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三日が過ぎて、ミアからの連絡は未だなかった。一つ年下で学園生の弟アシュレーに呼び出されて、ともに学舎の中庭を歩く。
「レフと婚約を解消したそうですね。レフはソフィアと婚約するとか。どうするんですか?」
「ええ。あなたこそ、いい人は見つかったの?」
「答えてくださいよ」
「相談所へ行ったの。連絡はまだないのだけれどもね」
「どんな条件を?」
「何もしなくても構わないと言ってくれる人を、と」
アシュレーはため息をついた。髪をかきあげる仕草に、周囲から感嘆が漏れ聞こえる。さすが私の可愛い弟。結婚相手を探すにも不自由しないだろう。
「見つかるんですか、それ」
「どうでしょうね」
言われなくとも、正直なところ、期待はしていない。ミアから連絡があって、この条件さえ何とかなればと言われてから妥協を考えようと思っている。それに、私には帰る場所がある。結婚できなくても、実家を追い出されない確信はあるのだ。
ぐるりと中庭を一周してしまったところで、足を止めた。アシュレーが少し先に進んで止まる。二周目に入るつもりだったか。アシュレーに追いついてまた歩き出す。今度はゆっくりめに。
「そういえば、ラヴァン侯爵を継いだ人を知っていますか? エリオン・アクセルロッドという、亡くなったラヴァン侯爵の親戚筋、子爵家の出身だそうですが。昨日その人が相談所に来たとかで、たいそう噂になっていますよ」
「あら、独身なの?」
「ええ、惑いすぎる不惑とか、とんでもない遊び人とか聞きます。侯爵になるにあたって、さすがに、一人、しっかりした妻が必要になったのでしょうね」
道理で、昨日今日と、レディ・ナニガシが学園を多く訪ねてくると思った。皆さん、侯爵夫人の座を狙っているのだろう。そうして集られることが面倒で、侯爵は相談所に丸投げしに来たのでは。お母様が変装するよう忠告したのは、侯爵のようになるからか。
「大変ね。そんなことより、次期ソード伯爵は、結婚相手を見つけたのかしら? 学園に入る前、絶対に自分で見つけるのだと宣言した、アシュレー・ヘヴェル?」
「ご心配には及びません。すでに狙いは定めております」
「そうなの。まだ射抜いてはいないということね」
「……はい」
うなだれる様ですら可愛らしい。今から相談所に戻って、弟と妹への溺愛についても理解を求めると条件を書き換えるべきかもしれない。
どうしたものかと目を閉じると、足音が近づいてきた。目を開けると、ミアの姿が見えた。私と目が合うと、安心したように口元が緩み、足を速める。ミアの制服が学園職員のものであったため、アシュレーは警戒こそ顔に出さなかったが、いぶかしげに見知らぬ女性を見ていた。
「ヘヴェル様。お時間よろしいでしょうか?」
「ええ、ミア。先日の件かしら?」
「はい!」
ミアは大げさな素振りでうなずいて、はっと気づいたように周囲を見回した。ミアの大きな声の返事は、静かな中庭でいくらかの注目を集めてしまった。ミアは手で口を押さえ、無言で「ごめんなさい」とでも言うように勢いよく頭を下げた。
「構いません。頭を上げてください」
おそるおそるといった様子で頭が上がる。
「先日の件で、お話を」
「ええ、どうぞ。移動する?」
「はい。ええと、実は、ぜひともヘヴェル様に会いたいという方がいらっしゃいまして、その方が、ええと、本日、学園にお見えなんです。ですので」
「その方に会いに行くのね?」
「はい。お願いします」
「ええ。では、アシュレー、そういうことだから、ここでさようなら」
ミアを促して、私の夫になるかもしれない方の元へ向かうことにした。結婚相談所では、利用者の名前は伏せられている。爵位や進路から推測されることはあるが、私の場合は、伯爵令嬢であるということ程度しかわからないだろう。つまり、私に会いたいと言う誰かは、「働きたくない伯爵令嬢」あるいは「何も口出ししないであろう若い娘」に興味を持ったのだ。
ふと、前を歩くミアが、私の背後をうかがった。ちらりと見れば、アシュレーが着いてきていた。