その1
ある時代に「トウメイちゃん」という、うさぎさんが生まれました。なぜトウメイちゃんと呼ばれたかというと、その名の通り、生まれたとき透明だったからです。
なので、お父さんうさぎとお母さんうさぎは最初びっくりしました。
「まあまあ! わたしたちの大切な赤ちゃんは、一体どこに行ってしまったのでしょう!」
大慌てで捜しましたが、すぐには見つかりませんでした。そこで神様にお祈りをしたところ、お母さんうさぎはひらめきました。
「あぁ! そうだわ! 嫁入りのときに持ってきた大きな絹のレースがあったわ!」
お母さんうさぎは、部屋いっぱいに広がる大きな絹のレースをタンスから取り出すと、ふわっと床に下ろしました。すると、ある一カ所がもじょもじょと動きトウメイちゃんの輪郭がわかるようになりました。お父さんうさぎがレースごとトウメイちゃんを抱き上げます。
「見つかって良かった、良かった! でもこれからどうしよう? 姿が見えないんじゃ、いつ踏んづけてしまうかわからない……」
そこでお母さんうさぎは、トウメイちゃんのために身体の寸法を測って、絹のレースでお洋服を作ってあげました。また、顔や手足がないと驚かれてしまうからと、顔にはうさぎのお面をつけてあげ、手には手袋、足には靴と靴下をはかせてあげました。
トウメイちゃんはそれから明るくて素直な女の子うさぎとしてスクスクと成長し、両親からたくさん愛されました。
「お母さん、お母さん。わたしと“あっぷっぷ”しましょ! 笑ったら負けよ、あっぷっぷ!」
そう言って、トウメイちゃんはお面をすぽんと取ると、それを歪めたり丸めたりして、思い切り変な顔を表現します。するとお母さんうさぎは、本当におかしそうに笑うのでした。
「あらあら、トウメイったら! うふふ、なんて可愛らしいお顔なんでしょう!」
そんなトウメイちゃんの様子を見て、トウメイちゃんの両親は考えます。
「これならトウメイを“うさうさ幼稚園”に行かせても、みんなと仲良く頑張れるかもしれないね」
トウメイちゃんは入園してから、すぐにお友だちと仲良くなりました。泣いている子がいたら「どうしたの?」と真っ先に飛んでいき、ひとりぼっちの子がいれば積極的に仲間に入れてあげました。また、みんなが嫌がるようなことも率先して手伝います。たとえば遊んだあとのおもちゃのお片付けや、机や椅子を運んだり、脱いだ靴をそろえる等、うさ先生の言うことをよくきいて、トウメイちゃんは毎日頑張りました。
しかしあるとき、事件が起こります。いつものように幼稚園の子と遊んでいたとき、いたずらっ子の男の子うさぎがトウメイちゃんのお面を取ってしまったのです。さあ大変! トウメイちゃんは透明なので、お面を取ったら顔がありません。お友だちはみんな驚いてしまい、
「わー! ばけものー! トウメイの正体は顔なしうさぎだったんだー!」
それはもう大混乱が起こってしまい、事情を知っていたうさ先生がしずめようとしても、なかなかすぐには静かになりませんでした。
その日から、トウメイちゃんは幼稚園を休みがちになってしまいました。最初は頑張って通っていたのですが、他のいたずらうさぎが「どれどれ、本当にばけものなのかい?」と興味半分でトウメイちゃんのお面を取って騒ぎました。また、幼稚園のうさぎたちは、トウメイちゃんに対して自分たちの自慢をしたのです。
「おいらは茶色い毛並みで、地味に見えるけどツヤツヤで触るとなめらかなんだ。太陽の光に当たるとキラキラ輝くんだぜ!」
「わたしの毛は真っ白で、お父さんとお母さんも混じりっけのない純白なの! うちの家系は代々真っ白なのよ! つまりわたしはうさぎ界のサラブレットなの! エッヘン!」
トウメイちゃんはだんだんと居心地が悪くなっていき、ついには幼稚園に行きたくても行けなくなってしまったのです。
お部屋に引きこもるようになってしまったトウメイちゃんは嘆きました。
「世界にはこんなにすばらしい色がたくさんあるのに、どうして自分には色がないんだろう」
トウメイちゃんのお父さんうさぎとお母さんうさぎは、そんなトウメイちゃんの姿に涙を流し、毎日神様にお祈りをしました。
「神様、神様。トウメイはとても素直で優しくて、幼稚園に毎日通ってお友だちと仲良くなろうと頑張っていましたが、とうとう限界のようです……どうか、トウメイが自信と明るさを取り戻して、また幼稚園に通うことができますように……世の中の役に立つ立派な良いうさぎさんになれますように」
その祈りをきいていた天使が、ある日トウメイちゃんのもとにやってきました。
「トウメイちゃん。君はあんなにもみんなと仲良くなろうと頑張っていたのに、どうして部屋に閉じこもっているんだい? 私はいつもトウメイちゃんを遠くから見ていたんだよ。何がそんなに悲しいの? 話してごらん」
と、言いました。
「天使さん。わたしのお友だちはみんな、茶色や白、黒とかグレーといった毛の色を持っているの。目が赤くて、中には毛並みがぶちまだらなおしゃれな子もいるのよ。でも……わたしには何の色もないの……」
トウメイちゃんはシクシク泣きながら言いました。
「じゃあ、トウメイちゃん。これから私と世界中の色探しの旅に出ましょう」
こうして、トウメイちゃんは天使と旅に出たのでした。
※同人誌『うさぎの短編集』にも収録されています。
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