第一〇七六四八八星辰荘
「ここに来たばっかりだと住む家もないでしょ。おいで、ちょうど空き室があるから。案内したげる」
アーシェスと名乗る三つ目の少女?は、石脇佑香にそう声を掛けて自分についてくるように促した。状況が掴めず途方に暮れていた彼女は、信じていいのか不安を感じながらも仕方なくついて行くことにした。
自動車一台通れそうにない路地裏を歩いていると、何人もの人?とすれ違った。一見すると人間のようにも見えるが、皆どこか違和感があった。獣のように毛深い者、三つ目のアーシェスを上回る四つ目の者、異様に背が高い者、逆に背が低すぎる者、肌の色や髪の色も様々だった。
そんな者達に対して、アーシェスは気軽に「こんにちは」とか「お久~」とか声を掛け、相手も、
「こんにちはアーシェス、また新入りさんかい?」
「うッス、アーシェスの姉御、お勤めご苦労さんッス」
などと気安い感じで返事をしていた。皆、顔見知りなのだろう。その和やかな雰囲気に、石脇佑香も少し気持ちが落ち着いてくるのを感じていた。
五分ほど歩き少しだけ広い道に出ると、そこには古びたアパートがいくつか並んでいた。いや、『古びた』などという表現はいささか過大評価し過ぎか。見るからに老朽化著しい、いつ倒壊してもおかしくない、およそ人が住めるとは思えない酷い有様だった。それぞれには、アパートの名前だろうか、<第一〇七六四八二星辰荘>、<第一〇七六四八三星辰荘>と書かれた看板が掲げられていた。と言っても、それは明らかに日本語ではなかった。日本語どころか、一体どこの国の言葉かも分からない見たこともない言葉で書かれていた。なのに読めるのだ。
『何これ…、私、どうしてこんな文字が読めるの…?』
看板を呆然と見ている石脇佑香の様子に気付き、アーシェスが言った。
「<書庫>の中の言葉は、勝手に翻訳されて自分の中に伝わってくるから心配ないよ。喋ってる言葉もそう。私、あなたの惑星の言葉で喋ってるんじゃないの。よく見たら分かると思うけど、口の動きとあなたが聞き取ってる言葉とは合ってないでしょ?」
言われて見れば、日本語に吹き替えられた外国映画を見てるように、微妙に動きがズレていた。すごく不思議な感じだった。
「さ、ここよ、あなたは今日からここに住むの」
そう言ってアーシェスが示したのは、やっぱりとんでもなくボロボロのアパートだった。
「第一〇七六四八八星辰荘へようこそ。みんなあなたを歓迎してくれるわ」
にこやかなアーシェスを前に、石脇佑香はやはり呆然とするしか出来ないのだった。