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深淵を覗き込む覚悟はおありですか?

その日、ユウカは仕事が休みだった。だから、アニメを録画するためのストレージを買いに行こうと出掛ける用意をしていた。だが、そんな彼女の前を、クォ=ヨ=ムイが相変わらず眠そうな気怠そうな表情で横切った。


「こんにちは」


そう声を掛けたユウカに、クォ=ヨ=ムイも「こんにちは…」と返事をした。


それ自体はいつもの感じだったのだが、しかし今日に限って、ユウカは何故か別なことを思い付いてしまったのだった。


『クォ=ヨ=ムイさんって、普段、何してるんだろう…』


一度そう考え始めるとすごく気になってしまって、ゆっくりと歩くクォ=ヨ=ムイの後をつけてしまっていた。三十分ほど歩いて着いたそこは、ユウカが初めて来る場所だった。どことなく飲み屋街といった感じの街並みだが、今はまだ午前中である。まさかこの時間から酒でも飲むのかと思っていると、小さなビルの地下へと降りる階段を、クォ=ヨ=ムイは降りていった。


ユウカもその階段の近くまで来て覗き込んでみたが、いかにも怪しげで明らかに子供が近寄ってはいけない雰囲気を放つそこに、足がすくむのを感じていた。


取り敢えず場所は確認したし、やっぱり大人の社交場ってことなんだろうなと自分を納得させてその場を離れようとした彼女の前に、突然、何者かが立ち塞がっていた。


「ひっ…!」


思わず小さな悲鳴を漏らした彼女を、それは冷たい目で見降ろしていた。そいつは長身で、タキシードを思わせる漆黒の服に身を包んで真っ直ぐに立ち、腰まである黒髪を垂らした、一見すると男性か女性か分からない人物だった。しかし明らかにまともな気配を放っていない。まるで感情が読み取れない蝋細工のように白く無機質な顔と血を思わせる赤い瞳が、ユウカの背筋を凍り付かせた。


『殺される…?』


何の根拠も脈絡もないが、ユウカはほとんど本能的にそう感じ取っていた。そしてその感覚は、実はそれほど的外れでもなかったのである。なにしろそいつは、死と破壊をもたらす邪神の一柱だったのだから。


そいつは怯えた表情で自分を見詰めるユウカの首根っこを掴み、まるで子猫をつまみ上げるようにひょいと持ち上げた。そしてそのまま階段を下り、突き当りのドアを開いてユウカを連れたままその中に入っていった。


ユウカは死を覚悟した。邪神に対して要らぬ好奇心を示したことで、人間が踏み込んではいけないところに自分は踏み込んでしまったのだと思った。そう、クトゥルー神話で身の程をわきまえず深淵を覗き込もうとした人間がどういう末路を迎えたかということを、思い出していたのであった。


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