02 ブッチの件 2(後)
02 ブッチの件 2(後)
多少サービスすることにして、クドリャフカは【練丹】を使った。
彼女の全身はたちまち月の光を反射したように燐光に包まれた。『魂の力』が増幅しているのだ。
「見ていろ」
クドリャフカはドリブルしながらゴールに向かって走り出した。長いスカートが足首にまとわりついたが強引にブーツの爪先で地面を蹴り、七フィート(約二メートル)近く飛び上がる。そのままボールをリングに叩き込んだ。激しい衝撃を受けて、ゴールポストが揺れた。しばらくクドリャフカはリングからぶら下がっていたが、手を離し、地面に着地する。
「――とまあ、こんなもんだ」
「す……すごい」
ブッチはぽかんと口を開く。
思わぬことで少年の尊敬を得て、クドリャフカはふんふん鼻息を鳴らしながら得意げに解説した。
「今使ったのは【練丹】と【体幹コントロール】だ。ま、基本中の基本だな。わたしは魔術師タイプだから体の操作は苦手だが、それでもこの程度はできるわけだ。ジャン・ジャックはもっと凄かったぞ。あいつにランブルボールを教えてもらったことはないのか?」
「いいえ――親父は僕らと遊んでくれなかったから」
「そうか。『魂の力』は? 見たことはないか?」
ブッチは首を振る。
クドリャフカは吐息を漏らした。
ジャン・ジャックは本当に息子を放置していたんだなと苛立たしかった。
ふと思いついて悪戯っぽく笑み、
「どうだ、ちょっと遊ばないか? 実戦形式の方が上達も早いぞ。力は使わないから、一対一ルールで勝負というのは?」
「いいですよ」とブッチは嬉しそうに頷く。
「ハーフコートでやろう。どうせやるなら何か賭けないと面白くない。そうだな――わたしが十点入れるまでに君が一点でも得点できたら、わたしの必殺シュートを教えてやろう」
「あなたが勝った場合は?」
「わたしは――うーん」
指先でしゅるしゅるとボールを回転させながらクドリャフカは考えた。
「そうだ、こうしよう。実は、君と以前に会った時のことをはっきりと思い出せないんだ。わたしが勝ったら、いつ、どこで会ったのか教えてくれるか?」
ブッチの顔色が変化したように見えた。
わずかに眉を持ち上げて、クドリャフカの真意を汲み取るように見つめる。
やがて渋々と頷いた。
「いいですよ。そんなことでいいなら」
「よし、決まりだな」
クドリャフカはニヤリと笑って腰を落とし身構えた。
実際のところ、彼女は賭けなどどうでもよかった。それより重要なことは、目の前のこの少年の資質を測ることだ。
勝負事には性格がモロに出る。
適正を見るには今が絶好の機会だった。
ところで、一般に冒険者に求められるものは何だろうか?
多くの人間は『魂の力』の強さと答えるかもしれない。どんな苦境でもへこたれないタフネスも必要だ。頭の回転の速さや、観察力もパーティーを助けてくれるだろう。
が、それらよりもクドリャフカが重要視するのは、人としての「面白さ」だった。
笑える、という意味ではない。
ユーモアも大切な要素だが、面白さとは人間としてのクセの強さだ。臭みといってもいいかもしれない。
容易には理解できない性格、長年一緒にいても新たな発見のある複雑さ。それは仲間への敬意を生み、敬意はパーティーの結束を強くする。
思えば、ジャン・ジャックは子供のような好奇心の持ち主だった。
アンジーも、ピエール・フランも忘れられない個性だ。
マルコも詐欺師のような見た目を裏切らない性格をしているが、実は人一倍デリケートな感受性を持っている。自己矛盾の塊のような男である。
そういう「面白い」人間の方が、迷宮では生き残りやすい。これまでのクドリャフカの経験がそれを裏付けている。
対して、ブッチはといえば、現在の印象ではあまり面白くない。
真面目で大人しい、ごく普通の少年に見える。
もし彼が印象通りの人物であれば、クドリャフカは彼の前から去るつもりでいた。約束通りに経済的支援はするが、二度と会うことはないだろう。
しかし、彼が「面白」かったら?
そのときは――
「はじまってますよね?」
ブッチが戸惑ったようにクドリャフカを見ている。
「ああ――はじまっているぞ」
彼女が頷くと、少年は真正面から突っ込んできた。
手をやたらと振り回し、ボールに触れようとする。
クドリャフカは余裕綽々で攻撃をかわし、ドリブルを続けながら振り返った。
ブッチは体勢を立て直すと、さきほどと同じように手を伸ばしてくる。
「どうしたどうした? そんな動きじゃボールは取れないぞ?」
「くっ」
回転しながらブッチを避け、クドリャフカは心の中で笑っていた。
久しぶりにわくわくしていた。
まるでプレゼントを開ける時の気分だ、と思った。
さてさて、どんな輝きを見せてくれるものやら――
つづく