第二話
ピピピピピピピピピッ。
丸い目覚ましの時計が鳴り、意識が覚醒していく。まだ眠い。当たり前だ。まだ五時だ。学校は八時からだから今からでも寝てしまえそうだったけど起きる事にする。毎朝の恒例行事だ。
布団から抜けだし、ベッドを畳んで部屋の隅へと戻す。服はジャージに着替え、部屋を出た。洗面器へと向かって歩きだした所でこの家の主。母がいた。
「おはよう、尋人」
「おはよう、母さん」
言葉はそれだけ。俺は洗面器の前に立つと顔を洗って眠気を覚ます。それからすぐに玄関へと向かって靴を履き、外へと歩き出す。
すると、近くに広い建物があり、そこは道場となっている。母が開いている道場で、その強さは半端なものでは無く、昔は剣道で全国大会優勝を果たしていたようだ。
俺はその建物を一瞥すると、いつもの道を走り始めた。俗に言うランニングだ。ランクが世の中となってしまったこの世界で意味があるのかと言われても、体力があるなしでは大幅に違ってくる。それとは別に、幼い頃から走り続けているために今では短距離も長距離もいくらでもいける。
「はっ、はっ、はっ」
一定リズムで呼吸を正しながら、俺は車の通りが少ない道を走って行く。俺以外にも人が走っていたり、朝の散歩と称して歩いている老人たちが居たりする。朝の空気を吸いたいだけの人がいてもいいだろう。
いつものルートを走りきり、家に戻って来てシャワーを浴びる。リビングに戻ってくると、すでにそこにはパンに目玉焼きとお茶、そして弁当がテーブルの上に置かれていて、それ以外には何も無かった。
いや、正確には居なかったと言うべきか。母親はすでに家にはおらず、道場へと行っているだろう。熱心な教え子はすでに道場の掃除から竹刀の手入れをしているようだ。
(実の息子よりも教え子か。相変わらずだな)
俺は一人寂しく朝食を食べた。いつも食べる味だったが、今日はなんだか別の味がしたような気がした。別に変な味がする訳ではないが。
寂しいのでテレビをつけると、そこでは昨日、ビルが倒壊して確認しただけでも約百人という人が死亡や怪我をしたというニュースがやっていた。目的はわかっておらず、テロ行為なのではと言われている。
別のチャンネルにしたとしても数十は失われたであろう人の命の事もあってビルの事件のニュースばかりだ。
食事をし食器を洗い終えると、時計の針は7時15分になっている。歩いて行くには丁度いい時間帯だ。俺は部屋に用意してあったカバンを持って靴を履いた。
「行ってきます」
特に意味は無い挨拶をすませ、玄関を開けた。
家を出て歩いていくと、竹刀を持った数人とはち合わせたけど特に話す事も無く足を止めない。落ちこぼれの俺にわざわざ話しかける人なんていないのだから。
能力が発見されてから、一時大きな事件があった事以来は、全てがランクによって人の価値が決定つけられてしまった。ランクが高ければ高いほど、何かあったら新聞に大きく乗りやすいし、逆に低ければ低いほど新聞のほんの一枠しか乗らないし、死んだと言うのに乗らなかった事もある。
ランクの低い人は何もできないのが現実。ランクの高い人には将来有望性とかが見られるので人気者になるけど低い人は決してそんなことは無いのだ。
しかも、俺が通っている学校なんかはランクは一番重要だ。なぜなら学校同士の行事があり、そのために校内の行事で戦闘行為なんかもあるからだった。
「よぉ尋人! 今日も元気してっか?」
深く考えていたのか、いつの間にか尚樹と合流する地点まで来ていた。ちなみに尚樹はランクEと俺の一つ上なのだが、似たような物で落ちこぼれ組と言われているランク。だからなのか、尚樹は俺にとって無二の友達であり、無二の親友でもある。
「いつも通りだよ」
「ちげぇねぇ! そんやぁさ。今日はお金持って来たよな?」
「もちろん」
カバンの中身を見せるまでも無く、俺は尚樹に向かって笑ってやった。今日の放課後はゲーセンで夜中にならないと家に帰れそうもない。
それから、尚樹は登校の最中。ずっと喋り続けた。
「聞いてくれ尋人。俺は昨日、めちゃくちゃ不思議な事があったんだ」
俺は前を歩きながらその話をBGMにする。
「昨日。俺はゲーセンでお前を待っていたんだが、案の定来ない事を確認した夜八時だ」
こいつ、先に帰るとか言ってたくせに帰って無かったのか。しかもそれを俺の所為にしてもらうのは困るんだが。
「ちょっと小腹空いたからいつも食べてるあのうんまい唐揚げを買って外に出たんだよ。そしたらよ。いきなり風が吹いたかと思うと何とその唐揚げが無くなってたんだよ!? ふざけんなよだよな!」
そうだな。日本語がちょっとおかしいけどそうだな。そう言えば俺は二個は無くなった訳じゃないけどあの子にあげたんだっけ。だけどその気持ちはよくわかる。しょっちゅう食べているからたまにだが地面に落としたり、溝どぶの中に落としてしまったりした事があるからだ。
「確かにふざけんなよだ。で、それでどうしたんだ?」
「買い直したさ! 今度は無くなっても良い様に手に持ったままとカバンに入れた分! また風が吹いたかと思ったら手の内にある奴は無くなったさ! くっそぉ! しかも家帰ってカバンの中身見てみたらなかったんだぜ? これ絶対に嫌がらせに等しいだろ!? 誰かの仕業にしか思えないぜ!」
二百四十円を三つ。七百二十円。高い買い物をしたな。それは涙が止まらなかっただろうよ。
「で、俺的に推理してみたんだ」
「何を?」
「聞いてなかったのか? 俺の唐揚げを奪った犯人についてだよ!」
ここは天下の大通り。少し静かにしてもらえないだろうか。ほら、厳ついおっさんがこっちを見てるぞ。注目するのはやめてくれおっさん。俺たちはか弱いランクFですよ~ってね。
後、おっさんは同じ制服を着ているとはいえどうしてもお前は教師側にしか思えない。ちなみにタイの色が黒と白のチェックなので先輩だ。
「それで、犯人なんだが……俺は風を操るタイプのピースの人だと思うんだ」
「風がそうなら、そうなんだろうな。だけど、一つ説明がつかないよな?」
俺はそう言いながら尚樹のバックへと向けて指を差した。バックはチャック付きで、そのチャックを開けないと中の者を取り出せないようになっている。
「お、親友。気がついたか? そうだ。チャックだとどうしても一度開けて中の物を取りださないといけない。だけど俺はチャックを開けていた覚えが無いんだ。ましてや、開いた覚えなんて……。つまり、風とだけじゃまだまだわからない事だらけなんだよなぁ」
う~ん、と悩み始めた所で尚樹がようやく大人しくなった。
そうして歩いていくこと数十分。校舎が二つと、やけに大きい体育館が見えてきた。
俺たちが通っている学校、奥武陽高等学校だ。とても大きな学校で、大体700から800の生徒が通っている。
主な見どころは部活動が強い事だろう。様々な部活でトロフィーを授与されており、他の学校からとても恐れられている。尚、偏差値はそこまで高くはない。
「さて。今日は昨日みたいに何かあったりしなければ良いな」
もう昨日みたいな厄日はごめんだった。