ガゼの決意
この<書庫>に凶悪な犯罪者はほとんどいない。しかしそれはあくまで<ほとんど>ということであって決してゼロということではない。法律と呼べるものがないのでそういう意味では犯罪と言えるものがなく故に犯罪者もいないという理論上のからくりではなく本当に犯罪行為自体が少ないものの、狂暴な奴も数は少なくとも存在はするのだった。そういう意味では、ヘルミもその一人だろう。
しかしこの時、ガゼの前にいたそいつは、そういうレベルを超えていた。粗暴とか喧嘩っ早いとかそんな次元ではない。テロリストか、それ以上の存在である。少なくとも、ガゼはそう認識した。
ガゼが元いた惑星は、組織同士、地域同士、国家同士の諍いが絶えないところだった。その為、その星の人間たちは幼い頃から戦う術を叩きこまれ、その結果としてガゼのような特異な才能を発揮する者を生み出すこともあった。そう、ガゼの能力の高さは、彼女の世界でも異能と呼べるほどのものだった。だがそのガゼをもってしてもまるで敵わないと思わせる存在が、危険でないはずがない。
それでも、彼女はユウカを守りたかった。幼い姿にはあまりに不釣り合いな力を持ってしまったのは、まさにこういう時のためのものだとも思った。結果として敵わないかも知れないが、それでも最後まで足掻いて見せてやる。彼女はそう自らに言い聞かせ、挫けそうになる自分を奮い立たせた。
だが、ガゼの決意は立派ではあっても、いかんせん相手が悪すぎる。ガゼは知らなかったが、相手は邪神の一柱なのだ。人間がどれほど足掻こうとも歯牙にもかけない、まるで次元の違う存在なのだ。
にも拘らず、ガゼは自身の小さな体の中で力を練り上げ、己の全てを叩き付ける機会を窺った。じりじりと間合いを詰めていく。
が、彼女が練り上げた力を解放しようとしたその瞬間、その声は掛けられた。
「待て!、やめろ!。無駄死にしたいか!!」
それは、体だけでなく魂にまで叩き付けるかのような喝だった。ガゼの体がビクンっと跳ね、動きが止まる。ユウカに至っては、腰まで抜かしそうになっていた。二人が思わずその声の方に振り向くと、そこにいたのは、荒んだ目つきをしてこちらを睨み付ける、棘だらけの鋲付きジャケットを羽織った女だった。
「…ヘルミ…さん…?」
ユウカがほとんど無意識にその名を口にした。
そう。そこにいたのは紛れもなく、ユウカと同じアパートの三号室に住む、ヘルミッショ・ネルズビーイングァであったのだった。




