第百十七話 エスト補完計画
「ねえカズキ。今そこでソフィア様と学院長とすれ違ったんだけど、二人ともどうしたの? なんか鬼気迫る様子だったけれど」
カズキと大人たちの模擬戦に触発され、見学後に自分達で模擬戦をしていたラクトが、仲間たちを代表して二人の様子を聞いてきた。
「ああ、ちょっと現実を突きつけただけだ。二人共こうでもしないと、体を鍛えようとはしないから」
カズキはそう言って、一部始終を仲間たちに語った。
「お兄様が水上とか空中を自由に移動できたのには、そんな理由があったんですね」
「ああ。剣とかに魔力を乗せて、切れ味を上げるのと理屈は一緒だな。アイツの場合は、魔力を放出して、それを足場に移動してるんだけど」
「聞くだけなら簡単そうに思えるけど、それって相当難しいよね?」
ラクトの質問にカズキは考え込んだ。
「そうだなぁ・・・・・・。模擬戦の時に使ってる言葉で、魔力操作解禁を第二段階って呼んでるよな?」
「うん」
「それで言うと、水上歩行は二十段階目くらいだな」
「余計に分からなくなったけど、とにかく物凄く難しいんだろうなって事は良く分かった!」
「そうか? 因みにさっきの七人が使えるのも第二段階までだ」
「つまり、殿下やソフィア様でも、まだ入り口にいるって事?」
「ああ。剣とかに魔力を乗せられるようになって、やっと第三段階だから」
「気が遠くなってきた・・・・・・」
「そこは頑張れとしか言えないな」
項垂れたラクトに、心の籠っていない応援の言葉を掛けてから、カズキは話を戻した。
「でまあ、そんな訳でクリスの制御力が高いのは、魔力操作を極めてるからだと二人を煽った訳だ。そしたらプライドが傷ついたのか、無言で出ていった」
「いいんじゃないの? あの二人は全部魔法で解決しようとする傾向があるから。大体、強くなるためにカズキに模擬戦を頼んだのに、痛いのが嫌だから魔力操作はしませんなんて、どこまで本気なの? って言いたくなっちゃうわよね」
「全くだ。異世界でキマイラの群れと戦った時だって、移動せずにどうにかしようとしてたからな。折角副作用のない【フィジカルエンチャント】が使えるんだから、普段から体を動かして、魔法で上がった身体能力に馴染むようにしとけば良かったのに。それなのに強化した動体視力だけでどうにかしようとしてたから、感覚と行動にズレが生じて、倒せるはずのキマイラも倒せなかったんだ」
「「うっ」」
姉と弟の会話を聞いていたラクトとコエンが呻き声を上げた。
騎士団の戦闘訓練に参加すると一旦は決意したものの、なんだかんだ理由をつけて、未だに一度も参加していない自分達の事を言われているような気がしたからだ。
「でも、魔法を使えないクリスさんが、そんなに制御力が高いとは思いませんでした」
密かにダメージを受けている二人を放置して、マイネが一番聞きたかった事を口にした。
「それがアイツの変態たる所以だな。魔法に適性こそなかったが、クリスは物心ついた頃には、他者の魔力量や、魔法を発動する前の魔力の流れがわかったらしい」
「えっ!? それって、古代魔法を使えるようになって、初めてわかる事・・・・・・、でしたよね?」
「ああ。ジュリアンとソフィア様、後、俺もそうだったから間違ってないと思う。だけど、アイツは何故かそれがわかった。多分、セバちゃんとソフィア様が、互いにビンゴだったからだとは思うんだが」
その話はマイネも初耳だったが、国王夫妻の子供たちは皆、例外なく化物ぞろいなのを知っているので、むしろ納得の方が強かった。
「でまあ、そういう体質? だった事もあって、魔法使いのように魔力を操作すれば、適性のない自分にも魔法が使えるんじゃないかと考えて、なんとなく真似を始めたらしい。結果、成長しても適正は芽生えなかったが、その代わりに体内の魔力を操作すれば、身体能力が上がったり、剣に纏わせて切れ味を上げたり出来るという事に気付いたわけだ」
「それを物心ついた時から繰り返してきたわけですか。それなら、制御力が高い事にも納得できます」
魔法使いが自分のイメージに合った制御方法を模索するのに対し、クリスは魔力を直接コントロールする方法をとった。その結果、古代魔法を使えるジュリアンたちを遥かにぶっちぎって、空中を自在に移動する術を身に着けてしまったらしい。
「魔力操作の利点は他にもある。魔力を体外に放出――剣に魔力を乗せるとか、水上を歩くとか――する事で、リバウンドによる魔力の上昇が可能なのと、カリムが・・・・・・」
そう言って、カリムが急成長した理由を説明するカズキ。
「・・・・・・そんな方法があったなんて」
「まあ、気付いたのはここ最近だけどな。【フィジカルブースト】は魔力操作による身体能力上昇と同じで、全身の筋肉をバランスよく痛めつける。だからカリムは急成長したんだ」
「それを聞いて黙っている訳にもいきませんね。早速、明日から取り入れる事にします」
マイネはそう言って、早くも食事を始めているカリムの元へ向かった。無自覚に最適な行動を取っていたカリムに、詳しい話を聞く為である。
「・・・・・・カズキ、相談がある」
マイネが立ち去ると、それまで黙って話を聞いていたエストが口を開いた。
「なんだ?」
「私にも、【フィジカルブースト】が使えるような方法はないだろうか?」
カズキの話を聞いていたエストは、危機感を募らせていた。
魔法を使えない分の時間を剣の鍛錬に費やしてきたエストが、先程のカズキの話にショックを受けたのは当然である。【フィジカルブースト】を利用しての鍛錬をマイネが始めれば、遠からず自分が置いて行かれるのが目に見えているからだ。
「適性のないエストが魔法を使うのは無理だ」
「・・・・・・そうか。無理を言って悪かったな」
落胆したエストが立ち上がるよりも先に、カズキは続けた。
「・・・・・・だが、マジックアイテムを使えば可能だ」
「本当か!?」
諦めかけていたエストが身を乗り出す。
「本当だ。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「一度使うと、魔力が無くなって気絶するまで解除は出来ない。それでもいいか?」
そう言ってカズキが取り出したのは、勇者の血筋であるマサト・サイトウ。その心臓に埋め込まれていた、不完全な【フィジカルエンチャント】のマジックアイテムだった。
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