アーシェス・ヌェルーカシェルア、2,046,154歳
「ようこそ」とにこやかに言われても、さすがに足は進まなかった。もはや妖気さえ感じそうな風情のボロアパートは、普通の中学生の女の子でしかない石脇佑香にとってはハードルが高かった。
けれどここまで来て入らなくては何を言われるか分からないという気もしてしまい、彼女は意を決して扉を開けたのだった。が、中は外見に比べてそれほど痛んではいなかった。古さは感じさせるものの、意外としっかりしていそうにも見えた。
『良かった…、思ったよりはまとも…』
ただ、玄関で靴を脱いで上がるアパートは初めてだったこともあり、やはり戸惑いは大きかった。
「あなたの部屋は8号室だから、靴箱はここね」
八つの扉が並んだ木製の古びた靴箱にはやはり見たこともない言葉が書かれてたが、それが数字であることは分かってしまう。アーシェスが開けた靴箱に、石脇佑香は自分の靴をそっとしまった。
「部屋はこっちよ」
そう言って前を歩くアーシェスについて行くと、キシキシと音を立てる階段を上がって二階へと案内された。さらにその一番奥が8号室だった。
「ここがあなたの部屋。どうぞ開けてみて」
アーシェスに促されて恐る恐る扉を開けると、部屋は更に綺麗な六畳一間の和室だった。畳も新しく、壁は土壁でいかにもな風情だが、アパートと言うよりはむしろ品の良い旅館の客室という印象さえあった。外見との落差に、呆然としてしまう。
「どう?、見た目よりは綺麗でしょ?。大丈夫。こういうのは全部『演出』なの。だってここにあるものは全てデータだから。私もあなたもそう。物体としてそこに存在してるわけじゃないからね。もっとも、ここに住む私たちにとっては、現実と区別は付けられないけど」
一通り部屋を見渡した石脇佑香が視線を向けると、アーシェスは自分の胸に手を当てて、にいって感じで笑った。
「改めて自己紹介するわね。私はこのニシキオトカミカヌラ地区のエルダー、アーシェス・ヌェルーカシェルア。歳は2,046,154歳よ」
「にひゃ…!?」と声を詰まらせる石脇佑香に向かって、アーシェスは更に悪戯っぽく笑った。
そして彼女が指をパチンと鳴らした瞬間、部屋の様子が一変した。いかにもな和室だったそれが、今度は今風のフローリングに一瞬で変化したのだ。もう一度パチンと鳴らすと、今度はエスニック風の趣があるそれへと変わる。
「だから言ったでしょ?。『データ』だって。あなたの好みの部屋がたぶん見付かるわ」
どこか自慢げにそう語る彼女に、石脇佑香はやはり呆然とするしかできないでいたのだった。