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婚約者が妹と両思いだった。婚約者に興味がなくて気づかなかったが、妹の恋には気づいてしまった。つまり、私が彼と結婚すると、誰も幸せにならないどころか、後の禍根になりかねない不幸せがいくつか生まれてしまうのだ。そいつはよくない。面倒だ。
「婚約、解消しましょう」
婚約者が屋敷に遊びに来ていた時に、家族の前で宣言してやった。まったく、理解のある女ですよ私は。面倒くさいからとかじゃないんだからね。
素直で可愛い妹は、喜んだ。婚約者は、嬉しいような困ったような寂しいような百面相をした。両親は、飲み込みが早く、その上で現実的だった。
「婚約を解消して、お前はいったいどうするつもりなんだ」
「そうよ、アヤ。レフとソフィアが結婚するなら、アヤの婚約は解消してもいいけれども……あなた、王立学園も、もう卒業でしょう? 今から年の近い結婚相手を探すなんて、難しいわ」
聞き捨てならない言葉が聞こえたが、あえて聞き捨てることにする。お母様は、私の可愛い妹ソフィアが、私の婚約者レフと、両思いだと知っていたようだ。だというのに私とレフを結婚させるつもりだったなら鬼畜だな。
「ところで、レフ。ソフィアと散歩に出かけてはどうかな」
「は、はい。伯爵。行こう」
「はい。レフ様」
お父様のさりげなくない提案に乗り、レフはソフィアを連れて談話室を出ていった。未成年の二人にお目付け役としてつくため、メイドが一人、場を辞した。
冷めたお茶を淹れ直そうとしたメイドにいらないと告げて、立ち上がった。私がこれからどうするのか、どうしたいのか。ご立派な目標は何もないが、ひとまずは先のばしにできればいい。お父様はこれから長話を始めるつもりでソフィアとレフを追い出したのかもしれないが、私はそんな面倒はごめんだ。付き合いません。
「お父様、お母様。私は、学園に戻ります。ソフィアを幸せにしてやってくださいね」
「学園? 今からか?」
「もしかして、アヤ、あそこに行くつもりなの? 忠告しておくわ。変装して行きなさい」
「わかりました。お母様」
よくわからないが、そう答えた。卒業間際の学園生は、ほとんどが私のように自宅にいる。レフのように婚約者の家にいる場合もあるだろう。今から戻っても、寮はきっと閑散としている。他の学園生が授業中なら、他人に見られることはまずない。変装はいらないんじゃないかな。お母様が真剣に言うのだから、従ったほうがいいのだろうけれども。
「え? 本当に戻るのか? せっかく卒業前休暇なのに? 一昨日帰ったばかりなのに? アシュレーの話も聞いてないのに?」
どうやら私に学園へ戻って欲しくないらしいお父様は無視して、メイドに自動車を用意するよう伝えた。外へ出て待つことにする。結婚すれば、この屋敷は私の家では無くなるんだなあ。
外に出ると、庭を歩く小さな影が見えた。ソフィアとレフと、少し離れてメイドが一人。ああ、幸せにおなりなさい。お姉様は自分の幸せを探しに行くから。
学園へ戻って、あの場所へ行く。都合のいい話があるかどうかはわからない。けれども、何と言っても、王立なのだ。国中の貴族が、結婚相手を探す時にまず考える場所。もしかしたら、私に都合のいい話が転がっているかもしれない。あの、王立結婚相談所なら。