エルダーの役割
自分は死んでこの<書庫>と呼ばれる世界にデータとして転送されてここで生きていくのだと突然言われても、中学生の少女にとってはまるで現実味のない話だった。
にこやかに自分を見詰めるアーシェスの視線を受け止めきれなくて、石脇佑香は目を逸らした。その彼女の頬を涙が伝う。無理もない。
そんな彼女に、アーシェスはどこまでも寛容だった。
「分かるよ。いきなりこんなところへ一人で送られて周りには知り合いは誰もいなくて不安だよね。だけどもう元には戻れないんだ…」
静かにそう話すアーシェスの言葉に、石脇佑香は自分の腕を胸に抱くようにして「う…、うえ、うあぁ…」と嗚咽を上げた。
決して楽しい人生と言えるものじゃなかった。保育園の頃にはイジメられ、小学校低学年の頃には変質者に悪戯され、それを母親に相談しようとしても相手にもされず、父親は横暴なだけで全く信頼出来る人間じゃなかった。家庭に安らぎはなく、学校はただ無難にやり過ごすことだけに必死になる場所でしかなく、世の中の不思議なことを取り上げた本を読んで見知らぬ世界を空想することだけが安らぎだった。
ネットをするようになってからは、変質者に悪戯された時に撮られた写真がネット上にアップされていないか必死で探してみたり、極度の人間不信から中学に上がる頃にも友達と言える者はいなくていつも不安に苛まれていた。
それでも、中学に入ってから誘われて入った、オカルトを研究する部活動の中では部長さんも優しく、他の部員も決してすごく仲がいいとまでは言えないものの少なくとも嫌な目に遭わされることもなかった。だから最近ではちょっとマシになってきたかなって思ってた矢先だったのに…。
『それなのにいきなりこんなのって…。こんなのって、ないよぅ……』
溢れる涙を拭うことも出来ず泣きじゃくる石脇佑香に、アーシェスが手を差し出し、小さな体で、自分よりずっと大きな少女の体をそっと抱き締めていた。
「今はいいよ。いっぱい泣いたらいい…。あなたには、その権利があるから」
それはまるで、母親が幼い我が子を抱き締めて癒そうとするかのような姿だった。いや、実際にそうなのだろう。なにしろアーシェスはこの地区のエルダー。<書庫>に転送されてきた者たちを導く存在なのだから。二百万年以上の時間を生きた彼女にとっては、僅か十四歳の石脇佑香は本当に幼子でしかないのだから。
そのアーシェスの腕の中で、石脇佑香はいつまでも泣き続けたのであった。