第一話
自分は今、とてつもないほどに困っています。
何に困っているのかって?
「おい。いい加減にしねぇと痛い目見んぞアァ?」
「さっさと金出せよコラ」
「ほら跳ねてみろってコラ」
矢吹尋人。十六歳。人生初のカツアゲと言う物に会っております。やったね♪
…………とか現実逃避しても意味は無い。
場所は学校の校舎裏。人気が無い場所ではあるが、誰かが育てている花は綺麗だしを眺めて心落ち着くような場所でもある。花の名前は知らないが。
なのであまり人付き合いが良くない自分はこの場所が気に入っており、昼になればこうしてここで弁当を食べていた。
そんな時に、四人組の男が自分を見つけて今に至る訳だ。
ちなみに同級生でも同学年でも昔から遊んでいる先輩後輩でもありませんはい。
「何か話せよオイ!」
男が胸倉を掴んできた。だけど何も話す気にもならない。こういうタイプはさっさと渡すに限るけど、生憎。今日はお金を持っていない。食べているのだってお母さんが作ってくれた弁当だ。その弁当すらもう食べ終わった後だ。
つまり今の俺からは何も奪えないというわけさ!
「えっと、俺。お金今日持ってないんですよ……」
「はぁ? ンな事誰も聞いちゃいねぇよ。さっさと出せよオイ!」
この人ら、アァとか、コラとか、オイとか言わないと気が済まないのだろうか。もしかして語尾? 可愛くない語尾だ。そもそも語尾と言うのは――
「聞いてんのかコラ!」
現実逃避も楽じゃないね。
(さてと、逃げ道逃げ道……)
そう考えて辺りに視線を巡らせる。何処に逃げれそうな場所は無い。
仕方ない。ならば俺の奥義を見せるとしようか……。
「先輩たち、一体何の用かは知りませんが……」
「アァ? んだコラ。なんか言ってみろや」
丸刈りの男がズイっと顔を近づけるのと壁のある後ろへと回避すると、俺はすぐさま行動に出た。
足を曲げ、地面に手をつき……。
「どうか見逃してください!!」
素晴らしい速度と角度で土下座した。
◆
「あはははは! それでボコボコにされたって? さっすが尋人! 逃げ道が無いと即行で敗北を告げる男だ!」
「笑いごとじゃないぞ? あの先輩ら、マジで殴って来た。ピース使ってたら俺絶対に死んでたね。いってぇ……」
教室に戻って来たのは六時限目。五時限目は打撲その他で保健室行き。一時間休んだら保健室から逃げだしてきて今の状況だ。
何で逃げ出してきたって? 保健室の先生がかなり過保護で痛い所は無いか、何かする事はあるかと必要以上に迫ってくるからだ。それが女の、しかも美人ならむしろ喜ばしいだろう。
男だ。しかもかなり強面でボディビルダーでも昔やっていたんじゃないかと思えるほどの男だ。
その男が大丈夫かと何度も聞いてくる。怖くて寝れやしない。ただ、こういうのをギャップ萌えとか言う人もいるらしいが、俺の場合は人体解剖するマッドサイエンティスト(マッチョ型)としか思えてならない。
「まぁいいじゃないか。こうして無事に戻れてこれたんだ。この学校だと死人とかいくらでも見るだろ? お前がそれにならなくて良かったぜ」
死人。それはそのまま死んだ人と言う意味で、この学校では年に一人か二人、下手すれば五人ぐらいは死人が出る。
その理由はとても簡単だ。
この学校では能力。つまり『ピース』と呼ばれる力が全ての学校だ。
ランクはSからFとあり、自分はその落ちこぼれランクなんて軽蔑されるFランクだ。ちなみにSSSなんてランクもあるみたいだけど、そんなランクは伝説級だ。SSですら英雄級なのだから。
ランクを決めるのはその人の実力で、ピースを使わなくても一応ランクは決められる。その中で俺はピースを使ってもFなのだ。
まぁそのため、悲劇の事故。危険な物も扱うと言う事や、ピースを制御出来ていない人が自爆するのだ。
先生も気をつけてはいるが、学年ごと二百ほど居る学校では目が回らない所が必ずあると言う訳だ。
「それで、今日の放課後一緒に帰らないか? ゲーセン行こうぜゲーセン!」
「ほぅ。またどちらかの金が無くなる落ちだぞ? と言う前に、お金持ってないって言っただろ」
「今日は俺が払ってやるよ! と言っても、お前の分はお前の分で明日払ってもらうけどな」
「奢ってくれるんじゃないのかよ! でもサンキュ」
さて、そろそろ自己紹介が欲しいだろう先程から話している友人。名前は鍔田尚樹。跳ねた黒髪がわかりやすく、脱ぐと実はすごい奴。愉快な奴で、昔からの付き合いでこうして二人で居るのなんてザラだ。
そのあともたわいもない話をしていると授業が始まるチャイムが鳴る。
六時限目は英語か。一番苦手な教科だ。まったく、日本人なんだから日本語でいいんだよ。
「さて、授業を始めるぞ。お前ら全員席に座れ!」
教室に入って来たのはサングラスを掛けたオールバックのおっさん。校内でもサングラスなのは片目を傷で塞がっているだとか。それでスーツ姿なので下手をすればやばい人物に見えるのが通称阿吽。本名は多嶋厳と『阿吽』の『ん』しか入っていない。
ちなみにやばい人と関係がある男ではない。純粋に怖い。
俺も尚樹も席に付き、こうして六時限目が始まり、つまらない英語がようやく終わる頃だ。
終わりの鐘まであと一分。
終わった終わったと思いながらふと先生の話を流しながら教科書を閉じた。とたん聞こえたのは罵声。
「コォラ尋人ォ!! 貴様まだ三十秒もあるのにすでに教科書片付けてるとは何事だぁ!」
「え? いや、もう終わり……」
「はぁ? 舐めてんのか尋人ぉ! ちょっと来い!!」
今日の俺はどうやら厄日らしい。
終わりのチャイムを背に、俺は個人面談することとなった。
◆
帰路の旅路の途中。俺は一人で家に帰っていた。それはもちろん阿吽の説教が放課後まで続き、尚樹からは「先に帰る、ドンマイ(笑)」と言うメールが送られてきた。
「ったく。仕方ないか。さっさと帰って阿吽に出された課題終わらせよ」
肩を落としながら頭に浮かぶのは明日の朝出せと言われた宿題。プリントで渡され、その量は英語が出来ない自分には夜明かししてやらなければいけないほどの量だ。つまり今日の夜は徹夜しなければならない。確か明日の授業に国語と数学があるからその時間に寝るとしよう。
太陽がすでに落ちて街灯がついた道を歩いていく。こうやって夜の道を歩いてると、いろいろと頭の中身が整理されていく。
一人で歩くのは好きだ。
だけど、親友の尚樹と歩いているのはもっと好きだ。一方的に話しかけてくるので退屈はしない。たまに言った事を繰り返してくるけどその時は別に話題へと変えようと俺が少し話すぐらいだ。
小腹空いたなと思い、近くのコンビニへと寄って行く。
そこの君。今お金ないんじゃないのと考えなかっただろうか。残念だったな。商品券はしっかりと持ってるのさ。
「唐揚げ、二百四十円になります」
「これで。あと、箸つけてもらえますか?」
「わかりました。六十円のお返しになります」
三百円分の商品券を渡し、六十円をカバンへと入れて四個入り唐揚げと箸を貰って外へと出た。
口の中へと唐揚げを持って行くと、ホクホクの唐揚げにハフハフと冷ましながら食べて行く。
「んめぇ。やっぱここのコンビニの唐揚げは別格だな」
歩きだして二つ目の唐揚げを口の中へと持って行く。しまった。このままだとさっさと食べ終えてしまう。このままではいけない。俺は口の中の唐揚げをコロコロと転がしながらかみしめ、肉厚と肉汁をしっかりと味わいながら二つ目の唐揚げを食べ終えた。
さて三つ目を食べようとしたその時、視界の端に何か移った。
「……ん?」
「…………」
何だろう。視線を感じる。
恐る恐る隣へと視線をやると、そこではジーっと俺を見ている……いや、俺の唐揚げを見ている、だと!?
犯人は誰だと確認すると、そこではフードを被った俺よりも何歳も年下ではないだろうかと思える少女が虚ろな目でじっと見ていた。金色の瞳で俺の唐揚げ棒を狙っている。
親とはぐれたのか? それともこの年で放浪者? いやいやありえないだろ。
どうするべきか悩んでいると、とりあえず食べてしまおうかと思って口元へと持って行くと、突然「ぐぅ……」と言ったような音が聞こえてきた。
「…………」
「…………」
食べたいのに食べられない。食べれる状況に居るはずなのに食べられない。
そして、根気負けしたのは俺の方だった。
他へと視線を巡らせても俺以外誰もいない事を知ると、俺をジッと見てくる子に声を掛けてみた。
「えっと……食べる?」
「…………?」
どうやら何を言われているかわかっていないようで、それほどまでに幼い子だっただろうかと思う。仕方なしに家で使うはずだった箸の袋を破って割った。
「ほら、口を開けて」
「…………」
とりあえず、口を開けるよう言うと、ゆっくりと口を開けた。その中に三個目の唐揚げを箸で掴んで放り込んだ。
もきゅ、もきゅ。とでも音がしそうな感じに口を大きく動かす少女。ちょっと大きかったか、などと思いながらその様子を見ていた。まるで餌を与えられた猫だとか思いながら見ていると、こくんと喉を動かして食べてしまった。
「どうだ? 美味しいか?」
食べ終えたのを見計らってから聞いてみると、コクリと頷くかと思ったら最後の唐揚げをジッと見ていた。一個じゃ足りなかったらしい。
最後の一個だからこそ、自分で食べたいと思っていたが、小さな子の目の前でそんな事はできないと考え、心で涙を流しながら箸で取って口の中へと入れてあげた。
もう熱くないのか、しっかりと噛んで食べている。とっても満足そうで、目を細めて実においしそうに食べている。そしてまだ喉を通すと、もうないのかとばかりに見てくるので笑いながら手を振った。
「さすがにもうないよ。食べちゃったから」
そう言うと、あからさまにしゅんとした表情で残念そうだ。そんな顔をされるとまた買ってきてしまいそうになりそうだったが、心の中で葛藤した結果、ギリギリ勝つ事が出来た。
その理由は簡単だ。悩んで視線を逸らしていた結果。視線を戻した時のその場にすでに少女の姿は無かったのだ。まるで自分が幻でも見ていたかのように、静かに、そっとその場から消えてしまっていた。
「一体何だったんだ?」
学校ではカツアゲされそうになってぼこられ、阿吽先生には三十秒と言う事で怒られ、帰り道では唐揚げ四つ内二つを食べられた。今日は本当に厄日だな。そんなふうに思って、近くのゴミ箱に箸と袋を一緒にして投げ入れて自分の家に帰って行った。
これが【無銘者】と呼ばれ、知る人ぞ知る男と、【夜猫】として夜を這い回る金眼の少女の初めての出会いだった。
インフルエンザで倒れてました……少し良くなったので書いてあった分の投稿です