第七話
数分ほど彼女を抱いていると、もぞもぞと動き始めた。
「ヒロト、少し苦しい」
「あ、あぁ、ごめんクロ。生きてると思ったらなんか嬉しくてさ」
「うれしい?」
「あぁ、当然だろ? 先生に俺以外あの場に生存者がないなんて言われたんだ。もう死んでいるモノと……」
クロが俺の腕から離れると、俯いて「うれしい……?」とぼそりと呟いているのが聞こえた。何かおかしかっただろうかと少し不安になったが彼女の顔が見れないので確認も取れない。
数十秒ほどそのままだったので気まずくなって別の話へと変える。
「そういえばクロはどうやって俺の場所がわかったんだ?」
「ん、私の能力」
「探索系の能力なのか? それだったらまぁ、ありがとな。わざわざ俺を探してまで見舞いに来てくれてさ。もう夜中だってのに」
俺がそういうと、彼女はふるふると首を振った。
「わからない。けど、なんとなく」
「なんとなく? いやまぁ、それでも嬉しかったからいいけどさ」
「…………」
「そうだ。明日、というかもう今日かな? 退院できるっていうしさ、もしよかったら遊びに行こう。と言っても学校あるから暇なときになるけどさ」
「遊びに?」
「あぁ。クロがよかったらだけど……」
しばらく沈黙したクロはやがて首を傾げた。
「遊びって何?」
「…………え?」
◆
「ありがとうございました」
「いやいや。ここまで回復が早いのは君自身の体力の賜物さ。若いっていいね」
茂先生の軽口に苦笑で返しながら俺は退院を果たした。
太陽が高くなり、だんだんと暑くなってきたこの季節にアスファルトを歩いていくのは割とつらく、途中でコンビニに寄ったり道路脇に植えてある木々の影を利用しながら自宅へと足を向けていた。
「そうだ。尚樹に呼ばれてるんだったな。……あいつの家に行くのは久しぶりかな」
大体三年前だろうか。最後に尚樹の家を訪れたのは。
それ以降は一度も行ったことがないので尚樹の父親は元気だろうか。その部下は昔と変わらず騒がしいのだろうかと少し期待しながら足を向けた。
尚樹の家は少し特殊だ。表向きはピース向けの武器等も扱っている道具屋である。それだけでも十分特殊なのだが、彼らはお得意様と言う物が存在し、知る人が知るならば彼らの事をこう言うだろう。
この島を牛耳る便利屋、と。
しかし、それはもう数年前の話。今じゃほんの少しの噂もなく、どこにあるかもわからない。
便利屋の事を知っていた人たちは突然彼らが仕事を受けなくなるどころか影すらも見えなくなった彼らの事を不気味に思う人もいれば嵐の前の静けさと恐怖する人もいた。
彼らが姿を消した理由を知っている身からしたら苦笑いを浮かべるしかないのだけど。彼らはもう便利屋をする必要がなくなっただけなのだから。
数十分歩いてようやく尚樹の家へたどり着いた。三階建ての奥に長い長方形の建物で一階は道具屋として開け放たれている。
「おぉ? 尋坊じゃねぇか! 久しぶりだなぁ!」
俺はそのまま道具屋へと足を向けて中へ入っていくと、奥のカウンターから声がかかる。
鼻に横傷があり、サングラスをかけたスキンヘッド。体長は2mはありそうな大柄な男はタンクトップのシャツにズボンは迷彩柄の長ズボンをはいている。
確実に道具屋の店主という人物に似つかわしくない人物が黒く日焼けした太い腕を振りながら俺へと挨拶をしてきた。
「はい、お久しぶりです雅楽さん。尚樹は奥にいますか?」
「そういえばなんか言ってたな。まぁ奥にいるから入んな」
カウンター横の扉が開けられて俺はそこへ入っていく。奥はピース向けの武器等の道具がおいてあるが今回はそちらに用はないのですぐ左の階段を上がっていった。上がりきった先の無骨な扉を開けると、そこは事務所のようになっており奥の鉄の机には一人の白髪の男が座っており、隣には茶髪の女性がちょうどお茶を入れたところなのか白髪の男に出している。そして、手前のテーブルの隣のソファには尚樹が座っていた。
「おぅ来たか尋人。退院おめっとさん」
「おめでとう。尋人君」
「ありがとうございます。そしとお久しぶりです鍔田のおじさん。永良さん」
「うむ」
「(コクン)」
白髪の男、尚樹の父、鍔田源郎がその鋭い瞳を閉じながら頷くと、近くにいた女性、永良優枝が急須と新しい氷の入った湯呑を持ってお茶を入れ始めた。
どうぞ、と尚樹が座っているソファのテーブルをはさんだ反対側に淹れたてのお茶を置いた。
「ありがとうございます永良さん」
「いえ」
尚樹の真正面のソファに座り、少しお茶を飲んで一息ついた。氷で冷えたお茶が喉を潤したところで尚樹が話し始めた。
「今回の件は災難だったな尋人」
「災難というか、まぁ……って、その口ぶりだと何か知ってたのか?」
「当然。俺ら鍔田組だぜ? 活動していないとはいえ情報収集ぐらいはしてるさ。とはいえ、知ったのはお前がやられた後だけどな」
そういって永良が持ってきた封筒を尚樹が受け取るとそれを俺へと寄越してきた。
紐を解いて中から複数枚の紙を取り出すと、そこには俺を襲った殺人鬼の写真とその危険性。その他にいくつかは写真は無い物の、何人かの人物の写真と危険性が書かれた書類が入っていた。
「お前を襲った男なんだけどな。そいつの名前はアレン・グローグ。昔はナーガって暗殺機関で働いてた男なんだが今は脱退しているらしい」
「暗殺組織……」
その書類にはアレンが起こした事件の数々。その大体が派手な炎を上げて火災事件として新聞には取り上げられているようだ。
炎系統のピース? だが俺の頭が、ピースが、それは違うと否定する。あっているならば俺のピースが反応するはずだから。
「しかしなんで俺はこんなモノを見せられなきゃいけないんだ?」
「あぁ、そりゃ今から知ってほしい情報がその中にあるからなんだよ。別にまた仕事をしてくれって話じゃないさ」
「あのな。俺はもう仕事なんてしな――ッ!」
ふと、次の書類に目を通した時だった。
写真はない。数々の事件と殺人の羅列。そしてその時系列がずらりと並んでいる。外見に関しては黒いボロのフード付きコートに低い背丈、金色の瞳とだけ。銃弾を停め、姿が消えて、ありとあらゆる力を捻じ曲げる。
暗殺者のコードネームは、『夜猫』
その名を見たとたん、脳で否定するように書類を次のに移して見るのを飛ばした。
「おいおい今の紙見たのか?」
「…………。知ってたのか?」
そういわれて少し睨むように見てしまう。尚樹はお茶をはさんで一呼吸する。
「お前が何もない空間に突然話しかけ初めてから出てきた女の子見てさ、驚いたさ。初めはテレポート疑ったけどお前がすでに話しかけてたから違うと思ったんだ。そしてよくよくその子の事見てみたらどこかで聞いたことあるような外見してるじゃないか」
「あの時すぐ帰った理由はそれか」
「そういうことだ。家に帰ってすぐ親父に頼んで情報を集めたらさ……出てきちまったんだよ」
「でも、あの子はそんな子には見えなかったけど。気のせいとかじゃ」
「ねぇよ。お前だってわかってるだろうが。あの子が普通じゃないって」
――どうして私に気づいたの?
不思議そうに顔をかしげる彼女。
――散歩。来たばっかだから。
何か目的があるかのように答えた彼女。
――ごめん、なさい……。
初めて怒られたかのように目を伏せた彼女。
――私は……夜猫。そう呼ばれてる。
「気をつけろよ尋人。この島に来た理由はおそらくお前でなかったにしろ、お前は彼女と何回か喋っている。見つけている。奴等がそんな危険分子になるかもしれない人物を野放しにしておくとは思えないからよ」
「まぁ……気を付けるよ」
「(……ほんとに大丈夫だろうな? やけに上の空だが)話は以上だな。もしなんかあったら絶対相談しろよ? 俺や親父も永良さんや雅楽さんたちも手伝ってくれるからさ」
「あぁ、助かるよ親友」
その親友が心配しているのは俺の事なのだろうか? それとも……。




