プロローグ
今、自分が当たっている太陽の光は何年前のものだろうか。塩っからい汁を体から流しながら青年は歩く。
「暑すぎて頭がどうにかなっちまいそうだな」
その顔には苛立ちが隠しきれずにいた。無理もない、今年の暑さは異常なまでのものだった。元々白かった肌は自然のめぐみで健康的に焦げあがっていた。北海道出身のこの男、田中隆人には初めて経験するものだった。
「アパートまでもうすぐだ、頑張ろうぜ」
曇った顔一つせず答える男がいた。
「へいへい、智和は元気だな」
「まぁな、隆人も早いとこコッチの暑さになれるんだな」
慣れるものなら慣れたいぜと、心の中で思ったが言葉に出す気力も無かった。
「やっとついたな」
アパートの下までついた隆人は、我先にと階段を登ろうとする。
「おいおい、宅配便来てたんだろ?ボックス、確認して行けよ」
はぁ、大きくため息をする隆人。しぶしぶ登り始めた階段を降り、宅配ボックスをあけ荷物を出した。
「何か買ったのか?」
「いや、別に、母さんかと思ったが宛先が無いな、気持ちわり」
1辺60cmほどの正方形のダンボールは不気味な程無地で貼られた紙には隆人の名前と住所のみが記されていた。
「おいおい、そんなもの持って帰って大丈夫かよ」
「中身気になるだろ?」
平穏な日々に飽き飽きした青年の幼い笑顔がそこにあった。
「隆人の家、久しぶりだな」
「何言ってるんだ、昨日も来てただろ」
キッチリと靴を並べる智和とは裏腹に、隆人はサッサと我が家のリビングへ入っていく。
「クーラーつけっぱなしか、田中家はリッチだな」
火照った体を一瞬で冷やすほどの冷気が智和を包む。
「道民はこうでないとな」
隆人はそう口にしながら先ほどのダンボールを開け始めていた。
「やばいもの入ってなかったか?」
子供のような顔で開けている北海道民を横から見る。
「あー、なんか期待はずれかも」
残念そうに隆人は呟く。
「何が入ってたんだ」
んっ、と言い差し出すものは青いケース、上部に手で持つハンドルがついている
「これは、AEDか?」
「ラベルは貼ってないが形と大きさからしてそうだろ」
二人は近くの大学の薬学部に所属している。AEDの独特の雰囲気は何度も目にしているし珍しい物ではなかった。
「だけどこれ、ラベルや製造元も書いてないし色も青なんてあまりみないな」
「だよな、俺も初めてだ」
智和が様々な面を見ているがやはり製造元等は見つからない
「とりあえず、開けてみるか」
智和からAEDを取り上げた隆人は慣れた手つきで箱から取り出した。
「ふむ…、やはりふつうのAEDっぽいな」
まじまじと隆人は観察している。
「とりあえず、スタートボタン押してみるか」
隆人は、ボタンを押した。これが、田中隆人の平穏な日々の終わりをつげた。