第十七話 学院制度のお知らせ
「・・・ここが教室?」
ジュリアンに案内されたのは、中央に大きなテーブルとイスがあるだけの、会議室のような部屋だった。
「そうだ。まあ、ここを使うのは魔法の講義の時だけだがな。普段は休憩所みたいな扱いだ。好きに使ってくれて構わない」
「魔法の講義?そんなのがあるのか。勉強はしたくねーんだけど」
「一応、ここは魔法学院だからな。魔法だけは座学があるんだ。まあ、ここに入れる時点で、自力で習得してる人間が大半だが」
「意味なくね?」
「そうでもない。魔法の才能は、突然開花することもある。そういう奴にとっては必要な物だ。後は、最新の研究の確認が出来たり、魔法使いと戦う時の戦術も教えてもらえる。ここには魔法の研究者が沢山いるからな」
「へー」
カズキは興味が無かったので、適当な返事をした。
「カズキ・・・。本当に興味なさそうだね。まあ、カズキにとっては今更な話かもしれないけど」
「ラクトは違うのか?」
「うん。最新の研究成果って、世間に出てくるのは半年とか後だから」
「最新じゃないじゃん」
「カズキ、世間に出るのは成果が出たものだけなんだ。この学院で生徒たちに使わせて、研究が正しいかどうかを確認してから発表って流れだから」
「あー、つまりは発表されないトンデモ理論とか、そういうのも確認できるという事か?」
「その通り。そういう物の中にヒントが隠されていたりするから」
「なるほどなぁ」
カズキが納得して頷いた所で、ジュリアンが話を変えた。
「さて、さっきの事について話をしようと思うんだが」
そこで言葉を切って、三人の顔を見た。
「あれは、学院内での対人戦闘力の向上を目的として作られた制度でな。最初は対価を設定していなかったんだが、裏で勝手に対価を決めて勝負をする奴が出て来たらしい。そして、そういう勝負は気合いの入り方が明らかに違った。ならば、それをルールに組み込んでしまおう、となった訳だ。」
そう言って、ジュリアンは詳しい説明を始めた。
「勝負の条件は、対価の釣り合いが取れていて、且つ教官が承認した物でなければならない」
「対価の釣り合いが取れていれば、挑戦状を受け取った時点で勝負は成立する」
「新入生は1ヶ月の猶予期間が与えられる。これは何も知らない新入生に配慮しての事である」
「この勝負に3連敗すると退学となる」
「3連勝すると単位が貰える」
「上位の生徒は、下位の生徒の挑戦を断ってはいけない」
「勝負の方法は、挑戦する側が決める事が出来る」
「勝負の方法は4つ。ただし制限時間は1時間」
「武器戦闘。魔法の使用不可」
「魔法戦闘。魔法による攻撃のみ可。魔法を使えない生徒は、相手の魔力切れか、制限時間内に倒れなければ勝ちとする」
「通常戦闘。制限なし」
「パーティ戦闘。ルールは通常戦闘と同じ。各パーティ最大5人まで。パーティメンバーは挑戦状を受け取った後に決める事が出来る」
「制限時間内に決着がつかない場合は、勝負は無効とする」
ラクトは、ルールを聞いて溜め息をついた。
「つまり、カズキはボールを受け取った時点で勝負を受けた事になる訳ですか・・・」
「そうだな。まあ、よくある新入生いじめというやつだ。大抵は、良い装備を持っている奴が狙われる。その後は新入生が警戒するから、1回限りの早い者勝ちになる訳だな」
「そんな・・・。じゃあカズキは1時間の間逃げ続けなければいけないんですか」
「魔法が使えなければそうなるな」
ジュリアンは曖昧な言い方をした。
カズキとフローネが、わざわざ黙っている事に配慮した・・・訳ではもちろん無い。
この学院では、対人戦がある以上、自分の力を隠すのは当然の事だからだ。
本音は、ラクトの驚く顔を見たいだけであるが。
「お兄様。単位というのは何でしょう」
カズキの事には一切触れずに、フローネがジュリアンに聞いた。
「フローネ様!カズキの心配はしないんですか!?」
ラクトがマイペースなフローネに食って掛かる。
「ラクトさん」
「は、はい!」
フローネの声の変化を感じ取ったラクトは、背筋を伸ばして返事をした。
仮にも一国の姫に向かって、護衛についているカズキの力量を疑う発言が癇に障ったのだろうか。
思えば、昨日から不敬な事を随分言ってしまった気がする。
学院長に友達と言われて、その気になっていた自分が・・・・・。
などと、冷や汗をかきながら考えていたラクトに、フローネが告げた。
「せっかくお友達になったのに、様付けは酷いです」
「そこ!?」
「はい?何かおかしかったでしょうか」
フローネは、首を傾げながらカズキとジュリアンの方を見た。
「いいんじゃねーの?」
「うむ。なにも問題はないな」
「良かったです。お外に出来た初めてのお友達ですから」
「・・・・・・」
沈黙したラクトを放置して、ジュリアンが話を進める。
「単位の話だったな。単位とは、進級や卒業に必要なものだ。年間を通して、必要な数を取得出来なければ退学となる」
「・・・幾つ必要なのでしょうか」
気を取り直してラクトが聞いた。
心なしか疲れているようだったが、誰も気にしなかった。
「1年生は、年間で10必要だ。入学式で生き残れば3貰えるから、今年はあと7だな」
「って事は、最短で21連勝か。1ヶ月あればいけるな・・・」
「そんな事を考えるのは、お前達姉弟かクリスくらいなものだぞ」
「そうか?」
「当たり前だ。普通は年3回の試験で単位を貰う。とはいえ、試験1回につき、基本は2つしか貰えないが」
「それだと1足りないですよね。という事は、どこかで勝負に3連勝しないといけない訳ですか・・・」
「例外もあるがな。1つは試験でトップの成績を修める事。トップは更に1追加される。年間最大9だ。2つ目は、年2回のトーナメントで本戦に出場する事。本戦出場で1。準優勝で2。優勝で3だ」
「他にもありますの?」
「ああ。3つめは入学式で新入生を全滅させる事。これは単位2つだ。負けたら退学だがな」
「昨日のアレか。でも50人いれば頭を使えば勝負で稼げると思うんだが」
「馬鹿だから、そこに気付かなかったのだろう。気付いても卒業は出来なかっただろうがな」
「そうなのか?」
「そうだ。卒業試験をクリアする実力は無いからな。前の学院長なら金を積めば卒業できただろうが」
「卒業試験って何をするんですか?」
ラクトが興味深そうに聞いた。
「それは秘密だ。とはいえ、これだけは言ってもいいだろう。毎年同じ試験は行わない」
「結局分からないのと一緒だな」
「そうですね」
「うん」
「・・・話が逸れたな。4つ目は、ランキング戦でトップ10に入る事だ」
「「「ランキング戦?」」」
三人の声がハモる。
ジュリアンは頷いて続けた。
「ランキング戦とは、さっきの勝負に関係している。それぞれ、武器、魔法、通常の戦闘における成績順だ。1年間の最後にそれぞれのどれかでトップになっていると、単位に関係なく進級出来る。2位以下は一律2だ。」
「パーティが入ってないのは何故ですの?」
「パーティはメンバーを変更できるからな。なにもしない奴が進級するのはまずいだろう?」
「確かにそうですね」
「そういう訳で、トップになると1年間の最後は忙しくなる。駄目元で挑戦する奴が増えるからな」
「どういう事?」
「ランキングは、勝った奴がそのまま入れ替わるからだ。単位が0でもトップになれば進級出来るからな」
「それは大変そうだな。トップになるのも善し悪しか」
「まあ、そういう奴が勝つことは滅多にないが。・・・5つ目は課外活動だ」
「「「課外活動?」」」
「そうだ。学院内の冒険者ギルドで依頼を受ける事が出来る。その成果に応じて単位が貰える仕組みだ。2年になってからは、そっちがメインになるだろう。まあ、金がない1年もよく受けているがな。何しろ、金が無いと装備も揃えられない」
「うう。僕も稼がないと・・・」
ラクトが呟いた。
「なんで?次元屋の息子だろ?」
疑問に思ったカズキが聞いた。
「うちの方針でね。学院に入る時に自前の装備以外は持って行けないんだ」
「厳しいんだな」
「うん。おかげで部屋には備えつけの物以外何もないんだ・・・」
「貯金とかしなかったのか?」
「ない。次元ポストの代金に消えた」
「自腹なのかよ!」
「そうさ!まだローンが残ってるんだ!」
「という事は、それを知られたら勝負が殺到しそうだな。隠した方がいいぞ」
「・・・もう隠した。カズキが勝負を挑まれなかったら、コレを持っていかれるところだったよ・・・」
「運が良かったな。少し金を貸してやろうか?」
「ありがとう。気持ちだけ貰っておくよ。自分で稼いだお金しか使えない縛りになってるから・・・」
「そうか、大変なんだな」
「カズキさん、課外活動を手伝って差し上げましょう」
「そうするか」
「ありがとう。二人共」
ラクトが友情に涙していると、ジュリアンが立ち上がって言った。
「さて、これで説明は以上だ。他に質問はないか?」
「試験ってなにすんの?」
「それは直前まで言えない。そういう決まりだ」
「あっそ」
「他は?・・・ないようだな。では案内の続きだ。ランキングが張り出されている所から行こう」
ジュリアンの後に付いて行くと、校舎の入口近くにそれはあった。
「これがランキングか。入ってすぐの所にあったんだな」
「分かりやすいだろう?ここにはギルドや店があるからな。生徒や教官が集まりやすい」
そう言われて見回すと、ギルドの受付や雑貨屋、食堂に武器や防具を販売している店もあった。
「試験や訓練はどこでやるんですか?」
「外だ。入口とは反対側の扉を抜けると、荒野が広がっている。そこで好きな講義を受けられるんだ。講義内容と時間は、あっちの扉の横に貼ってある。まあ、上級生も一緒だから三人で受けた方が良いかもしれないが」
ジュリアンの指さす方を見ると、荒野への扉の横に紙が貼ってあるのが見えた。
「後で確認して、好きな講義を受けてくれ。魔法の座学は申請用紙に書いて提出するように。これはクラス単位でだ」
「「はい」」
「座学は面倒だけど、受けるなら二人に合わせるわ」
「ありがとう。カズキ」
「ありがとうございます。カズキさん」
「気にすんなって。さてと、俺に喧嘩売ってきた奴は・・・」
そう言って、ランキングを調べ始めた所で、カズキは固まった。
「カズキ。どうしたの?」
「・・・名前、なんだっけ」
「・・・忘れたの?」
「忘れた。雑魚の名前なんて覚えてない」
「凄い自身だね。コエン・ザイムだよ。ランキングは・・・3位!?」
「どれどれ。魔法の3位か。へー、中々じゃねえの」
「何でそんなに落ち着いているのさ!3位だよ!この学院で3位!」
「大丈夫だって。ラクトは心配性だなぁ」
「そうですよ、ラクトさん。カズキさんなら大丈夫です」
「フローネ・・・さん。だけど・・・」
流石に呼び捨てにする勇気はなかったラクトであったが、気を取り直してジュリアンに向き直った。
「そうだ!学院長、コエン・ザイムってどんな魔法を使うんですか?」
「それは教えられないな。知りたければ自分で調べるように」
「厳しい・・・」
「それがこの学院だからな」
二人のやり取りを気にも留めずに、カズキとフローネはランキングを見ていた。
「なあ、全部のランキングで1位の奴がいるんだが」
「本当ですか?どのような方なのでしょう」
「名前は・・・、マイネ・センスティア。知ってるか?」
「センスティア公爵家のご令嬢でしょうか。何度かお会いした事がありますが・・・」
フローネがそう言ってジュリアンを見ると、彼は頷いた。
「そのマイネで合っている。ちなみにだが、入学してから一度も負けた事がないそうだ」
「へえ。今、何年生?」
「3年生だ」
「それは凄いですね。丸2年間負けた事がないなんて。あれ?お兄様とエルザさんが卒業したのは・・・」
「2年前だな。マイネが1年の時だ」
「・・・それって、クリストファー様とエルザ様も勝てなかったって事ですか?トーナメントもあるのに・・・」
呆然とした様子で呟くラクトに、ジュリアンがあっさりと返事をする。
「そうなるな」
「っ!どうしようカズキ!お二人よりも強い人がいるなんて!」
「落ち着けよ。クリスとねーさんがそんな面倒な物に出る訳がないだろ」
「・・・どういう事?」
「あの二人の事だから、ランキング戦と課外活動メインで、後は試験だけ受けてりゃ卒業出来るだろ」
「・・・つまり?」
「戦ってないから勝ちも負けもない。違うか?」
「その通りだ。せっかくリアクションを楽しんでいたのに。ばらすのが早くないか?」
「ラクトで遊ぶなよ・・・」
「クリスに反応が似てるから、ついやってしまうんだ」
「それは分からなくもないけどさ」
「・・・・・・」
弄ばれたラクトは、怒りに肩を震わせている。
だが、誰も気にしなかった。
対象がクリスからラクトに変わっただけで、いつものやりとりだからである。
「まあ、マイネの事は置いておこう。その内会うだろうし。それよりも、ランキング戦の申し込み用紙はこれでいいのか?」
「ああ。それに勝負方法と対価を記入して、教官のいるところで手渡せばいい」
「じゃあ、何枚か持っていくか。二人はどうする?」
「僕はまだいいよ。自信ないし」
「私も、もう少し後にします」
「そっか。ジュリアン、他に行くところはあるか?」
「後1つだけだな。ここに来れば大抵の用事は済む。他は自分達で歩き回って確認してくれ」
「分かった。最後はどこだ?」
「魔法の適正を調べる部屋だ。必要だろう?」
「そうか!カズキに適正があれば魔法で戦えますね!」
「そういう事だ。ではついて来てくれ」
ジュリアンは笑いを堪えながら、先に立って歩き出した。




