これを持っていれば、ギルドに協賛している店では学割が利くぞ?」

「本当ですか!凄く助かります。・・・あー!」


 突然叫んだラクトに驚いたジュリアンは、若干仰け反りながらも、冷静さを取り繕って聞いた。


「・・・どうした?」

「次元ポスト買うの急がなくてもよかった!」

「いつ買ったのですか?」

「昨日・・・」

「うわー、お気の毒様。実家に嵌められるとはなー」

「・・・うちの店って、次元ポストを持ったら一人前なんだよね。それで、学院に入学できる人は、一括の支払いじゃなくて、ローンを組んでも良いってルールがあるんだけど・・・」

「うまい事プライドを擽ってるな」

「そうなんだよ!それに、卒業した人たちが口々に、『俺も入学式の日に買ったんだ』とか自慢げに言って、僕を煽るからさ・・・」

「そいつらは、ラクトに同じ目に遭って欲しかったんだろうなー。入学すれば学割が利くから、それを知られる前にってことか」

「次元屋さんの通過儀礼の様な物でしょうか。面白い事をするんですね」

「私が入学した時にも同じ様に騒いでいた奴がいたな。伝統が受け継がれているようで何よりだ」

「くそー!僕も同じ事やってやるー!」

「・・・なあ、ラクト。そんなに騒いでて良いのか?超目立ってるぞ」


 カズキに指摘されたラクトが、恐る恐る周囲を見回すと、上級生たちがこちらを見て小声で話をしているのが分かった。

 そして、それぞれが紙を取り出して、何かを記入し始める。

 まず間違いなく、次元ポストの奪取を目論んでいるのだろう。

 人通りの多い所で騒いでいたラクトは、自分の失敗に青くなった。


「あーあ。やっちまったな。まあ、挑戦状を受け取らなければいいだけの話か。ラクト、物が飛んできたりしても受け止めるなよ。後は、床に落ちてる物も拾わない方がいいか。一番警戒しなくちゃならないのは教官がいるかどうかだけど」

「そうですね。・・・あら?こんな所に本が落ちてます。誰かが落としたのでしょうか」


 フローネはそう言って、本を拾うためにその場に屈んだ。

 そして、手が触れそうになった所で、カズキが本を蹴飛ばす。

 本を蹴飛ばされたフローネは、不思議そうな顔でカズキを見た。


「カズキさん。どうして意地悪をするんですか?」


 フローネは、本気で分かっていないようだった。


「・・・フローネ。今の話を聞いてなかったのか?」

「なんの事でしょう?」

「床に落ちてる物を拾うと、挑戦状を受け取るかもしれないって話だ」

「・・・ああ!あれに挑戦状が挟まっていたのかもしれないんですね!ありがとうございます、カズキさん。すっかり忘れていました。ですが、気になってしまって」

「分かったよ。今回は俺が拾うから。次からは気をつけろよ?」

「はい。お願いします」


 フローネに注意をしてから、カズキは無造作に本を拾い上げた。

 案の定、挑戦状が挟まっている。

 内容は予想通りだった。次元ポストと1000万円の対価設定で、武器戦闘と書いてある。

 フローネに本を渡してから、他にないかと辺りを見回すと、本が大量に落ちていた。ここぞとばかりに、カズキはそれを拾い集める。そして、中を改めると、全てが同じ内容だった。

 

「二人共、見るか?全部同じだぜ。これは、明らかにラクト狙いだな。武器戦闘しか書いてねえ」

「本当ですね。皆さんは次元ポストを持っていないのでしょうか?」

「持ってないんじゃねえの?1000万だって持っているか怪しい感じだ。要は勝てばいいんだからな。武器戦闘にしてるのは、ラクトが魔法使いだと見抜いてるからだろう。通常戦闘が無いのは、万が一があるからだろうし」

「・・・危ない所だった。カズキ、ありがとう」

「気にすんなって。お陰で手間が省けたんだからさ。・・・それにしても杜撰な手口だな、駄目元でやったんだろうけど」


 そう言いながら、挑戦状を全てジュリアンに手渡した。

 受け取ったジュリアンが、全てに目を通して宣言する。


「カズキ・スワと、挑戦状を出した者との勝負を、学院長の名のもとに全て承認する」


 ジュリアンが宣言すると、上級生からの罵声がカズキに浴びせられた。


「チッ!あいつも持ってやがった!」

「てめえ!余計な事しやがって!」

「せっかく楽してゲットできると思ったのによお!」

「馬鹿め!お前は1ヶ月後に退学だ!」

 

 上級生の罵声を楽しそうに聞きながら、カズキは何人いるのか数えていた。


「15、16、17人か。ちょっと足りないけど、まあ良しとするか。なあ、ジュリアン」

「なんだ?」

「別に、猶予期間を待たなくても良いんだろ?」

「気付いていたか。その通りだ。何も問題はない」

「じゃあ、今からでも良いのか?」

「ああ。言い忘れていたが、挑戦者に日時の指定は出来ない」

「そっか。じゃあ、ヨロシク」

「分かった」


 カズキの言葉に頷いたジュリアンが、上級生たちに向き直った。


「静粛に!これよりカズキ・スワとの勝負を開始する!」


 ジュリアンの宣言に、上級生たちはいきり立った。


「てめえ!舐めてんのか!」

「今更間違いでしたと言っても遅いからな!」

「覚悟しろ!徹底的にやってやる!」


そして、そう口々に言いながら、全員が外へと出て行った。

 

「・・・あいつらってさ、こうなる可能性を考えてなかったのかな?」

「カズキ、どういうこと?」

「腕に自信がある奴が単位を稼ぐのに、ランキング戦は手っ取り早い方法だろ?床に落ちてる本を見つけたら真っ先に拾うと思うんだが」

「そうかもしれないけどさ。新入生でここまでやるのって、カズキ位だと思うけど」

「新入生はな。だけど、あっちを見てみろよ。悔しそうな顔した奴が何人かいるぜ?俺と同じ事を考えてたんじゃねえの?」

 

カズキに気付かれていると知った上級生は、観念して寮に戻っていった。


「ほらな?」

「・・・よく気付いたね。全然分からなかったよ」

「私もです」

「そこら辺は、慣れの問題かな」

「「・・・そんな物(ですか)?」」

「ああ。食堂にでもいたんだろう。ついでに言うと、ここで働いてる人たちは、教官の資格を持っている可能性が高いな」

「「本当(ですか)?」」

「多分な。ここは生徒が利用する施設が多いだろ?ランキング戦目当ての人間は、ここにいればカモを探しやすい。ついでに言えば、罠も仕掛けやすいからな」

「「罠(ですか)?」」

「そう。例えば、食堂のメニュー表に貼り付けてあったり、雑貨屋の商品に紛れ込ませたり、他にも色々と考えられるだろ?その時に、たまたま教官がいれば良いが、そうじゃない時の方が圧倒的に多い筈だ。そうなると、後は正攻法で挑戦状を叩き付けるしかないわけだが、上位の奴が下位の奴に挑戦しても、断られたらそれまでだ。そうなると、上位の奴に不満が出てもおかしくない。なら・・・」


 そこまで話して、カズキはジュリアンを見た。


「不満を解消するには、こういう手段を認めれば良い。違うか?」


 カズキに問われたジュリアンは、拍手をした。続いて、周りからも拍手が起きる。

 見ると、ギルドの職員や、店をやっている人達も拍手をしていた。


「素晴らしい。正解だ、カズキ。彼らはそれぞれの仕事をしながら、ランキング戦の認定を行う資格を持っている。正確に言うと、準教官待遇だな」

「やるなー、あんちゃん。罠に嵌まる前に見破ったのは、俺が来てから初めてだよ」

「今年は新入生が三人だけだったから、少し心配だったんだ。でも、あんたがいれば大丈夫そうだな!」

「頑張れよ!応援してるからな!」

「いやー、ありがとうございます」


 気分よく手を振っていたカズキだったが、ふと我に返った。何かを忘れているような気がしたのだ。


「・・・これって、単位とか貰えるのか?」

「ああ。貰える単位は3だ」

「マジで?言ってみるもんだなー」

「今日しか貰えない単位だからな。普通は、騙された人間から広がっていく話だ」

「ラッキーだったな。じゃあ、後は適正を見て帰るか!」

「「「帰るな!」」」


 本気で帰るつもりだったカズキに、どこからか怒鳴り声が聞こえてきた。


「あ。単位と金くれる人達」


 カズキは、ようやく思い出した。自分から勝負を挑んでおいて、酷い話である。


「わりー。今行くわ」

「「「殺す!」」」


 さんざん待たされた上級生たちの怒りは、頂点に達していた。最早、対価の事など頭に無い様子である。

 だが、カズキは涼しい顔で外へ出ていった。殺気立った上級生の事など、気にも留めていない。

 扉を抜けると、ジュリアンが言っていた通りに荒野が広がっていた。そこには、対戦相手の上級生と、講義を終えた様子の教官が数人、そして、何故かエルザがいた。

 エルザは、嬉しそうな顔をして、カズキに近づいてくる。

 

「ねーさん?何でいるの?」


 カズキの問いに、エルザは胸を張った。


「ランキング戦のトトカルチョよ!」

「そんなのあるんだ・・・」

  

 カズキがエルザと話していると、後ろが騒がしくなってきた。

 振り返ると、いつの間にか屋台の様な物があり、そこに看板が立て掛けてあった。そして、その周囲に人が群がっている。エルザも小走りでそちらに向かった。


「新入生カズキ・スワの、ランキング戦勝ち抜きチャレンジ?・・・なんだこれ」

「この学園名物のトトカルチョだ。普通はトーナメントの時に行われるのだが、稀にランキング戦でも行う事がある。今日のように、1人で連戦する時とかな」

「ふーん。それは良いんだが、何でねーさんがここにいるんだ?」

「わからん。どこからか嗅ぎつけてきたのだろう。いつもの事だから、誰も気にしなくなった」

「相変わらず、妙に鋭い人だな。まあいいや。自分に賭ける事は出来るのか?」

「いや、それは禁止だ。八百長があるかもしれないだろう?」

「それもそっか。おーい、ラクト」


 カズキに呼ばれて、ラクトが近づいてきた。何故か緊張しているように見える。


「ねえ、カズキ。もしかしてあの人って・・・」

「どの人の事だ?」

「今、カズキが話してた女の人だよ。あの方って、エルザ様だよね?」

「ああ。それが?」

「こんなに近くで見たのは初めてなんだ。流石は聖女様だね。あんなにお美しくて、神々しいなんて・・・」

「「・・・っ」」


 カズキとジュリアンは、陶然とした様子のラクトの感想を聞いて、咄嗟に笑いを堪えた。

 トトカルチョに参加しようと列に並んでいるエルザを見て、こんな感想が出て来るとは思わなかったのだ。

 見れば、近くにいた教官たちも同様の反応をしている。

 彼らも知っているのだろう。ここで笑ったら、災厄に見舞われるいう事を。

 幸いにして、エルザはこちらの様子に気付かなかったらしい。


「はぁ。危ない所だったな。まさか、トトカルチョに助けられるとは」

「まったくだ。こんな所で不意打ちを食らうとは思わなかったよ。まあ、ラクト君の幻想は、今日で木っ端微塵に砕け散る事になるだろうが」


 そんな話をしている所に、凄い勢いでエルザが走ってきた。そして、勢いを緩めることなくカズキに飛びつく。

 カズキはフェイントをかけて避けようとしたが、エルザの方が一枚上手だった。見抜かれて腹にタックルを決められてしまう。


「ゴフッ」


 ダメージに動けないカズキに構わず、エルザは頭を抱きしめた。

 そして、何故かジュリアンを睨みつける。


「どうして、カズキ・()()になってるの!?」


 どうやら、名字が違う事に腹を立てているようだった。

 

「偽名だ。お前の弟だという事がばれたら、カズキの周りが騒がしくなる。そうなれば、カズキは学院を辞めるだろう。ナンシーの為にな」


 適当にでっち上げた嘘に、エルザは頷いた。


「・・・それなら仕方ないわね。許してあげる」


 カズキを理解している者は、ナンシーの名前を出せば納得してしまうのだ。


「理解が得られたようだな。では、そろそろ離してやった方が良い。最愛の弟がぐったりしているぞ」

「大変だわ!【コンプリート・キュア】!」

「「「いや、魔法掛けてないで、その手を放してやれよ」」」


 近くにいた教官たちから、一斉にツッコミが入る。

 そのおかげか、ようやくカズキは解放された。 


「ゲホッ、ゲホッ。あー、死ぬかと思った」

「カズキ、大丈夫?」


 ようやく我に返ったラクトが、若干引いた様子で声を掛けた。

 聖女モードの呪縛が解けかかっているらしい。


「なんとかな。危うく不戦敗になるところだったぜ」

「えーと。凄いお姉さんだね」

「まあな。・・・ねーさん、紹介するよ。同級生のラクトだ」

「初めまして、エルザ様。ラクト・フェリンです」

「エルザ・アルテミスよ。カズキのお友達のラクト君に、良い事教えてあげる」

「良い事ですか?」

「ええ、今すぐあそこに行って、全財産をカズキの17連勝に賭けて来なさい。お金がガッポリ入るから」

「が、ガッポリ?」


 聖女のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れる音を聞きながら、ラクトは問い返した。


「そうよ。早くしないと締め切りになるわ。急いで!」

「はいっ!」


 ラクトは全速力で去っていった。

 それを見送ったカズキは、エルザに声をかける。


「ねーさん。なんでタックルしたの?」

「私のためにトトカルチョを開いてくれた、カズキの気持ちが嬉しかったからよ」

「え?」

「屋台にあなたの名前があったお陰で、迷わず全力買いが出来たわ」

「ひょっとして、何の賭けをするのか知らないで、ここに来たのか?」

「そうよ」


 言葉に詰まったカズキは、ジュリアンを見た。


「なあ」

「深く考えるな。その内慣れる」

「・・・そうか」

「それよりも、そろそろ始まるぞ。準備は良いか?」

「いつでも」

「いい、カズキ。盛り上がりを考えるのよ?」


 緊張感のないカズキに、エルザが妙なアドバイスをした。


「・・・何だって?」

「最後の相手は、ランキング10位の奴よ。あなたが圧勝するだけでは、観客が盛り上がらないの。上手く演技して、辛うじて買ったように見せなさい。連戦で疲れているような顔をしなきゃ駄目よ」

「面倒くさいんだけど」

「いいからやりなさい。そうしないと、次から賭けが成立しなくなるでしょ。トーナメントもあるんだから」

「・・・そんな理由かよ。良いのか?学院長。これって八百長に近くねえ?ってゆうか、トーナメントに出るのも確定なの?」

「そうよ」


 ジュリアンが答える前に、エルザが即答した。

 

「・・・だそうだ。諦めろ、カズキ」


 遅れてジュリアンも返事をする。

 だが、それだけではいけないと思ったのか、こう付け加えた。


「もしかしたら、お前より強い奴がいるかもしれないし?」

「何で疑問形なんだ」

「八百長じゃないアピール?」

「うわ、うぜぇ」

「酷いな。まあ、実際には問題にならないだろう。この学院には、実力を隠している奴が大勢いるからな」

「それは、隠してるんじゃなくて、学院に来ないだけじゃないのか?」

「そうとも言うな」


 カズキの推測を、ジュリアンはあっさり肯定した。


「やっぱりか。ここにいるのは、雑魚臭漂う奴ばっかりだもんな。強い奴は実戦で学ぶし」

「それに気付くかどうかが、この学院の肝だからな。そういう奴は、試験の時以外はギルドに顔を出すだけだ」

「そんな事を、俺に話しちまっていいのか?」

「気付いているのだから、問題は無い。但し、他言は無用だ」

「左様で。これは、単位を貰えないのか?」

「ない。さっきのは、入学初日だけの特典だからな。他に例外はないぞ」

「あっそ。・・・ん?そろそろか」

「そのようだな。精々頑張ってくれ。演技を」

「嫌な事を思い出させるなよ・・・」

  

 エルザの介入により、カズキにとって面倒事と化したランキング戦は、こうして始まった。

 


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