第百十八話 『大賢者』式運動不足解消トレーニング
不完全なマジックアイテムを使用してのエスト補完計画は、始まる前から躓いていた。
「・・・・・・カズキ。これ、どうやって使えばいいんだ?」
カズキに手渡されたミスリルの板を手にしたエストが、途方に暮れた表情でカズキにそう尋ねたからだ。
「どうって言われてもなぁ。その板に魔力を流し込めば勝手に魔法が発動して・・・・・・。あ」
カズキ、ここで自分がミスを犯している事に気付く。自分は当たり前のように出来るので、すっかり失念していたのだ。
「・・・・・・魔力を体外に放出するのは『第三段階』って言ってなかったっけ?」
「言った」
興味本位でついてきたラクトの指摘に、素直に頷くカズキ。
「仕方ないから今回は俺が起動するけど、次からはどうすっかなぁ。いっそ、勇者みたいに体内に埋め込むか?」
「却下だ。恐ろしい事をサラッと言わないでくれ」
半部以上本気で言っていると気付いたエストが、カズキの提案を一蹴する。
「でも、メリットはあると思うんだよなぁ。勇者共は魔力制御が高くないのに、ある程度自分でコントロールしてたっぽいし」
「そうなの?」
「ああ。多分だけど、体の一部という認識なんだろうな。・・・・・・そういう訳だから、ちょっと実験してみようぜ?」
「却下だ!」
知的(?)好奇心を抑えられないカズキは、往生際が悪かった。
「チッ、引っかからなかったか」
舌打ちしたカズキが、エストからミスリル製のプレートを抜き取り、込められた魔法を発動してからエストに手渡した。そして――。
「感謝する。っ!?」
礼を言ったエストが、カズキの手が離れた瞬間に、白目を剥いて気絶した。
「エストォーーーーーーーーーー!?」
突然気絶したエストを見て、ラクトが絶叫する。
「落ち着けラクト。ただの魔力切れだ」
「へ? 魔力切れ? なんで?」
カズキの落ち着いた声色に、我に返ったラクトが疑問を投げかけた。
「未完成だから」
相変わらず言葉が足りないカズキだったが、それに慣れつつあるラクトは、記憶の中から過去にカズキが口にした、『未完成』という言葉を検索する。
「未完成・・・・・・? ああ、詠唱して発動する時は、魔力の消費が酷いんだっけ?」
邪神と戦っている最中、思い付きで【テレポート】を試したという話を聞いた時に、カズキがそう言っていた事をラクトは思い出した。
「そういう事だ。その上、粗悪な魔法だから、余計に魔力の消費が酷い。だからエストの少ない魔力が一瞬で枯渇した。やっぱり、体に埋め込む方法を取らないと無理だろうな」
「いやいやいや! 埋め込んでも一緒だから!」
「それもそうか。じゃあ、当分の間はこれを繰り返してリバウンドで魔力を増やして、それから埋め込めば・・・・・・」
「うん。一旦その発想から離れようか。っていうか、カズキがそういう魔法を創ればいいんじゃないの?」
「その発想はなかったな・・・・・・。そうか、【フィジカルエンチャント】のあの部分を弄って、この部分を削れば・・・・・・、よし、出来た」
「速っ!」
ラクトの何気ない言葉から新たな魔法を創り出し、更にはその魔法をマジックアイテムにするまでに掛かった時間は、僅か数十秒だった。
「元からある魔法を劣化させるだけだからな。とはいえ試運転は必要だ。言い出しっぺのラクトが、責任をもって試してくれ」
そう言ったカズキが、出来立てほやほやのマジックアイテムのボタンを押し、ラクトの手に強引に握らせる。
「えっ? えっ?」
そして、突然の事態にあたふたしているラクト目掛け、何処からともなく取り出した剣を振るった。
「っ! いきなり何するのさ!」
間一髪で回避したラクトが、突然斬りかかってきたカズキに文句を言う。
「だから試運転だって。その様子だと問題はなさそうだな」
「じゃあもういい―― っ!」
言葉の途中で再度斬りかかるカズキ。それを必死に躱しながら、ラクトは抗議の声を上げた。
「問題ないならもういいじゃん!」
「そうだな。でもまあこの際だ、ついでに戦闘訓練もしておこう」
「うっ。聞かれてた」
ジュリアンとソフィアの話を、エルザとしていたカズキは、ラクトとコエンが呻き声を上げた事に気付いていた。そしてその理由にも。
「心配するな。コエンにも同じ事をしとくから」
その言葉に、たった今この場にやってきたコエンが即座に身を翻す。だが、振り向いた先にはいい笑顔を浮かべたエルザがいて、何故かその手にはラクトが持っている物(手放したくても何故か手に張り付いている)と同じマジックアイテムを手にしていた。
「さあコエン。運動の時間よ?」
「くっ!」
ラクト同様、有無を言わさずマジックアイテムを握らされたコエンは、直後に振るわれたメイスを必死で躱す。
「助けてぇ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
それから三十分後。絶え間なく響いていた悲鳴が途切れた頃には、全身筋肉痛の魔法使い二人の死体が転がっていたという。
今日の姉弟は、何故か運動不足気味の魔法使いに対して厳しかった。
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