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ユウカがここに来て知ったこと

湯船にゆっくりとつかりながら、ユウカはヘルミのことを考えていた。彼女はどうしてあんなに他人を嫌うのだろう?。確かに自分も他人を信用できなくてずっと怯えてきた。しかしここに来てからはそれも随分とマシになった気がする。なのにヘルミにはそれがないのだろうか。


だが同時に、ユウカはこう考えるようになっていた。


『私はヘルミさんじゃないから、ヘルミさんの本当の気持ちって分かるはずないよね…』


と。


残念なことではあるが、ユウカのその認識は正しいだろう。他人の気持ちを完全に理解できるなどということは有り得ない。勝手に想像したそれを本人に無断で当てはめて分かったような気になっているだけだ。他人の内心を客観的に観測できる機器も手段もないのだから。


ユウカは、ここに来て気持ちに余裕が持てるようになったことで逆にそれを認めることができるようになった。以前は分からないと思っていることを他人に知られるとそれを責められるんじゃないかと恐れていて、本当は分かっていないのにそう言えなかったというのもあったのだ。だがここでは、生物として根本的に違う者が当たり前のように一緒に暮らしている。同じアパートにいる、不定形生物のヌラッカや機械生命体のシェルミがそうだ。


不定形生物のヌラッカには、形状や形質が固定された人間の感覚が理解できない。不都合があればそれに合わせて自分の形質そのものを変えてしまえるのだから、<状況に応じて自分の形を変えることができない不便さ>というものが理解できないのである。そして、ヌラッカがそれを理解できないことが、形状が固定された人間には理解できない。彼女のことを愛しているキリオでさえも理解はできていないだろう。キリオはただ、ヌラッカのありのままを愛しているだけだ。


機械生命体のシェルミもそうだ。有機生命体であるが故の非効率さや不便さが彼女には理解できない。知識としては持っていても、感覚的には分かっていない。そして、生活のための空間をほとんど必要としないからといって部屋の半分をランジェリーショップにしてしまうような感覚は、ユウカたちには理解できない。


だが、それでいい。それでいいのだ。互いに違い、相手の全てが理解できるわけではないということを理解することから、本当の相互理解が始まる。自分の考えを一方的に相手に押し付けるのは逆に非合理的であるということを知る。自分の存在を認めてもらうためには、他者の存在を認める必要があるのだということを知る。


ここはそういう風に成り立っているのであった。


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