石脇佑香の死
人間、死ぬ時は実に呆気ないものだ。市立吉泉中学校に通う十四歳の少女、石脇佑香はある時、その短い生涯に幕を閉じた。
いつもと変わりなく、しかしいつもより資料の読み込みに夢中になってしまって帰るのが遅くなってしまったことで部室の戸締りを任された彼女は、これまで感じたことのない違和感を覚えた。部室のドアに鍵を掛けて帰ろうとしたその時、自分の体がズレるかのような、言葉では言い表せない異様な感覚に包まれたのだ。
そして次の瞬間、彼女は自分が見慣れない場所に立っていることに気付いた。
「な…、何ここ…?」
そこは、石脇佑香がこれまで見たこともない光景だった。辛うじて近いものを挙げるとすれば、高度成長期の頃の日本の路地裏とも言えなくはないが、それにしては道路がヨーロッパ風の石畳だったり、立ち並ぶ家々もどこか珍妙な和洋折衷、いや、和でも洋でもない不可思議な印象のある建物ばかりだったのだ。
状況が掴めず呆然とする彼女に、突然、声が掛けられた。
「あらあなた、見慣れない顔ね。もしかして新入りさん?」
完全に不意を突かれて石脇佑香は跳び上がりそうなほど驚いた。驚いて声の方に振り返ると、そこにいたのは小学生低学年くらいの少女だった。
…少女…?。
さらりとした髪を胸まで伸ばし、前髪を左右に分けてピンで留めたその姿は確かに人間の少女の姿にも見えたが、だがその少女は明らかに人間ではなかった。なにしろ、普通の人間と同じ位置にある両目の外に、額にももうひとつ目が有って、それが石脇佑香を見詰めていたのだから。
最初は額に何か描いているのかと思ったが、それは紛れもなく本物の目だった、他の二つと同じく瞬きをして、眼球が動き、しっかりとこちらを見ているのだ。
「あ…、あなたは…?。ここはいったい…?」
石脇佑香の問いに、三つの目を持った少女らしきそれは答えた。
「ここは<書庫>。あなたは死んでここに来たのよ。私はアーシェス。あなたにとっては先輩ってことね」
『死…、死んで…?。え?、私、死んじゃったの…?、っていうことはここが<あの世>ってこと…?』
そんな考えが頭の中をぐるぐるとめぐり返事をすることも出来ない石脇佑香に向かって、アーシェスと名乗った少女?は言った。
「念のために言っておくけど、ここは<あの世>とかじゃないから。さっきも言った通りここは<書庫>。あなたは死んで、あなたのデータだけがここに転送されたの。いわばコンピューターの中って言えば何となく分かるかしら?」
こうして、人間としての命を終えてデータとして<書庫>に書き込まれた石脇佑香の新たな人生が始まったのであった。